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Episode4 京子
【番外編】28 颯太のキモチ1
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晴れ渡った青空に、白い雲の塊がぐんぐんと流れていく。
それがどこまで行くのかと考えるのと同時に、追い掛ける事の出来ない自分の運命を呪いたくなる。外に出る事も許されず、未来の見えない生活は地獄でしかなかった。
ようやく午前中のトレーニングが終わって、ホールから屋上へ上がる。
いつもよりハードな訓練に疲弊して、コンクリートの地面に大の字に寝転んだ。
昼飯までの短い時間をのんびり過ごそうと思うのに、すぐ下にある技術部の窓が開いているせいで、競馬ラジオの音がせわしなく響いている。
アルガスの技術部と言えば、銀環や趙馬刀を作り出すエリート集団が在籍する部署だ。なのにトップの男がギャンブル好きで、部屋にはいつも競馬ラジオが鳴っている。たまに中へ入れば、書き込みの激しい競馬新聞があちこちに積まれている始末だ。
颯太は諦め気味に目を閉じる。
音さえ気にしなければ、風の吹く屋上は心地良かった。
15歳になってここへ来て、半年が経った。
朝起きてキーダーとして基礎トレーニングをし、午後は実技訓練に加えて外部教師を呼んでの授業がある。キーダーの学生は自分だけで、それは贅沢な個人授業だ。
けれど、ここから出る事も就職する予定もない身としては、それに何の意味があるのかは分からない。
「ったくよ」
毎日が悲観的だった。
外へ出られるチャンスがあるとすれば、死と隣り合わせの仕事へ連れて行かれる時か、本当に死んでしまった時の二択だと思っている。
ギイと屋上の扉が開いて、足音が1つ駆け寄って来た。
歩き方と、速度、そこから相手を予想して、答え合わせをするように目を開く。
「ここに居た! 颯太くんに手紙来てたわよ」
「やっぱりハナさんだ」
施設員でノーマルのハナだ。
22歳だという彼女は、小柄でショートカットの、笑顔が素敵な大人の女性だった。
のっそりと置き上がった颯太の顔の前にピンク色の封筒を翳して「これもあげる」ともう片方の手に持っていたチョコレートの箱を重ねる。
「うわ、この間話してたやつだ。いいんですか?」
「勿論。食べて食べて!」
少し前に食堂で一緒になった時、話題になったチョコレートだ。外の世界ではスーパーや駅の売店にも置いてあるありふれたものだ。
アルガスに居る身とはいえ、嗜好品もある程度は取り寄せることが可能だった。ただ要望書に記入してポストに入れるというアナログな手法をとっているせいか、担当のチェックを通って手に届くまで軽く2ヶ月は有する。
一人っ子だというハナは、颯太を「弟みたい」というのが口癖だった。弟キャラを演じている訳ではないが、そんなイメージの恩恵は絶大だ。
「いつもありがとうございます」
「いいのよ。颯太くんが喜んでくれるなら私も嬉しいわ」
颯太は起き上がって、手紙の宛先を確認する。
見慣れた字にホッとした。毎月恒例になった、義理の妹からの定期便だ。アルガスの規則で返事をすることはできないが、学校の事や両親の事、他愛のない日常の出来事が堪らなく嬉しかった。
「じゃ、先に下りるわね」
ハナはにっこりと笑顔を広げて、中へと戻って行く。
彼女はアルガスでアイドル的な存在だ。
けれど彼女には恋人がいる。しかも相手はキーダーで、他に類がないようなハンサムな男だ。
颯太も中学の頃「カッコイイ」と持て囃されたことはあるが、まるで比じゃない。現実を叩き付けられた気分だった。
こんな監獄にあんな顔が存在することには驚いたし、その関係を公然にする事で他の施設員も彼女に一線置いているのは見ていてよく分かった。
だから颯太は最初から『弟』という揺ぎ無いポジションにいる。
「浩一郎さん、怖ぇもんな」
二人が一緒に居るシーンを思い出して溜息をつくと、競馬ラジオの向こう側から大声で呼ばれる。
「颯太、メシ行こうぜ」
「ヤスさん!」
先輩キーダーの、加賀泰尚だった。
それがどこまで行くのかと考えるのと同時に、追い掛ける事の出来ない自分の運命を呪いたくなる。外に出る事も許されず、未来の見えない生活は地獄でしかなかった。
ようやく午前中のトレーニングが終わって、ホールから屋上へ上がる。
いつもよりハードな訓練に疲弊して、コンクリートの地面に大の字に寝転んだ。
昼飯までの短い時間をのんびり過ごそうと思うのに、すぐ下にある技術部の窓が開いているせいで、競馬ラジオの音がせわしなく響いている。
アルガスの技術部と言えば、銀環や趙馬刀を作り出すエリート集団が在籍する部署だ。なのにトップの男がギャンブル好きで、部屋にはいつも競馬ラジオが鳴っている。たまに中へ入れば、書き込みの激しい競馬新聞があちこちに積まれている始末だ。
颯太は諦め気味に目を閉じる。
音さえ気にしなければ、風の吹く屋上は心地良かった。
15歳になってここへ来て、半年が経った。
朝起きてキーダーとして基礎トレーニングをし、午後は実技訓練に加えて外部教師を呼んでの授業がある。キーダーの学生は自分だけで、それは贅沢な個人授業だ。
けれど、ここから出る事も就職する予定もない身としては、それに何の意味があるのかは分からない。
「ったくよ」
毎日が悲観的だった。
外へ出られるチャンスがあるとすれば、死と隣り合わせの仕事へ連れて行かれる時か、本当に死んでしまった時の二択だと思っている。
ギイと屋上の扉が開いて、足音が1つ駆け寄って来た。
歩き方と、速度、そこから相手を予想して、答え合わせをするように目を開く。
「ここに居た! 颯太くんに手紙来てたわよ」
「やっぱりハナさんだ」
施設員でノーマルのハナだ。
22歳だという彼女は、小柄でショートカットの、笑顔が素敵な大人の女性だった。
のっそりと置き上がった颯太の顔の前にピンク色の封筒を翳して「これもあげる」ともう片方の手に持っていたチョコレートの箱を重ねる。
「うわ、この間話してたやつだ。いいんですか?」
「勿論。食べて食べて!」
少し前に食堂で一緒になった時、話題になったチョコレートだ。外の世界ではスーパーや駅の売店にも置いてあるありふれたものだ。
アルガスに居る身とはいえ、嗜好品もある程度は取り寄せることが可能だった。ただ要望書に記入してポストに入れるというアナログな手法をとっているせいか、担当のチェックを通って手に届くまで軽く2ヶ月は有する。
一人っ子だというハナは、颯太を「弟みたい」というのが口癖だった。弟キャラを演じている訳ではないが、そんなイメージの恩恵は絶大だ。
「いつもありがとうございます」
「いいのよ。颯太くんが喜んでくれるなら私も嬉しいわ」
颯太は起き上がって、手紙の宛先を確認する。
見慣れた字にホッとした。毎月恒例になった、義理の妹からの定期便だ。アルガスの規則で返事をすることはできないが、学校の事や両親の事、他愛のない日常の出来事が堪らなく嬉しかった。
「じゃ、先に下りるわね」
ハナはにっこりと笑顔を広げて、中へと戻って行く。
彼女はアルガスでアイドル的な存在だ。
けれど彼女には恋人がいる。しかも相手はキーダーで、他に類がないようなハンサムな男だ。
颯太も中学の頃「カッコイイ」と持て囃されたことはあるが、まるで比じゃない。現実を叩き付けられた気分だった。
こんな監獄にあんな顔が存在することには驚いたし、その関係を公然にする事で他の施設員も彼女に一線置いているのは見ていてよく分かった。
だから颯太は最初から『弟』という揺ぎ無いポジションにいる。
「浩一郎さん、怖ぇもんな」
二人が一緒に居るシーンを思い出して溜息をつくと、競馬ラジオの向こう側から大声で呼ばれる。
「颯太、メシ行こうぜ」
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先輩キーダーの、加賀泰尚だった。
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