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Episode4 京子
200 あの人に会いたい
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やよいの死後、彼女の机から古い一冊のノートが出てきた。日記帳を思わせる分厚いもので、全面にピンク色の花の絵がプリントされている。
昔から何度か目にした事はあるが、中身には一切触れさせて貰えなかった。
今なら良いかと好奇心のままに表紙を開くと、丁寧な字で書き連ねられた内容は、訓練に関するルーティンや技に関する鍛錬法を細かく記したものだった。
「真面目過ぎ」
期待外れと言うよりは、予想通りと言う方が近いのかもしれない。
久志はバラバラっと最後までページをめくり、ノートを彼女の机の上へ放した。
高校時代陸上部に所属していたやよいは、久志が起きる頃にはいつも朝練でいなくなっていたが、キーダーとしての訓練はそれよりも前に済ませているのだと聞いて驚いたことがある。
そんな人一倍努力家の彼女だからこそ、訓練施設を任された時は『納得』の言葉しか出て来なかった。まさか自分まで北陸に飛ばされるとは思わなかったけれど。
技術部との兼任で、北陸支部の仕事をやよいと二人でこなしてきた。
やよいが居なくなった空席をマサが埋めてくれるのは有難いけれど、キーダーに戻ったばかりの彼は暫く自主練に集中したいらしい。
だから二人分の仕事を自分がやらねばと思うのに、右足が折れたせいで自由が利かず、投げやりな気持ちになってしまう。
「やよい……どうしたらいいと思う?」
久志は彼女のノートに語り掛ける。
やよいは共に働くパートナーとして申し分なかったが、泣き言を吐けるような相手ではなかった。東京に居る頃は同期の四人で遊びに出掛けたりもしたけれど、彼女と二人きりでどこかへ行く事なんてなかったし、割り切った関係だからこそこんなに長く一緒に居れたんだとも思う。
なのに彼女が居なくなった途端、愚痴や辛い思いを虚空に投げ掛けるばかりだ。
☆
そんな虚無感を打破したのは、九州から戻って二週間が過ぎた時だった。
食堂でぼんやりしていた視線が、向かいで施設員が読んでいた新聞に吸い込まれた。
「二日で戻るから頼んだよ?」
仕事終わりにキイとメイに事情を話し、久志は跳ね上がった衝動のまま空港へ駆け込んだ。行き詰った状態を自分一人じゃどうにもできず、東京へ向かう。
あの人に会いたいと思った。
羽田近くのホテルに一泊し、朝一で目的の場所へ向かう。
朝から快晴で東京特有のべったりした空気が広がっていたが、クローゼットから引っ張り出してきた長袖のパーカーを羽織る。それが彼との約束だからだ。
目的地は予想通り朝から人がひしめき合っていて、松葉杖を抱えて歩くのはいささか不便だった。けれどそんな久志の苦労など誰も気にすることはなく、皆目の前に広がるグリーンのトラックに興奮を募らせている。
ここは何度も通った場所だ。
本部に居た頃、久志は突然居なくなる彼を探しにここへ良く足を運んでいた。競馬のルールなんて分からないが、彼はいつも同じ場所に座っていて『あと1レース待てよ』とジュースを買ってくれたのだ。
白髪の増えた懐かしい後頭部を見つけて、流したくもない涙が零れる。
「おっさん、やっぱりここにいた」
いつものセリフだ。
何年ぶりの再会だろう。
元からの老け顔に更に皺を刻み込んで、アルガスの元技術員・藤田膳一は老眼鏡を額にずらしながら「よぉ」と久志を振り向いた。
昔から何度か目にした事はあるが、中身には一切触れさせて貰えなかった。
今なら良いかと好奇心のままに表紙を開くと、丁寧な字で書き連ねられた内容は、訓練に関するルーティンや技に関する鍛錬法を細かく記したものだった。
「真面目過ぎ」
期待外れと言うよりは、予想通りと言う方が近いのかもしれない。
久志はバラバラっと最後までページをめくり、ノートを彼女の机の上へ放した。
高校時代陸上部に所属していたやよいは、久志が起きる頃にはいつも朝練でいなくなっていたが、キーダーとしての訓練はそれよりも前に済ませているのだと聞いて驚いたことがある。
そんな人一倍努力家の彼女だからこそ、訓練施設を任された時は『納得』の言葉しか出て来なかった。まさか自分まで北陸に飛ばされるとは思わなかったけれど。
技術部との兼任で、北陸支部の仕事をやよいと二人でこなしてきた。
やよいが居なくなった空席をマサが埋めてくれるのは有難いけれど、キーダーに戻ったばかりの彼は暫く自主練に集中したいらしい。
だから二人分の仕事を自分がやらねばと思うのに、右足が折れたせいで自由が利かず、投げやりな気持ちになってしまう。
「やよい……どうしたらいいと思う?」
久志は彼女のノートに語り掛ける。
やよいは共に働くパートナーとして申し分なかったが、泣き言を吐けるような相手ではなかった。東京に居る頃は同期の四人で遊びに出掛けたりもしたけれど、彼女と二人きりでどこかへ行く事なんてなかったし、割り切った関係だからこそこんなに長く一緒に居れたんだとも思う。
なのに彼女が居なくなった途端、愚痴や辛い思いを虚空に投げ掛けるばかりだ。
☆
そんな虚無感を打破したのは、九州から戻って二週間が過ぎた時だった。
食堂でぼんやりしていた視線が、向かいで施設員が読んでいた新聞に吸い込まれた。
「二日で戻るから頼んだよ?」
仕事終わりにキイとメイに事情を話し、久志は跳ね上がった衝動のまま空港へ駆け込んだ。行き詰った状態を自分一人じゃどうにもできず、東京へ向かう。
あの人に会いたいと思った。
羽田近くのホテルに一泊し、朝一で目的の場所へ向かう。
朝から快晴で東京特有のべったりした空気が広がっていたが、クローゼットから引っ張り出してきた長袖のパーカーを羽織る。それが彼との約束だからだ。
目的地は予想通り朝から人がひしめき合っていて、松葉杖を抱えて歩くのはいささか不便だった。けれどそんな久志の苦労など誰も気にすることはなく、皆目の前に広がるグリーンのトラックに興奮を募らせている。
ここは何度も通った場所だ。
本部に居た頃、久志は突然居なくなる彼を探しにここへ良く足を運んでいた。競馬のルールなんて分からないが、彼はいつも同じ場所に座っていて『あと1レース待てよ』とジュースを買ってくれたのだ。
白髪の増えた懐かしい後頭部を見つけて、流したくもない涙が零れる。
「おっさん、やっぱりここにいた」
いつものセリフだ。
何年ぶりの再会だろう。
元からの老け顔に更に皺を刻み込んで、アルガスの元技術員・藤田膳一は老眼鏡を額にずらしながら「よぉ」と久志を振り向いた。
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