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Episode4 京子

217 能力への拒絶

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「俺はサメジマ製薬の社長夫妻の養子だったんだ」

 ベンチに腰を下ろしたしのぶが、目の前に立つ京子を仰ぎ見る。彼の話は衝撃的だ。

「だった……?」
「もうそんなしがらみは解消してるけどね。子供ができないって言われてた二人に実子が生まれたら、大人の俺に用はないでしょ?」

 重い過去を飄々ひょうひょうと語る忍に、京子はどんな顔をして良いのか分からなかった。
 彰人あきひとや田中に『覚悟して』と言われた言葉が身に染みる。

「よくある事だろ? そんなしょんぼりするなよ」
「良くなんて……ないと思いますけど」

 ホルスとサメジマ製薬が忍で繋がっていたことを理解して、京子はこくりと頷いたまま彼の言葉に耳を傾けた。
 りつの恋人だった高橋ようがサメジマの社員だった事も、その接点に納得がいく。
 忍は「洋に会った時は、まだ子供だったけど」と笑った。

 生まれてすぐに両親を亡くし養子縁組に出された忍は、出生検査を受けていないらしい。
 サメジマ製薬の跡取りとして育ち、順風満帆じゅんぷうまんぱんだった所に弟が生まれたという。それでもサメジマの人間として、社長夫妻の子供として不自由なく育てられた。

「俺は好きだったよ」

 忍は笑顔で義理の両親の話をする。

 けれどその関係に亀裂が入ったのは、忍が小学校の高学年の頃だ。弟と遊んでいる時、彼の能力の兆候が表れたという。ほんのわずか発された力が、弟に小さな傷を残した。

「アルガス解放の騒ぎがまだ落ち着いていない頃だったから、キーダーって存在がどんなものかは分かってた。けど、手のひらを返したように英雄視された彼等の存在を、両親が毛嫌いしていた事も知ってた。あの日から家の中がおかしくなったんだ」

 解放前のキーダーのイメージを引きずっている人間は、未だ一定数居る。忍はアルガスに能力者として名乗り出る選択を考えたが、義理の両親がそれを拒んだ。サメジマにとって身内に能力者が居る事は、マイナスにしか捉えることが出来なかったようだ。

「ひどい」
「けど俺に帰る場所はそこしかなかったし、それまでの優しかった二人を忘れられなくて逃げ出す事なんてできなかった」

 その頃、忍は松本と出会ったらしい。
 まだキーダーだった彼と偶然知り合って、トールの存在を知った。

「ヒデがキーダーを辞める前に、俺の力を消してくれた。そうすれば両親と元の関係に戻れると思ったんだけど……」

 キーダーとの接点を知った二人の風当たりは増したという。

「人ってのはさ、自分に不都合な事があると本能的に拒絶するんだよ」
「全部がそうじゃないですよ」
「少なくとも俺の周りはそうだった。だから俺は高校卒業とともに家を出て、ヒデや高橋とホルスを作ったんだ。バスクやキーダーだなんて分けなくていい。この能力を悪だなんて言うこの国を変えなきゃならないんだ」
「一度元能力者トールになった忍さんは、戦う為にあの薬を飲んだんですか?」

 今、力を使う事の出来る忍がトールだという事を、彰人から聞いている。
 忍は「半分当たり」と顔をほころばせた。

「けど半分はそうじゃない。俺が高橋にあの薬を作らせたからだよ。俺がまず最初に試すのが筋ってものだろ?」
「…………」
「俺はね、能力者がもっと住みやすい世界を作りたいんだ」

 少なくとも京子は今の状況を『能力者にとって住みやすい』ものだと思っている。けれどそれは生まれた時から能力者として育って、アルガスでキーダーとして働いているからだ。
 忍とは状況が違いすぎて、『それは違う』と彼を否定することが出来ない。

「俺と京子は違うんだよ。俺だって国を支配しようなんて思っちゃいない」
「……ホルスの望みは何なんですか?」
「キーダーの解放と銀環ぎんかん制度の撤廃てっぱいだよ」
「私はそんなの望んでいません」
「分かってるよ。俺たちは機械じゃないんだから、意見を合わせる事なんてできない。だから戦うんだ。強い方に世界を寄せていく。戦って決めるのがシンプルで分かりやすいでしょ?」

 彼が話して行く途中で、辺りがかすんでいくのが分かった。空間隔離かくりの消滅だ。
 今まで誰も居なかった風景に、たくさんの人型の影がにじみ出て来る。忍も「そろそろかな」と辺りを見て、最後に京子へ視線を戻した。

「俺は京子に会った時、運命だと思ったんだけど。このまま俺のトコに来ない?」
「行きません」
「ならそのうちアルガスには宣戦布告させてもらうよ。次は戦場で会おう?」
「忍さん──」
「今日京子がここへ来なかったら、何も話さないまま戦いになってただろうね」

 彼の口角がスッと上がり、パンと乾いた音を立てて隔離壁が弾ける。
 急に元の風景に戻って、雑踏の音が耳にうるさく響いた。

 さっきまでそこでベンチに座っていた忍の姿は消えている。

 忍の香水の匂いと空間隔離の残り香が薄っすらと漂っている。
 足元に落としていたコーヒーの缶を見つけて、京子は呆然ぼうぜんと拾い上げた。





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