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Episode4 京子
211 隙のある女
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田中と別れて東京駅へ下り、まず何をしていいのか分からなかった。
ここで忍に会うのはいつも偶然だ。
初めて会ったのは大阪へ行く桃也を見送りに来た時で、新幹線改札の側。次は去年の大晦日で、桃也と別れた直後だ。在来線の改札に近い商店の並ぶエリアだった。
三度目は顔を合わせていない。彰人と居る所を目撃され、向こうが一方的に挑発してきた。
全てが偶然なんてことはありえないだろう。計画的だとしたら、彼は今もどこかに潜んでいるのかもしれない。
「本当に会える……?」
力の気配は感じないが、自分の『嗅ぐ力』を信用はしていない。ならば敢えて抑制を解いてアピールするのが妥当だろう。
闇雲に動くのも、キョロキョロするのも不自然だ。今回の目的は『接触すること』に尽きる。
「けど、どうすれば会えるかな」
とりあえず抑え込んでいた気配を放って、またこの疑問へ戻る。
元々東京駅はあまり詳しくなかった。
昨日ネットで構内地図を幾つか眺めてみたが、平面に描いた立体構造はどこかのゲームのダンジョンよりも複雑で、さっぱり理解できない。
「誰かを待ってる状況を装う? それとも──」
簡単に会えないだろうとは予測していたが、何もやることが無くなった途端、腹が空腹をアピールしてくる。
昼食に本部の食堂へ行ったが、緊張のせいかあまり食べることはできなかった。
『空腹のまま事件に巻き込まれたら』と言う平野の忠告が身に染みて、京子は辺りを見回した。お土産屋や弁当の店はあるが、そこで食べれそうな様子じゃない。
お上りさん状態でウロウロしながら、ようやく見つけた飲食店のエリアに飛び込んだ。
サラリーマンの並ぶ人気店でラーメンを食べ、甘いものにまで手を出してしまう。
満腹になったら気が緩んできて、コーヒー缶を片手に円柱の柱へ背を預けてぼんやりと溜息を漏らした。
「まだ来ないのかな」
偶然を装うどころか、恋人に待ち合わせをすっぽかされたような気分だった。
駅に着いて、既に2時間過ぎている。どこかに居るだろう田中には申し訳ない気持ちになってしまう。
そんな状況を一変させたのは、チビチビと飲んでいた缶コーヒーが空になった時だった。
近くのゴミ箱へ向かった所で、背後から声を掛けられた。
「こんな所で何してんの?」
忍か──と緊張が走るが、振り返る先に立っていたのは見知らぬ男だ。流行りの髪型と服を着る彼は、京子と同じくらいの年頃だろうか。
「──え?」
「ずっとこの辺ウロウロしてたでしょ。誰か待ってるように見えたけど、全然来ないしさ。もしかしてナンパ待ちだった? なら俺とどっか行こうよ」
「いえ、そういうのじゃないんです」
二時間待って、何故か面倒な展開を引き寄せてしまった。
そういえば最初に忍から声を掛けられたのもナンパだった。そんなに隙があるのだろうか。
さっさと立ち去りたかったが、男は「待ってよ」と全身で京子の行く手を阻んで来る。
「忙しくないだろ?」
「忙しいです、ごめんなさい」
男はノーマルのようだが、京子の銀環にも気付いてはいないようだ。
能力を使えば彼を避ける事など容易いが、こんな人混みの中で力は使いたくない。なるべく穏便に済ませたい──と迷った所で、
「駄目だよ」
男の背中の向こう側から、もう一人の男の声がした。
その音に、京子の背中がぞっと殺気立つ。思っていたよりも彼への拒否反応は大きいらしい。
覚えのある香水の匂いがした。
「俺の女に手ぇ出さないでくれる?」
「はぁ? 突然来て彼氏ヅラすんじゃねぇよ」
ナンパ男の手を背中へと捻り、「邪魔だ」と低い狂喜を響かせる。
ナンパ男は喉の奥からか細い悲鳴を上げた。
本当に殺してしまいそうな冷たい瞳に、京子は咄嗟に「やめて」とナンパ男を庇う。
「何でだよ。コイツ京子に手ぇ出そうとしたのに?」
不満気な彼の声に、ナンパ男が息を震わせる。
忍の登場だ。
ここで忍に会うのはいつも偶然だ。
初めて会ったのは大阪へ行く桃也を見送りに来た時で、新幹線改札の側。次は去年の大晦日で、桃也と別れた直後だ。在来線の改札に近い商店の並ぶエリアだった。
三度目は顔を合わせていない。彰人と居る所を目撃され、向こうが一方的に挑発してきた。
全てが偶然なんてことはありえないだろう。計画的だとしたら、彼は今もどこかに潜んでいるのかもしれない。
「本当に会える……?」
力の気配は感じないが、自分の『嗅ぐ力』を信用はしていない。ならば敢えて抑制を解いてアピールするのが妥当だろう。
闇雲に動くのも、キョロキョロするのも不自然だ。今回の目的は『接触すること』に尽きる。
「けど、どうすれば会えるかな」
とりあえず抑え込んでいた気配を放って、またこの疑問へ戻る。
元々東京駅はあまり詳しくなかった。
昨日ネットで構内地図を幾つか眺めてみたが、平面に描いた立体構造はどこかのゲームのダンジョンよりも複雑で、さっぱり理解できない。
「誰かを待ってる状況を装う? それとも──」
簡単に会えないだろうとは予測していたが、何もやることが無くなった途端、腹が空腹をアピールしてくる。
昼食に本部の食堂へ行ったが、緊張のせいかあまり食べることはできなかった。
『空腹のまま事件に巻き込まれたら』と言う平野の忠告が身に染みて、京子は辺りを見回した。お土産屋や弁当の店はあるが、そこで食べれそうな様子じゃない。
お上りさん状態でウロウロしながら、ようやく見つけた飲食店のエリアに飛び込んだ。
サラリーマンの並ぶ人気店でラーメンを食べ、甘いものにまで手を出してしまう。
満腹になったら気が緩んできて、コーヒー缶を片手に円柱の柱へ背を預けてぼんやりと溜息を漏らした。
「まだ来ないのかな」
偶然を装うどころか、恋人に待ち合わせをすっぽかされたような気分だった。
駅に着いて、既に2時間過ぎている。どこかに居るだろう田中には申し訳ない気持ちになってしまう。
そんな状況を一変させたのは、チビチビと飲んでいた缶コーヒーが空になった時だった。
近くのゴミ箱へ向かった所で、背後から声を掛けられた。
「こんな所で何してんの?」
忍か──と緊張が走るが、振り返る先に立っていたのは見知らぬ男だ。流行りの髪型と服を着る彼は、京子と同じくらいの年頃だろうか。
「──え?」
「ずっとこの辺ウロウロしてたでしょ。誰か待ってるように見えたけど、全然来ないしさ。もしかしてナンパ待ちだった? なら俺とどっか行こうよ」
「いえ、そういうのじゃないんです」
二時間待って、何故か面倒な展開を引き寄せてしまった。
そういえば最初に忍から声を掛けられたのもナンパだった。そんなに隙があるのだろうか。
さっさと立ち去りたかったが、男は「待ってよ」と全身で京子の行く手を阻んで来る。
「忙しくないだろ?」
「忙しいです、ごめんなさい」
男はノーマルのようだが、京子の銀環にも気付いてはいないようだ。
能力を使えば彼を避ける事など容易いが、こんな人混みの中で力は使いたくない。なるべく穏便に済ませたい──と迷った所で、
「駄目だよ」
男の背中の向こう側から、もう一人の男の声がした。
その音に、京子の背中がぞっと殺気立つ。思っていたよりも彼への拒否反応は大きいらしい。
覚えのある香水の匂いがした。
「俺の女に手ぇ出さないでくれる?」
「はぁ? 突然来て彼氏ヅラすんじゃねぇよ」
ナンパ男の手を背中へと捻り、「邪魔だ」と低い狂喜を響かせる。
ナンパ男は喉の奥からか細い悲鳴を上げた。
本当に殺してしまいそうな冷たい瞳に、京子は咄嗟に「やめて」とナンパ男を庇う。
「何でだよ。コイツ京子に手ぇ出そうとしたのに?」
不満気な彼の声に、ナンパ男が息を震わせる。
忍の登場だ。
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