スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択

栗栖蛍

文字の大きさ
上 下
465 / 659
Episode4 京子

175 長官からの電話

しおりを挟む
 佳乃かのの母親がキーダーに助けられたという爆発事件を探って、朱羽あげはに連絡を取ったのはついこの間の事だ。
 アルガスの中でも機密資料に触れている彼女は、15年程前に高松で暴走事件が起きた事と、犯人とその他で亡くなった人間が複数居る事を教えてくれた。
 ただ遺族の希望とやらで詳細が殆ど残されていないらしい。

 佳祐の話を聞いて、すぐにその話を思い出した。
 なのに、佳乃の母親を助けたキーダーが佳祐だという武勇伝に舞い上がってしまい、彼の妹の死をそこに繋げることが出来なかった。

 ──『銀環ぎんかんさえなければ、俺は妹を守れたかもしれない』

 彼の後悔は、その一点に尽きるだろう。

「あん時の俺は力を使えた訳じゃねぇが、兆候ちょうこうはあったんだ。もし銀環さえしていなけりゃ、あの光を跳ね返せたかもしれねぇって考えると、そこから抜け出せなくなっちまう」
「けど銀環をしていなかったら、佳祐さんが暴走していたかもしれないんですよ? 桃也とうや……みたいに」

 バスクだった桃也は強盗に家族を殺され、暴走を起こした。それが『大晦日の白雪しらゆき』だ。
 銀環を付けたキーダーが力をはっきりと覚醒させるのは18歳前後だというが、銀環の抑制がないバスクは、15歳よりも前にその力が現れる事があるという。

 能力者の力は、感情に左右されることが多い。跳ね上がった力のコントロールを失ってしまう状態が『暴走』だ。
 暴走を起こさない為の銀環を、佳祐は今どんな思いではめているのか。

「桃也のように、か。俺もなったかもしれねぇな」

 佳祐は自嘲じちょうして、胸の前に持ち上げた銀環に目を細める。

久志ひさしはな、銀環を『大切な人を守る道具』だって言うんだぜ。俺はこれのせいで妹を守れなかったのに」
「ずっとそんなこと思ってきたんですか?」
「俺は同期組あいつらを仲間だなんて思えなかった」
「佳祐さんは……キーダーの敵なんですか?」

 やよいの事件は、しのぶが犯人なのではないのか。
 忍が敵でホルス──それで納得したつもりだった。なのに佳祐はすぐにその返事をくれない。

 ずっと後ろで話を聞いていた修司が、しびれを切らして前のめりに尋ねる。

「佳祐さんの頬の怪我は、どこで付いたんですか? さっきは冗談で言ったけど、女性じゃないですよね? 朝会った時の佳祐さんの気配は尋常じゃなかった。佳祐さんが俺たちの敵だって言うなら、戦った相手はキーダーの誰かなんですか?」
「やめとけよ。勘が良い奴は苦労するぜ」

 佳祐の表情から笑みが消えている。刺すような視線が修司を捕らえていた。
 佳祐を縛り付けていた鎖が少しずつ解けていくように、彼は更にその事実を語り出す。

「修司、お前が強いからって松本さんが言ったんだよ。だから俺はお前を仲間に引き入れようと、ここに呼んだんだ」
「それって──」

 佳祐の冷ややかな声と話にビクリと震えて、京子は修司を背中に庇う。
 この間どざえもんを見た後、修司と二人で松本に会った。あの一連の出来事で、松本が修司を評価したというのか。

「どうして松本さんと佳祐さんが繋がっているんですか?」
「これだけ言えば分かるだろ? 俺はホルスの人間なんだよ」
「そんな。じゃあ、やよいさんを殺したのは──」
 
 聞きたくない質問を勢いで投げ付けた所で、京子のスマホがポケットで震えた。
 いつも通りの着信なのに、嫌な予感がしてならない。

「大事な用なんじゃねぇのか?」

 佳祐の視線が冷たい。まるでその電話の内容を確信しているかのように聞こえてくる。
 「すみません」と鳴り止まない電話の相手を確かめて、京子はハッと佳祐を見上げた。
 アルガス長官・宇波誠うなみまことだ。

 「嫌だ」と声を震わせて、京子は一度遠ざけたスマホをジリジリと耳に近付けながらボタンを押した。

田母神たもがみくん』

 手元で響いた誠の声を拾うように耳を当てる。

「はい。長官、どうしましたか?」
『おはよう。出てくれて良かったよ』

 いつもと変わりのない声だ。
 けれどそのままの穏やかな口調で、彼は京子が予測したままの言葉を言い放った。

『そこに一條佳祐くんが居るでしょう? 彼はホルスの戦闘員で、如月くんを殺した犯人です。仲間を殺すのはアルガスでは禁忌だ。だから、一番側に居る貴女に任せます。彼を処刑して下さい』



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...