517 / 647
Episode4 京子
222 最強で最弱の戦士
しおりを挟む
「そういや、ホルスってどんな意味なんだ?」
缶コーヒーを啜りながら今更のように聞いて来る松本に、忍は「言わなかったっけ」と立ち上がり、書棚から一冊の本を手に取った。
表紙の焼けた年季が入った状態に松本は眉をしかめ、「何だ?」と受け取る。
「昔流行った漫画だよ。流石に俺も夢見すぎって思うけどさ、今更変えられないだろ?」
忍は自嘲して肩を竦めた。
小さい頃夢中で読んだその漫画は、後にアニメにもなっている。春隆と『ごっこ遊び』をしていたのもこの本が発端だ。
神の力を手にした少年が悪い敵を倒すという設定自体はありふれたもので、よくもまぁあんなに食い付いて読んでいたのかと不思議なくらいだ。
そんな本に出て来る神の名前がホルスだった。
神にあやかって自分たちをそう名付けてみたが、そんな大それた事をしている自覚はない。
「巷ではこんなのが流行ってたのか」
松本はバラバラとページを捲る。それが流行っていたのは、松本がもう大人になってからの事だ。アルガスは解放前もテレビは自由に見れたと言うが、流石に子供向けのアニメには興味ないだろう。
「まぁ名前なんて呼ぶ為のものだしな、俺たちだって分かれば良いだろ」
「そこまで適当に付けた訳じゃないけどね」
忍は松本の手から本を奪って、棚に戻した。
まだ夢の余韻が抜けず、珈琲を流し込んで溜息をつく。
「俺は洋の事引きずってるんだよ。夢見て気付いた。だからアイツの残してくれたものは俺たちがのし上がる為に、大切に使うつもりだ」
「俺が全部引き受けても良いんだぜ?」
「ヒデに渡したらすぐ無くなるでしょ。この間の分だって、もう残ってないんだろ?」
「取っておける性格じゃないって分かってるだろ?」
「分かってるよ」
薬は松本をホルスに繋ぎ止めておく手段だ。
最初はそんなこと考えもなかったのに、彼の身体が蝕まれていく中で薬の切れ目が縁の切れ目に思えるようになった。
手元の薬には底がある。薬が無くなるのが先か、それとも彼の命が尽きるのが先だろうか。
「ヒデにまで死なれたら困るんだよ」
──『これは強い薬です。一気にたくさん飲んだら、最強で最弱の戦士を生み出すことになる。だから注意して下さいね』
薬ができた時、洋から最初に言われた事だ。
──『毎日1つずつもダメ?』
──『駄目です。命が持ちませんよ。薬というのは、決められた量を守ってこそ効果が発揮できるものなんですから』
「ヒデ、最近調子良さそうに見えるけど、実際はどうなの? 無理してるよね?」
「してないよ」
今、目の前に最強で最弱の戦士が居る。
「俺にとってヒデは大切な人なんだ。だからもう少し我慢して」
──『俺がお前の側に居てやる』
忍が高橋を救ったように、小学生だった忍に手を差し伸べてくれたのが松本だ。
彼が居なかったら、今自分はこの世に居ないと思う。
忍は壁際の引き出しから錠剤の入ったジッパーを取り出した。
普段寄り付かない松本がここに来た理由は、この錠剤に尽きるだろう。高橋が残した薬は残り100錠。後は解毒剤があるだけだ。
「もうこれしかないんだよ」
松本の目が理性を失ったようにギラリと光る。
素早く伸びた手を忍が「駄目だよ」と掴んだ。
「戦いが終わって、もし残ってたら全部あげるからさ」
松本は忠犬じゃない。
未だにアルガスに居た頃の話をする彼を最前線に送ろうとする自分は、阿呆だと分かっている。
いつ裏切られるかもしれない。
それでも。
「約束だぞ」
素直に諦める松本に期待ばかりしてしまう。
松本が居なくなったら、もうホルスは終わりだ。
短い未来への結末を予感して、忍は「あぁ」と微笑んだ。
缶コーヒーを啜りながら今更のように聞いて来る松本に、忍は「言わなかったっけ」と立ち上がり、書棚から一冊の本を手に取った。
表紙の焼けた年季が入った状態に松本は眉をしかめ、「何だ?」と受け取る。
「昔流行った漫画だよ。流石に俺も夢見すぎって思うけどさ、今更変えられないだろ?」
忍は自嘲して肩を竦めた。
小さい頃夢中で読んだその漫画は、後にアニメにもなっている。春隆と『ごっこ遊び』をしていたのもこの本が発端だ。
神の力を手にした少年が悪い敵を倒すという設定自体はありふれたもので、よくもまぁあんなに食い付いて読んでいたのかと不思議なくらいだ。
そんな本に出て来る神の名前がホルスだった。
神にあやかって自分たちをそう名付けてみたが、そんな大それた事をしている自覚はない。
「巷ではこんなのが流行ってたのか」
松本はバラバラとページを捲る。それが流行っていたのは、松本がもう大人になってからの事だ。アルガスは解放前もテレビは自由に見れたと言うが、流石に子供向けのアニメには興味ないだろう。
「まぁ名前なんて呼ぶ為のものだしな、俺たちだって分かれば良いだろ」
「そこまで適当に付けた訳じゃないけどね」
忍は松本の手から本を奪って、棚に戻した。
まだ夢の余韻が抜けず、珈琲を流し込んで溜息をつく。
「俺は洋の事引きずってるんだよ。夢見て気付いた。だからアイツの残してくれたものは俺たちがのし上がる為に、大切に使うつもりだ」
「俺が全部引き受けても良いんだぜ?」
「ヒデに渡したらすぐ無くなるでしょ。この間の分だって、もう残ってないんだろ?」
「取っておける性格じゃないって分かってるだろ?」
「分かってるよ」
薬は松本をホルスに繋ぎ止めておく手段だ。
最初はそんなこと考えもなかったのに、彼の身体が蝕まれていく中で薬の切れ目が縁の切れ目に思えるようになった。
手元の薬には底がある。薬が無くなるのが先か、それとも彼の命が尽きるのが先だろうか。
「ヒデにまで死なれたら困るんだよ」
──『これは強い薬です。一気にたくさん飲んだら、最強で最弱の戦士を生み出すことになる。だから注意して下さいね』
薬ができた時、洋から最初に言われた事だ。
──『毎日1つずつもダメ?』
──『駄目です。命が持ちませんよ。薬というのは、決められた量を守ってこそ効果が発揮できるものなんですから』
「ヒデ、最近調子良さそうに見えるけど、実際はどうなの? 無理してるよね?」
「してないよ」
今、目の前に最強で最弱の戦士が居る。
「俺にとってヒデは大切な人なんだ。だからもう少し我慢して」
──『俺がお前の側に居てやる』
忍が高橋を救ったように、小学生だった忍に手を差し伸べてくれたのが松本だ。
彼が居なかったら、今自分はこの世に居ないと思う。
忍は壁際の引き出しから錠剤の入ったジッパーを取り出した。
普段寄り付かない松本がここに来た理由は、この錠剤に尽きるだろう。高橋が残した薬は残り100錠。後は解毒剤があるだけだ。
「もうこれしかないんだよ」
松本の目が理性を失ったようにギラリと光る。
素早く伸びた手を忍が「駄目だよ」と掴んだ。
「戦いが終わって、もし残ってたら全部あげるからさ」
松本は忠犬じゃない。
未だにアルガスに居た頃の話をする彼を最前線に送ろうとする自分は、阿呆だと分かっている。
いつ裏切られるかもしれない。
それでも。
「約束だぞ」
素直に諦める松本に期待ばかりしてしまう。
松本が居なくなったら、もうホルスは終わりだ。
短い未来への結末を予感して、忍は「あぁ」と微笑んだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
吉原遊郭一の花魁は恋をした
佐武ろく
ライト文芸
飽くなき欲望により煌々と輝く吉原遊郭。その吉原において最高位とされる遊女である夕顔はある日、八助という男と出会った。吉原遊郭内にある料理屋『三好』で働く八助と吉原遊郭の最高位遊女の夕顔。決して交わる事の無い二人の運命はその出会いを機に徐々に変化していった。そしていつしか夕顔の胸の中で芽生えた恋心。だが大きく惹かれながらも遊女という立場に邪魔をされ思い通りにはいかない。二人の恋の行方はどうなってしまうのか。
※この物語はフィクションです。実在の団体や人物と一切関係はありません。また吉原遊郭の構造や制度等に独自のアイディアを織り交ぜていますので歴史に実在したものとは異なる部分があります。
誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。【完結】
双葉
キャラ文芸
【本作のキーワード】
・幽霊カフェでお仕事
・イケメン店主に翻弄される恋
・岐阜県~愛知県が舞台
・数々の人間ドラマ
・紅茶/除霊/西洋絵画
+++
人生に疲れ果てた璃乃が辿り着いたのは、幽霊の浄化を目的としたカフェだった。
カフェを運営するのは(見た目だけなら王子様の)蒼唯&(不器用だけど優しい)朔也。そんな特殊カフェで、璃乃のアルバイト生活が始まる――。
舞台は岐阜県の田舎町。
様々な出会いと別れを描くヒューマンドラマ。
※実在の地名・施設などが登場しますが、本作の内容はフィクションです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
30歳、魔法使いになりました。
本見りん
キャラ文芸
30歳の誕生日に魔法に目覚めた鞍馬花凛。
『30歳で魔法使い』という都市伝説を思い出し、酔った勢いで試すと使えてしまったのだ。
そして世間では『30歳直前の独身』が何者かに襲われる通り魔事件が多発していた。巻き込まれた花凛を助けたのは1人の青年。……彼も『魔法』を使っていた。
そんな時会社での揉め事があり実家に帰った花凛は、鞍馬家本家当主から思わぬ事実を知らされる……。
ゆっくり更新です。
1月6日からは1日1更新となります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
天満堂へようこそ 7 Final
浅井 ことは
キャラ文芸
♪¨̮⑅*⋆。˚✩.*・゚
寂れた商店街の薬屋から始まり、今は全国チェーンにまで発展した天満堂だが、人でないものの薬はやはりバーの奥にある専用の薬屋へ。
全ての界がやっと落ち着き日常に戻った奏太達。
次に待ち構えるのは魔物か!それとも薬局にやってくるおば様軍団か!
ほのぼのコメディファンタジー第7弾。
※薬の材料高価買取
※症状に合わせて薬を作ります
※支払いは日本円現金のみ
※ご予約受付中 0120-×××-○○○
♪¨̮⑅*⋆。˚✩.*・゚
甘い気持ちのわけを教えて~和菓子屋兎月堂で甘いお菓子と二人ぐらし、始めました!~
深水えいな
キャラ文芸
彼氏なし、仕事も上手くいかない崖っぷちOLの果歩は、ある日ふと立ち寄った和菓子屋でバイト募集の貼り紙を見つけ、転職を決意。そこで果歩は、ちょっと変わったイケメンの卯月さんと同居することになり――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる