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Episode4 京子
188 デートじゃない
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『デートのお誘い? 俺は構わないけど?』
彼をデートに誘ったつもりはないのに、誤解したような返答が返ってきた。そのせいでずっと胸の辺りが落ち着かない。
これは彼への好意ではなく、経験値不足だ。
せめてもう少し明るい時間ならと後悔しながら、朱羽は待ち合わせの場所を目指した。
彼の仕事が終わってからという事で、一緒に夕飯を食べるという思わぬ予定まで入ってしまったが、心を決めた今日のうちに全てを終わらせてしまいたいと腹を括る。
彼が選んだのは、海辺に建つカジュアルなレストランだ。中は満席に近い状態で賑わっている。
「こんばんは。お招きいただいて有難う」
ハーフ袖のジャケットを羽織った颯太が、店先で朱羽を迎えた。
癖のないその笑顔が、辺りの女子の視線を集めている。彼はマサよりも10コ以上年上だが、その数字に油断しすぎたようだ。夜の色が余計に彼を引き立たせて、年齢よりもずっと若く見えた。
「デートじゃありませんよ?」
「分かってるよ。ただ、男女がこんな時間に会ってたら、周りからはそう見えるんじゃない?」
「…………」
「何で俺を呼んだかは知らないけど、とりあえず何か食おうぜ」
場慣れしない朱羽をエスコートするように、颯太は店内へと促す。
入口の扉を開けた途端、軽快な異国のメロディが飛び出して来た。防音がしっかりされているのか、外で見るよりも中はだいぶ騒がしい。
少なくとも落ち着いて話ができる雰囲気ではなかった。
「もっと静かなトコが良かった? あんまり静かだと緊張するかと思ったんだけど」
傍らに立つ颯太が耳を寄せて来て、朱羽はぎゅっと全身を強張らせる。
「すみません。こういうの慣れなくて」
「だったら食事だけして移動するか」
「はい」と頷いて席に着いた。
海側とは逆の、街並みが見える席だ。けれどその風景は全体的に少し暗い。
かつてはそこに巨大なショッピングモールがあったが、年始に閉鎖されたまま次の建設計画が難航しているという理由で、解体工事が中断したままになっていた。
複数の建物も、シンボルマークだった観覧車も、そのまま廃墟と化している。
乾杯をして、軽めのフレンチ料理のコースが続いた。一杯目のワインが無くなる頃には気持ち良いくらいに酔いが回って、緊張も解れる。
「やっと笑顔になったな」
「そんな硬い顔してました?」
「してたよ。般若みたいだったぜ?」
「酷い……」
アイスバケットに入ったボトルを抜いて、颯太が軽快に笑いながらお互いのグラスにワインを足していく。
朱羽は両手でグラスを掴みながら、
「颯太さん、どうして電話したのが私だった分かったんですか?」
「ん? あぁ──前に事務所に行った事あっただろ? あん時修司に場所と電話番号聞いてたんだよ。アドレス帳に入れといたから、着信が来た時に名前は出てたんだ」
「そういう事か」
「別にストーカーしようなんて思っちゃいねぇよ。アンタんトコには怖い用心棒も居るしな」
「まぁ……そうですね」
龍之介の肩書は、事務所の『雑用兼ボディガード』だ。
ノーマルの彼がバスクを相手に戦える訳ではないが、アルガスのオジサン達の目論見通り、男子が居る事で色々と助けられている事は事実だ。
「彼が好きなのか?」
「よく分かりません」
「アンタに寄って来る男なんて他に幾らでもいるだろ。アンタは美人だし、気立ても良い。そんなアンタに呼び出されたら、俺だって勘違いするだろ?」
「……してるんですか?」
「期待くらいはさせてくれ」
黙る朱羽に、颯太は高らかに笑う。
「そんな警戒心全開で来られたら、手なんて出せねぇよ」
朱羽はグラスを置いて、左手首の銀環に顔を落とした。
ここに来る途中、二人の男に声を掛けられた。付いて行くつもりもなく無視してしまったが、恋愛感情が今何処へ向いているのかなんて、自分でもよく分からなかった。
龍之介を手放したくないという気持ちはあるが、それが恋なのかと聞かれると首を傾げてしまう。
「前に京子ちゃんにも言ったけど、自分の気持ちは大事にしろよ?」
「…………」
「で、今日はどうして俺を呼んだ? ここで話せないのは分かってるつもりだけど、ヒントを貰えたら嬉しいね」
魚のソテーが運ばれてきて、食欲をそそるニンニクオイルの匂いが立ち込める。
「ヒントは……鰻です」
「鰻?」
「この間奢ってもらった鰻が美味しかったから、颯太さんを呼んだんです」
「何だそりゃ。あれはアンタにヤッさんの事を教えて貰った礼だろ?」
前に彼が、元キーダーの加賀泰尚の生死を教えてくれと事務所に来た時があった。その返事と交換に、龍之介と自分の鰻重を奢って貰ったのだ。
あんな一言の返事には申し訳ないくらいの絶品で、それがずっと朱羽の心に引っ掛かっていた。
「それだけじゃないんですけどね」
昼間京子と話して、颯太と会う決心がついた。
「加賀泰尚さんの事をちゃんと話しておこうと思って」
朱羽の覚悟に、颯太がアルコールで緩んだ目をハッと見開いた。
彼をデートに誘ったつもりはないのに、誤解したような返答が返ってきた。そのせいでずっと胸の辺りが落ち着かない。
これは彼への好意ではなく、経験値不足だ。
せめてもう少し明るい時間ならと後悔しながら、朱羽は待ち合わせの場所を目指した。
彼の仕事が終わってからという事で、一緒に夕飯を食べるという思わぬ予定まで入ってしまったが、心を決めた今日のうちに全てを終わらせてしまいたいと腹を括る。
彼が選んだのは、海辺に建つカジュアルなレストランだ。中は満席に近い状態で賑わっている。
「こんばんは。お招きいただいて有難う」
ハーフ袖のジャケットを羽織った颯太が、店先で朱羽を迎えた。
癖のないその笑顔が、辺りの女子の視線を集めている。彼はマサよりも10コ以上年上だが、その数字に油断しすぎたようだ。夜の色が余計に彼を引き立たせて、年齢よりもずっと若く見えた。
「デートじゃありませんよ?」
「分かってるよ。ただ、男女がこんな時間に会ってたら、周りからはそう見えるんじゃない?」
「…………」
「何で俺を呼んだかは知らないけど、とりあえず何か食おうぜ」
場慣れしない朱羽をエスコートするように、颯太は店内へと促す。
入口の扉を開けた途端、軽快な異国のメロディが飛び出して来た。防音がしっかりされているのか、外で見るよりも中はだいぶ騒がしい。
少なくとも落ち着いて話ができる雰囲気ではなかった。
「もっと静かなトコが良かった? あんまり静かだと緊張するかと思ったんだけど」
傍らに立つ颯太が耳を寄せて来て、朱羽はぎゅっと全身を強張らせる。
「すみません。こういうの慣れなくて」
「だったら食事だけして移動するか」
「はい」と頷いて席に着いた。
海側とは逆の、街並みが見える席だ。けれどその風景は全体的に少し暗い。
かつてはそこに巨大なショッピングモールがあったが、年始に閉鎖されたまま次の建設計画が難航しているという理由で、解体工事が中断したままになっていた。
複数の建物も、シンボルマークだった観覧車も、そのまま廃墟と化している。
乾杯をして、軽めのフレンチ料理のコースが続いた。一杯目のワインが無くなる頃には気持ち良いくらいに酔いが回って、緊張も解れる。
「やっと笑顔になったな」
「そんな硬い顔してました?」
「してたよ。般若みたいだったぜ?」
「酷い……」
アイスバケットに入ったボトルを抜いて、颯太が軽快に笑いながらお互いのグラスにワインを足していく。
朱羽は両手でグラスを掴みながら、
「颯太さん、どうして電話したのが私だった分かったんですか?」
「ん? あぁ──前に事務所に行った事あっただろ? あん時修司に場所と電話番号聞いてたんだよ。アドレス帳に入れといたから、着信が来た時に名前は出てたんだ」
「そういう事か」
「別にストーカーしようなんて思っちゃいねぇよ。アンタんトコには怖い用心棒も居るしな」
「まぁ……そうですね」
龍之介の肩書は、事務所の『雑用兼ボディガード』だ。
ノーマルの彼がバスクを相手に戦える訳ではないが、アルガスのオジサン達の目論見通り、男子が居る事で色々と助けられている事は事実だ。
「彼が好きなのか?」
「よく分かりません」
「アンタに寄って来る男なんて他に幾らでもいるだろ。アンタは美人だし、気立ても良い。そんなアンタに呼び出されたら、俺だって勘違いするだろ?」
「……してるんですか?」
「期待くらいはさせてくれ」
黙る朱羽に、颯太は高らかに笑う。
「そんな警戒心全開で来られたら、手なんて出せねぇよ」
朱羽はグラスを置いて、左手首の銀環に顔を落とした。
ここに来る途中、二人の男に声を掛けられた。付いて行くつもりもなく無視してしまったが、恋愛感情が今何処へ向いているのかなんて、自分でもよく分からなかった。
龍之介を手放したくないという気持ちはあるが、それが恋なのかと聞かれると首を傾げてしまう。
「前に京子ちゃんにも言ったけど、自分の気持ちは大事にしろよ?」
「…………」
「で、今日はどうして俺を呼んだ? ここで話せないのは分かってるつもりだけど、ヒントを貰えたら嬉しいね」
魚のソテーが運ばれてきて、食欲をそそるニンニクオイルの匂いが立ち込める。
「ヒントは……鰻です」
「鰻?」
「この間奢ってもらった鰻が美味しかったから、颯太さんを呼んだんです」
「何だそりゃ。あれはアンタにヤッさんの事を教えて貰った礼だろ?」
前に彼が、元キーダーの加賀泰尚の生死を教えてくれと事務所に来た時があった。その返事と交換に、龍之介と自分の鰻重を奢って貰ったのだ。
あんな一言の返事には申し訳ないくらいの絶品で、それがずっと朱羽の心に引っ掛かっていた。
「それだけじゃないんですけどね」
昼間京子と話して、颯太と会う決心がついた。
「加賀泰尚さんの事をちゃんと話しておこうと思って」
朱羽の覚悟に、颯太がアルコールで緩んだ目をハッと見開いた。
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