上 下
454 / 622
Episode4 京子

164 もう少し目を閉じていたい気分

しおりを挟む
 九州二日目は朝から暑かった。
 夜景を見たままカーテンが開きっ放しになっていて、窓の向こうには西の青い空が見える。

 佳祐けいすけとは9時に支部の下で待ち合わせをしていて、京子は修司しゅうじと軽めに朝のトレーニングを澄ませ、8時前に食堂へ入った。

 シャワーで流したはずの汗が引かず、んで来た氷水をゴクゴクと流し込む。
 九州支部の食堂は本部と比べ大分コンパクトだが、朝から人も多くにぎやかだ。広い窓からは、ゲストルームと同じ海側の風景が見える。

「そういえば昨日言ってた視線はどう? まだ感じてる?」

 窓際の席を見つけてトレイを置いた京子は、向かいに腰を下ろした修司に尋ねた。

「いえ、あれからは感じてないですよ。もしかして怖がらせちゃいました?」
「ううん、そんな事ないよ」

 小さく手を振って、京子は「大丈夫」と強がる。

「なら良いですけど。昨日の昼間、何度か「アレ?」って時があったんですよ。俺に一目惚れした女子の視線だったのかも?」
「そういうトコが美弦みつるの不安をあおってるんじゃない? 修司って、結構ナンパだよね」
「言ってるだけですよ。中身は真面目なつもりです」

 修司はドンと胸を張るが、パンにバターを塗りつける手が途端にテーブルへ落ちた。
 何か思い詰めるように息を吐き出す姿に、京子は「どうした?」とオレンジジュースの入ったグラスを手に覗き込む。
 
「具合でも悪い? 昨日あんなにやる気満々だったのに」
「俺もその満々なつもりなんですけどね」

 こっちへ来る話が出た時、すぐにでも移動してきたいと言ったのは、他でもない修司自身だ。少なくとも昨日まではそのままの気持ちに見えたが、今は勢いが失速してしまったのだろうか。

「昨日、美弦と話してたらちょっとホームシックみたいになって。まだ引っ越してもいないのに、暫くの間遠くなるんだなぁって」
「修司でもそういう事考えるんだ!」
「俺を何だと思ってんですか。一年なんてあっという間だと思ってたんですけどね」
「うんうん、分かるよ。私も桃也とうやと離れる時辛かったもん」

 京子は熱いスープをクルクルとスプーンで冷ましながら、懐かしいなと目を細める。

「今回の事は強制じゃないし、修司が決めればいいよ」
「いや、ここで訓練できたらって思います。美弦との事だけで断るわけにはいかないし、訓練はいずれしなきゃならないんですから」

 バスクからキーダーになると、北陸支部にある訓練施設で1年を過ごさなければならない。
 それはキーダーとしての仕事や戦い方を短期で学ぶという理由に加えて、バスクだった過去へのペナルティも少なからず含まれている。
 血のにじむような訓練という訳ではないが、アルガス内では島流し的なニュアンスで語られることも多く、久志ひさしが『ふざけるなよ』とボヤいているらしい。

 元気のない顔にウインナーを差し出すと、修司は「ありがとうございます」と受け取った。

 修司を快く送り出すためにも、今日は佳祐と話をしなければならない。
 いつもなら感じる事のない負の想いが取り巻いて、京子も少し気が重かった。

 朝食後、二人は一度それぞれの部屋に戻る。
 佳祐との待ち合わせまではまだ時間があった。

 シャツの一番上のボタンを外して、京子はベッドに転がる。
 大の字に手足を広げたまま眠ってしまえたら幸せだと思うのに、考える事は山程あって心の余裕はまるでなかった。

「けど、少しだけ……」

 モコモコした布団を掛けて、その温もりにそっと目を閉じると、枕元に放り投げていたスマホが「ピ」と音を立ててメールを受信する。
 何だろうと思ったが、まだこうしていたいと思って確認を後回しにする。
 けれど一分も経たぬ間に、今度は着信音が鳴り響いた。

綾斗あやと……?」
 
 彼とは朝に『おはよう』のメールを交わしただけだ。彼か、修司か、佳祐か──逡巡しゅんじゅんしながら伸ばした手の先で通話ボタンを押す。

 横になったまま引き寄せたスマホから聞こえたのは、その誰とも違う相手の声だった。

『おはよう、京子ちゃん』

 彰人あきひとだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...