520 / 618
Episode4 京子
223 辛いか甘いか
しおりを挟む
ホルスとの戦闘に備えて、アルガス本部は日に日に緊張感が高まっていた。ピリピリした空気と普段以上の訓練に、心も体も疲れが嵩んでいる。
開戦のタイミングが予測できない中、一日が終わる度に期待と焦りの入り混じった重い感覚が下りてきた。
忍と東京駅で会ってから三日が経って、朝一で会議の招集が掛かった。
本部にいるキーダー4人が、それまでのレポートとパソコンを手に会議室へ移動する。朝に淹れたばかりのマグカップのコーヒーが、京子の手元で揺れていた。
「戦いに向けての話し合いをするんですよね? 他の支部のキーダーも来るのかしら」
「どうだろう。今回はウチの管轄だから、助っ人を頼むにしてもまずはこっちの意見を纏めなきゃだよね。コージさんのヘリも戻ってないし、長官も向こうに居る筈」
朝の時点で会議の内容は聞かされていない。
誠は一度九州へ行くと、翌日に戻る事はまずないだろう。
「あぁけど上官が居るって可能性はあるのか。上の人たち、この所ずっと機嫌悪くない? なるべくなら居ない方が良いかな」
集まるのがキーダーだけとは限らない。
拷問部屋もとい報告室の3人が頭に浮かんで溜息をつくと、綾斗が「小声で」と声を潜めた。
アルガス解放の前からいる3人は、ホルスの起こそうとしている『キーダーが銀環をしない』という改革に断固拒否の姿勢を崩さない。もちろん京子たちも敵側に賛同するわけではないが、3人のテンションには温度差を感じてしまう程だ。
京子が「うーん」と唸りながら階段を上ると、美弦が小走りに駆け寄って来て、ピタリと横に並んだ。
「京子さん、全然話変わるんですけど、今日の夜って空いてますか?」
「えっ今日?」
突然の質問に「あれ」と一瞬考えて、京子は後ろを歩く綾斗をチラと見た。
彼は黙って首を横に振る。『何もないよ』の合図だ。
「空いてるけど、何かあった?」
何だろうと首を傾げると、美弦は「やった」と胸の前に抱えたファイルを抱き締めた。後ろで修司が何故か苦い顔をしている。
「ホテルのディナーバイキングのペアチケット、友達が行けなくなったからって貰ったんです。こんな時にって迷ったんですけど、行かないのも勿体ないなぁって思って」
「バイキングか」
「それも今日の日付指定なんですよ。六本木のホテル……この間、お昼のテレビで見ましたよね?」
「カレーとデザートのやつ? あそこなの?」
「はい! 世界のカレーが食べれるんですよ!」
つい先日、特集を食堂のテレビで見て盛り上がったばかりだ。
季節限定のフルーツを中心に様々なスイーツが並んでいるという話を聞いて、京子は「凄い」を連発していたが、無類のカレー好きを公言する美弦はそっちが本命らしい。
「行きたい」とはしゃぐ京子に「良かったぁ」と手を叩いて、美弦はくるりと綾斗を振り返った。
「京子さん借りても良いですか?」
「構わないよ。緊急対応はできるようにしておいてね」
「ありがとうございます!」
「けど私で良いの? 修司とデートした方が良いんじゃない? 修司、甘いモノ好きだよね?」
「修司は良いんですよ」
つい数秒前まで笑顔だった美弦が、サッと表情を曇らせる。
その理由は気まずそうに唇を結んだままの修司を見れば明白だ。
触れてはまずい話題なのだろうか──京子が綾斗と目を合わせると、美弦はすぐにその理由を口にした。
「修司は今日、アイドルのイベントに行くらしいんで」
「あぁ……」
思わず納得の声が漏れてしまう。
そういえばジャスティは新曲が出たばかりで、テレビや町中で耳にする機会は多かった。
「修司はそれで良いの?」
「前から決めてたんで。京子さん行ってきて下さい」
修司は「俺は大丈夫です」と頷く。
どうやら今日のアイドル活動に関しては、先に許可が下りていたらしい。不満は大いにありそうだが、美弦もそれ以上は強く言わなかった。
「だったら有難く行かせて貰うね。何かあったらすぐ戻って来るから」
「二人とも、息抜きしてくればいいよ。とりあえず今はこっちを終わらせないとね」
先頭を歩く綾斗が会議室の前で足を止める。
途端に緊張が走るが、綾斗は「入ろう」とドアノブに手を掛けて3人を促した。
今日はホルスとの戦いに備えての会議だ。前情報は何もない。
そこに誰が居るのかも、4人はまだ知らなかった。
開戦のタイミングが予測できない中、一日が終わる度に期待と焦りの入り混じった重い感覚が下りてきた。
忍と東京駅で会ってから三日が経って、朝一で会議の招集が掛かった。
本部にいるキーダー4人が、それまでのレポートとパソコンを手に会議室へ移動する。朝に淹れたばかりのマグカップのコーヒーが、京子の手元で揺れていた。
「戦いに向けての話し合いをするんですよね? 他の支部のキーダーも来るのかしら」
「どうだろう。今回はウチの管轄だから、助っ人を頼むにしてもまずはこっちの意見を纏めなきゃだよね。コージさんのヘリも戻ってないし、長官も向こうに居る筈」
朝の時点で会議の内容は聞かされていない。
誠は一度九州へ行くと、翌日に戻る事はまずないだろう。
「あぁけど上官が居るって可能性はあるのか。上の人たち、この所ずっと機嫌悪くない? なるべくなら居ない方が良いかな」
集まるのがキーダーだけとは限らない。
拷問部屋もとい報告室の3人が頭に浮かんで溜息をつくと、綾斗が「小声で」と声を潜めた。
アルガス解放の前からいる3人は、ホルスの起こそうとしている『キーダーが銀環をしない』という改革に断固拒否の姿勢を崩さない。もちろん京子たちも敵側に賛同するわけではないが、3人のテンションには温度差を感じてしまう程だ。
京子が「うーん」と唸りながら階段を上ると、美弦が小走りに駆け寄って来て、ピタリと横に並んだ。
「京子さん、全然話変わるんですけど、今日の夜って空いてますか?」
「えっ今日?」
突然の質問に「あれ」と一瞬考えて、京子は後ろを歩く綾斗をチラと見た。
彼は黙って首を横に振る。『何もないよ』の合図だ。
「空いてるけど、何かあった?」
何だろうと首を傾げると、美弦は「やった」と胸の前に抱えたファイルを抱き締めた。後ろで修司が何故か苦い顔をしている。
「ホテルのディナーバイキングのペアチケット、友達が行けなくなったからって貰ったんです。こんな時にって迷ったんですけど、行かないのも勿体ないなぁって思って」
「バイキングか」
「それも今日の日付指定なんですよ。六本木のホテル……この間、お昼のテレビで見ましたよね?」
「カレーとデザートのやつ? あそこなの?」
「はい! 世界のカレーが食べれるんですよ!」
つい先日、特集を食堂のテレビで見て盛り上がったばかりだ。
季節限定のフルーツを中心に様々なスイーツが並んでいるという話を聞いて、京子は「凄い」を連発していたが、無類のカレー好きを公言する美弦はそっちが本命らしい。
「行きたい」とはしゃぐ京子に「良かったぁ」と手を叩いて、美弦はくるりと綾斗を振り返った。
「京子さん借りても良いですか?」
「構わないよ。緊急対応はできるようにしておいてね」
「ありがとうございます!」
「けど私で良いの? 修司とデートした方が良いんじゃない? 修司、甘いモノ好きだよね?」
「修司は良いんですよ」
つい数秒前まで笑顔だった美弦が、サッと表情を曇らせる。
その理由は気まずそうに唇を結んだままの修司を見れば明白だ。
触れてはまずい話題なのだろうか──京子が綾斗と目を合わせると、美弦はすぐにその理由を口にした。
「修司は今日、アイドルのイベントに行くらしいんで」
「あぁ……」
思わず納得の声が漏れてしまう。
そういえばジャスティは新曲が出たばかりで、テレビや町中で耳にする機会は多かった。
「修司はそれで良いの?」
「前から決めてたんで。京子さん行ってきて下さい」
修司は「俺は大丈夫です」と頷く。
どうやら今日のアイドル活動に関しては、先に許可が下りていたらしい。不満は大いにありそうだが、美弦もそれ以上は強く言わなかった。
「だったら有難く行かせて貰うね。何かあったらすぐ戻って来るから」
「二人とも、息抜きしてくればいいよ。とりあえず今はこっちを終わらせないとね」
先頭を歩く綾斗が会議室の前で足を止める。
途端に緊張が走るが、綾斗は「入ろう」とドアノブに手を掛けて3人を促した。
今日はホルスとの戦いに備えての会議だ。前情報は何もない。
そこに誰が居るのかも、4人はまだ知らなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
デリバリー・デイジー
SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。
これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。
※もちろん、内容は百%フィクションですよ!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる