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Episode4 京子
206 行こうと思う
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敵の襲撃を想定して備え付けられたアルガスの装甲は、記憶のそれよりも何倍もボロかった。
浩一郎と彰人の襲撃以後、何度か同じような訓練はしているが、どれも簡易的で壁の装甲を出すという面倒な作業は省かれていた。
3年前実際にそれを目にしたのが夜だったせいだろうか。今こうして陽の光の中で見ると、見えていなかった劣化がハッキリと分かる。
「これ、どこまで直した方が良いと思いますか? 無理言えば予算増やして貰えるとは思うんですけど……」
申し訳なさそうに眉をしかめるのは、綾斗とファイルを見つめ合う施設員の男だ。経理担当の彼は京子がアルガスに来る前から本部に勤めるベテランで、いつも事務所の隅でパソコンを睨みつけている。
どうやらファイルに貼りつけられているのは、修繕の見積書らしい。アルガスも景気が良いという訳ではなく、襲撃時の補修も最低限に済ませていた筈だ。
綾斗は「どうしますかね」と苦い顔をする。長官が居ない今、本部での責任者は京子ではなく綾斗だ。
「こんな状態でもそれなりに働いてくれるなら、このままで良いのかなって思うけど」
「私もそう思うよ。ここで戦闘が起きるって決まってるわけでもないし、今からやっても間に合わないよね」
もしホルスが襲撃して来たら──その事態を想定して急遽訓練は行われたが、実際どうなるかは分からない。
「松本さんがここを襲うなんて考えたくないけど、松本さんだからこそ勝手がわかるって事もあるからね。核の問題もあるし」
「確かに、そうだよね」
核はキーダーの銀環を制御する地下のメインコンピュータを指す。浩一郎の襲撃で狙われた事も踏まえて技術部が色々と強化したらしいが、それでもそこをピンポイントで攻撃されれば多少の問題は出てくるだろう。
「修繕っていえば、ホールの壁も強化するって言ってたよね?」
「あぁ、そうだった」
綾斗がハッと思い出して、施設員の男へ苦い顔を向けた。男は「そうですね」と米神をかく。
最近バーサーカーである事を公表した綾斗が、毎日のようにホールで訓練している。ホールの装甲は暴走さえ食い止める程に頑丈だと言われてきたが、流石に彼の力を毎日食らうとそれなりにダメージは残るようで、昨日ついに天窓のガラスが弾け飛んだらしい。
「もう少し強化するよう、空閑さんに見積もりを頼んでます」
「だったら余計に、外壁の装甲までは回らないね」
建物の特殊設備は技術部の仕事だ。
溜息を漏らしながら、三人でアルガスを見上げる。
「すみません。とりあえずこっちは見送りってことで。長官の意見も聞きたいから、後で事務所に報告します」
「綾斗さんのせいじゃありませんよ。俺たちにとっちゃ綾斗さんの力は心強いんですから。よろしくお願いします」
男は軽く敬礼をしてその場を去って行った。
「心強い、か。私もそう思うよ」
「京子さんだって同じですよ。俺は他のキーダーが居るから、この力を十分に使えるんだと思ってます。ただ、この力をどう生かすかが俺の課題かな」
「生かす……?」
「力が強いって言っても短時間だし、使いどころを見極めないとって事ですよ」
バーサーカーの力は強いけれど、戦闘中ずっと発揮できるものじゃない。
「確かに。ねぇ綾斗──」
京子はふと言い掛けた言葉を飲み込んで、唇を噛んだ。
九州から戻って、ホルスの襲撃どころか何の音沙汰もないまま夏が終わろうとしている。
自分にやれることはしたいと思って、ここ最近ずっと考えていたことがあった。
ただ、それを彼に言ったら反対されるだろう。だから、黙って行こうか──と逡巡している。
「京子さん?」
黙る京子に綾斗が「どうしました?」と首を傾げた。
──『京子さんは、綾斗さんに隠れてどっか行くってないんですか?』
──『私? ないよ』
前に修司に聞かれて、そう答えた。
あの時は深く考えなかったが、今その言葉が自分に跳ね返ってグリグリと胸を刺してくる。
だから、話さなきゃならないと思った。
「綾斗、私……東京駅へ行こうと思う」
あそこへ行ったら忍に会えるかもしれない。
眼鏡の奥にある綾斗の瞳が、大きく見開いた。
浩一郎と彰人の襲撃以後、何度か同じような訓練はしているが、どれも簡易的で壁の装甲を出すという面倒な作業は省かれていた。
3年前実際にそれを目にしたのが夜だったせいだろうか。今こうして陽の光の中で見ると、見えていなかった劣化がハッキリと分かる。
「これ、どこまで直した方が良いと思いますか? 無理言えば予算増やして貰えるとは思うんですけど……」
申し訳なさそうに眉をしかめるのは、綾斗とファイルを見つめ合う施設員の男だ。経理担当の彼は京子がアルガスに来る前から本部に勤めるベテランで、いつも事務所の隅でパソコンを睨みつけている。
どうやらファイルに貼りつけられているのは、修繕の見積書らしい。アルガスも景気が良いという訳ではなく、襲撃時の補修も最低限に済ませていた筈だ。
綾斗は「どうしますかね」と苦い顔をする。長官が居ない今、本部での責任者は京子ではなく綾斗だ。
「こんな状態でもそれなりに働いてくれるなら、このままで良いのかなって思うけど」
「私もそう思うよ。ここで戦闘が起きるって決まってるわけでもないし、今からやっても間に合わないよね」
もしホルスが襲撃して来たら──その事態を想定して急遽訓練は行われたが、実際どうなるかは分からない。
「松本さんがここを襲うなんて考えたくないけど、松本さんだからこそ勝手がわかるって事もあるからね。核の問題もあるし」
「確かに、そうだよね」
核はキーダーの銀環を制御する地下のメインコンピュータを指す。浩一郎の襲撃で狙われた事も踏まえて技術部が色々と強化したらしいが、それでもそこをピンポイントで攻撃されれば多少の問題は出てくるだろう。
「修繕っていえば、ホールの壁も強化するって言ってたよね?」
「あぁ、そうだった」
綾斗がハッと思い出して、施設員の男へ苦い顔を向けた。男は「そうですね」と米神をかく。
最近バーサーカーである事を公表した綾斗が、毎日のようにホールで訓練している。ホールの装甲は暴走さえ食い止める程に頑丈だと言われてきたが、流石に彼の力を毎日食らうとそれなりにダメージは残るようで、昨日ついに天窓のガラスが弾け飛んだらしい。
「もう少し強化するよう、空閑さんに見積もりを頼んでます」
「だったら余計に、外壁の装甲までは回らないね」
建物の特殊設備は技術部の仕事だ。
溜息を漏らしながら、三人でアルガスを見上げる。
「すみません。とりあえずこっちは見送りってことで。長官の意見も聞きたいから、後で事務所に報告します」
「綾斗さんのせいじゃありませんよ。俺たちにとっちゃ綾斗さんの力は心強いんですから。よろしくお願いします」
男は軽く敬礼をしてその場を去って行った。
「心強い、か。私もそう思うよ」
「京子さんだって同じですよ。俺は他のキーダーが居るから、この力を十分に使えるんだと思ってます。ただ、この力をどう生かすかが俺の課題かな」
「生かす……?」
「力が強いって言っても短時間だし、使いどころを見極めないとって事ですよ」
バーサーカーの力は強いけれど、戦闘中ずっと発揮できるものじゃない。
「確かに。ねぇ綾斗──」
京子はふと言い掛けた言葉を飲み込んで、唇を噛んだ。
九州から戻って、ホルスの襲撃どころか何の音沙汰もないまま夏が終わろうとしている。
自分にやれることはしたいと思って、ここ最近ずっと考えていたことがあった。
ただ、それを彼に言ったら反対されるだろう。だから、黙って行こうか──と逡巡している。
「京子さん?」
黙る京子に綾斗が「どうしました?」と首を傾げた。
──『京子さんは、綾斗さんに隠れてどっか行くってないんですか?』
──『私? ないよ』
前に修司に聞かれて、そう答えた。
あの時は深く考えなかったが、今その言葉が自分に跳ね返ってグリグリと胸を刺してくる。
だから、話さなきゃならないと思った。
「綾斗、私……東京駅へ行こうと思う」
あそこへ行ったら忍に会えるかもしれない。
眼鏡の奥にある綾斗の瞳が、大きく見開いた。
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