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Episode4 京子
213 ささやかな抵抗
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「消えた──?」
少し離れた位置で二人の様子を見張っていた田中は、突然の消失に目を丸くした。
暇そうな京子に、それを狙うナンパ男、更に二人を眺める茶髪男──その珍妙な構図からの一部始終を目に焼き付けていたが、三人が接触して面白くなりそうな所で状況は急展開する。ナンパ男が二人から離れた所で、京子と茶髪男が霞のように消えてしまったのだ。
駅にはこれだけ大量の人間が行き交っているというのに、誰もそれに気付いてはいない。
「人ごみに紛れたってのとは違うよな」
今日の目的が、空間隔離を使う能力者に会う事だというのは聞いている。ただ言葉で認識はしているが、実際にそれを目にするまで異空間に消えるなど半信半疑な所もあった。
ナンパ男は本当にただのナンパだと思うが、茶髪は目的の男と考えて妥当だろう。
サメジマ製薬に居る時ずっと彼の事を探っていたが、容姿や雰囲気が写真や情報そのままだった。むしろ初めて目にする本人に、興奮が治まらない。
「彰人さんも綾斗さんも、京子さんの事分かってるんだな」
忍に連れて行かれるかもしれないという、二人の心配が当たってしまった。
京子がラーメン屋に並んで、そこからスイーツを食べ、缶コーヒーまで来た時には殆ど諦めモードだったのに、ナンパ男が動き出してからはあっという間だった。
「惚れた女ってやつ?」
田中は苦笑して、二人が消えた辺りを見張る。姿は見えないが、彰人から事前に受けた説明によると、空間隔離の継続は15分程で、同じ位置に戻って来るだろうという事だ。
だから、ノーマルの自分には再び現れるまで待つしかできない。
予想通りの流れは非常事態と呼ぶには弱い所だが、田中は片手で操作したスマホを自分の耳に当てた。
京子が消える瞬間に上げた右手は『本部へ連絡』か『尾行を止めて』か『こっちへ来て』のどうとでも取れてしまうような中途半端なものだ。けれど、迷ったら連絡を選ぶ。
一度の呼び出しで繋がった相手は綾斗だった。
『何かありましたか?』と緊張を含んだ声が聞こえる。
「接触しましたよ」
まずそれを第一に伝えて、詳細を話す。
空間隔離は予想していたが、それでも楽観的に考えて良い事じゃない。綾斗の返事は冷静にも聞こえたが、焦っているのは明確だ。
田中は二人が消えた位置から目を離さなかった。綾斗との通話も、雑踏に書き消えてしまうような小声で話したつもりだ。
けれど、死角から近付いてきた男に気付くことはできなかった。
すれ違いざまにドンとぶつかり、田中は「おっと」とよろめく。
「すいません」と謝る初老の男は、清掃員の服を着た長髪の男だ。
急に途切れた会話に、スマホの奥からは『どうしました?』という綾斗の声が響いた。けれど、返事をすることができない。
ぶつかった相手が誰なのか理解してしまったからだ。
タレ目に泣きボクロをぶら下げた顔が、田中の記憶を呼び起こす。
いつからそこに居たのだろうか──
「松本秀信……?」
その名前を呟いた瞬間、男は「あぁ」と何か納得したように頷いた。
抵抗することも、悲鳴を上げる事も出来ず、何をされたかも分からないまま田中の意識は薄れていく。
「く……そ」
もがくようにズボンのポケットへ手を入れて、忍ばせてあったスイッチを押した。
ささやかな抵抗だ。
少し離れた位置で二人の様子を見張っていた田中は、突然の消失に目を丸くした。
暇そうな京子に、それを狙うナンパ男、更に二人を眺める茶髪男──その珍妙な構図からの一部始終を目に焼き付けていたが、三人が接触して面白くなりそうな所で状況は急展開する。ナンパ男が二人から離れた所で、京子と茶髪男が霞のように消えてしまったのだ。
駅にはこれだけ大量の人間が行き交っているというのに、誰もそれに気付いてはいない。
「人ごみに紛れたってのとは違うよな」
今日の目的が、空間隔離を使う能力者に会う事だというのは聞いている。ただ言葉で認識はしているが、実際にそれを目にするまで異空間に消えるなど半信半疑な所もあった。
ナンパ男は本当にただのナンパだと思うが、茶髪は目的の男と考えて妥当だろう。
サメジマ製薬に居る時ずっと彼の事を探っていたが、容姿や雰囲気が写真や情報そのままだった。むしろ初めて目にする本人に、興奮が治まらない。
「彰人さんも綾斗さんも、京子さんの事分かってるんだな」
忍に連れて行かれるかもしれないという、二人の心配が当たってしまった。
京子がラーメン屋に並んで、そこからスイーツを食べ、缶コーヒーまで来た時には殆ど諦めモードだったのに、ナンパ男が動き出してからはあっという間だった。
「惚れた女ってやつ?」
田中は苦笑して、二人が消えた辺りを見張る。姿は見えないが、彰人から事前に受けた説明によると、空間隔離の継続は15分程で、同じ位置に戻って来るだろうという事だ。
だから、ノーマルの自分には再び現れるまで待つしかできない。
予想通りの流れは非常事態と呼ぶには弱い所だが、田中は片手で操作したスマホを自分の耳に当てた。
京子が消える瞬間に上げた右手は『本部へ連絡』か『尾行を止めて』か『こっちへ来て』のどうとでも取れてしまうような中途半端なものだ。けれど、迷ったら連絡を選ぶ。
一度の呼び出しで繋がった相手は綾斗だった。
『何かありましたか?』と緊張を含んだ声が聞こえる。
「接触しましたよ」
まずそれを第一に伝えて、詳細を話す。
空間隔離は予想していたが、それでも楽観的に考えて良い事じゃない。綾斗の返事は冷静にも聞こえたが、焦っているのは明確だ。
田中は二人が消えた位置から目を離さなかった。綾斗との通話も、雑踏に書き消えてしまうような小声で話したつもりだ。
けれど、死角から近付いてきた男に気付くことはできなかった。
すれ違いざまにドンとぶつかり、田中は「おっと」とよろめく。
「すいません」と謝る初老の男は、清掃員の服を着た長髪の男だ。
急に途切れた会話に、スマホの奥からは『どうしました?』という綾斗の声が響いた。けれど、返事をすることができない。
ぶつかった相手が誰なのか理解してしまったからだ。
タレ目に泣きボクロをぶら下げた顔が、田中の記憶を呼び起こす。
いつからそこに居たのだろうか──
「松本秀信……?」
その名前を呟いた瞬間、男は「あぁ」と何か納得したように頷いた。
抵抗することも、悲鳴を上げる事も出来ず、何をされたかも分からないまま田中の意識は薄れていく。
「く……そ」
もがくようにズボンのポケットへ手を入れて、忍ばせてあったスイッチを押した。
ささやかな抵抗だ。
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