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Episode4 京子

218 バーサーカーとバーサーカー

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 外は土砂降りの雨だった。
 東京駅まで車を走らせ、八重洲やえす口に近い駐車場から中へ駆け込む。慌てて着替えた首元のボタンが大きく開いたままで、傘を持ったまま片手で留めた。
 広い駅のどこに京子が居るかなんて、調べなくてもすぐに分かった。

「何だよ、これは」
 
 まるで戦闘でも起きたかのような濃い能力の気配に、思わず手の甲で鼻を押さえた。けれど人の流れはいつも通りで、目立った騒ぎが近くで起きた様子はない。
 京子が相手との接触に成功したとなれば、空間隔離かくりの発動で出たものと考えるのが妥当だろう。

 田中のスマホは依然いぜんとして不通のままだ。
 どうか無事で──そう祈りながら透明の傘を閉じると、突然現れた別の気配が行く手をはばむ。極々小さな薄いものだ。
 行き交う人々の流れを無視して、綾斗あやとを迎えるように正面に立ちはだかるのは、長身で初老の男だった。

 彼に会うのは二度目だ。
 5年以上も前に底へ沈み込んだ記憶を、一気に掘り起こされた気分だった。

 ──『福岡で、お前をさらったのはヒデさんだ』

 佳祐けいすけに言われても実感が湧かなかった記憶を、今はっきりと確信している。

「松本さんですね」

 男は綾斗の目の前で足を止めた。
 真っ白なTシャツにパンツというラフなスタイルだが、鍛えられた筋肉が服の上からもはっきりと分かった。
 長髪で面長おもながの、タレ目の泣きボクロ──その一つ一つが京子からの情報に一致する。

「バーサーカーか」

 松本がのっそりと眉を上げる。ぼそりと呟く声はカサカサと枯れていた。
 こちらの情報もある程度にぎられているのかもしれないが、嗅ぐ力の強さはお互いバーサーカー故のことなのかもしれない。

 仕掛けるか──と悩んで、松本に「やめろ」と阻まれる。

「戦う気はないという事ですか?」
「キーダーがこんな所で戦うなよ」
「貴方は──?」
「ホルスだって、こんなトコじゃ戦わないんだよ」

 ホルスの松本秀信ひでしなは元キーダーだ。大舎卿だいしゃきょうや浩一郎と同じ世代だが、もう少し若く見える。
 彼の言葉を100%信じようとは思わないが、綾斗は「信じますよ」と念を押して鋭い目つきで彼を見上げた。

「うちのキーダーは無事ですか?」
「女なら無事なんじゃないの? 忍のお気に入りみたいだけどな」

 そんなのは分かっている。奴が京子を見る目は興味の域を超えている。
 ただ今回は『大丈夫』だという京子の言葉と『仕事』だという事情に割り切っただけだ。

 綾斗は衝動をこらえて、気配の立つ駅の奥を一瞥いちべつする。

「向こうに居るんですか? これだけの気配は、空間隔離を発動させているって事ですよね?」
「あぁ。そろそろ出て来るんじゃないの? あとチョロチョロしてた男は救護室運んどいたよ。ちょっと脅かしたらぶっ倒れたからね」
「……分かりました」

 綾斗は浅く頭を下げる。先を急ごうと駆け出すが、すれ違った所で足を止めた。地面をこすり付けるようにきびすを返すと、すぐ側にある松本の身体をやたら大きく感じた。

「貴方はどうしてホルスなんですか? キーダーだった貴方がホルスを正しいと思えたんでしょうか」
「思えねぇよ。けど、アルガスが正しいとも思えない。だから俺はアイツの側に居るって決めたんだ」
「アイツ……?」
「戦うって事は組織の為じゃねぇ。誰かを守る為だろ? そん時は全力で行くから覚悟しときな」

 松本は顔の前に流れた髪をかき上げると、土砂降りの雨の中へ消えて行った。
 
「あれが俺たちの敵なのか──?」

 ふと湧いた疑問に胸を押さえて、綾斗は京子の元へと急いだ。




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