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Episode4 京子
146 銀環を外した理由は
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一人のんびりとランチタイムを終えた所で、カウンターの向こうから顔を出したフリフリエプロン姿のマダムに声を掛けられる。
直前に内線のベルが響いていたが、どうやら京子への言伝があったらしい。休憩が終わったら長官の部屋へ来るようにという事だった。
「いつも急なんだから。移動時間考えたら、朝のうちに連絡くれてもいいのに」
今週の頭に戻るとは聞いていたが、既に今日は水曜だ。今朝見た本部のスケジュールにも誠の予定は記されていなかった。
午前中キツめにトレーニングしたご褒美に午後は喫茶『恋歌』でこっそりプリンを食べようと思っていたのに、計画が台無しだ。
「行けるかなぁ」
ほうじ茶を飲みながら一人ボヤくと、マダムとのやり取りを遠くから眺めていた颯太が「京子ちゃん」とやってきた。
「宇波さんの所行くのか? 松本さんの件なら、俺も連れてって貰えると嬉しいんだけど」
いつになく険しい顔で京子を見下ろす彼を「どうぞ」と向かいの椅子へ促す。
「私は構いませんけど。どうだろう……一緒に行って長官に聞いてみますか? 断られちゃったらごめんなさい」
「あぁ、それでいいよ」
先日東京湾に上がった水死体を確認した後、京子は能力の気配を追って一人の男に辿り着いた。敵か味方かも分からないその相手が元キーダーの松本かもしれないと話した事が、颯太の衝動を掻き立てているらしい。
ただ彼の同行云々よりも、不意打ちで呼び出しを喰らった京子の頭がミーティングできるような状態になっていなかった。刑事の森脇から送られて来たデータをもう一度頭で整理しておきたい。
「颯太さん、すみません。もう一杯だけお茶飲ませて下さい」
「じゃあ俺も付き合わせて。淹れて来るから」
颯太は京子の湯飲みを掴んで、「ありがとな」と立ち上がった。
☆
「僕は構わないよ。私と君とじゃ彼に対する印象も違うだろうからね」
颯太の同席に「いいよ」と微笑んで、アルガス長官・宇波誠は京子たち二人を部屋に迎えた。
京子が誠と話すのはホワイトデー以来だ。彼が伸ばそうかと迷っていた顎髭は、躊躇いがちに薄っすらとその存在感を出してきている。
「秀信くんは元気だった?」
着席して一息つく暇も与えず、誠はニコニコと頬を上げながら唐突に本題を切り出してきた。
「えっと……松本さん本人だったかどうかは分かりません。私が勝手にそう思い込んでるだけで」
「それでも構わないよ。元気かどうかは私の個人的な興味だから」
「……あまり元気そうには見えませんでした」
思ったままを答えると、誠は「そうか」と頷く。
「服薬の話、推測がどこまで合ってるかは分からないけど、きっと秀信くんだろうって僕は思うよ。いや、適当な事言うと勘ちゃんに怒られるかな。とにかく僕はそうあって欲しいと思うんだ」
「敵でもですか?」
「そうだね。私がそんな事言ったら、君たちを困らせてしまうだろうけどね」
勘ちゃん、というのは大舎卿の事だ。アルガス解放以前から二人は仲が良いらしい。
誠は眉を下げて、膝に乗せた手を組んだ。
「私はアルガスの長官だ。だから仕事に私情を挟むつもりはないよ。罰するべき相手は規則通りに刑を処すつもりだ。秀信くんがこちらに刃を向けて来るなら、こっちも迎え撃つ覚悟はできてる」
「そう……ですね」
京子が言葉の重さにこくりと頷くと、颯太が「あの」と口を挟んだ。
「松本さんはバーサーカーですよね? 今もその力を所持しているって事でしょうか」
誠はキーダーよりも情報を持っているだろうが、どこまで敵を把握しているのだろうか。それをここで全て話してくれるとは思わないが、誠は少し考えるように首を傾けて「どうだろう」と目を細めた。
「秀信くんの銀環は、勘ちゃんが外したんだ。銀環をしていない能力者がキーダーより強いだろうなんて、今までだって分かっていた事でしょう? たとえそれが抜きに出た力だったり、毛色の違うものでも、キーダーならどうにかできるって僕は信じてるよ。解放後のキーダーは、みんなそうやって戦ってきたんだから」
「……はい」
長官に行けと言われたら行かなければならない。最前線で戦えと言われたら、キーダーは一人ででも敵に立ち向かわねばならないのだ。
桃也の件以来、以前よりも誠に気を許していたが、彼の意見を改めて聞くとやはり根本的な所は京子がずっと感じていた通りの人間なんだと思う。
「松本さんは、どうしてアルガスを出たんですか?」
松本の話を聞いてから、ずっと知りたいと思っていた事だ。
アルガス解放で留まった彼は、4年後に銀環を外して外へ出て行ったという。その心境の変化にホルスは関係していたのだろうか。
しかし返事を待つ京子に、誠は「分からないよ」と立ち上がる。そして机の上に敷かれたシートの中から、1枚の写真を手に取って戻って来た。
「これは?」
目の前に置かれた写真を見て、先に颯太が眉を上げる。
地下のファイルに貼られていた写真と一見同じに見えた。けれど少しだけ違う。
色褪せた集合写真には、以前見たものには写っていなかった誠の姿があった。
直前に内線のベルが響いていたが、どうやら京子への言伝があったらしい。休憩が終わったら長官の部屋へ来るようにという事だった。
「いつも急なんだから。移動時間考えたら、朝のうちに連絡くれてもいいのに」
今週の頭に戻るとは聞いていたが、既に今日は水曜だ。今朝見た本部のスケジュールにも誠の予定は記されていなかった。
午前中キツめにトレーニングしたご褒美に午後は喫茶『恋歌』でこっそりプリンを食べようと思っていたのに、計画が台無しだ。
「行けるかなぁ」
ほうじ茶を飲みながら一人ボヤくと、マダムとのやり取りを遠くから眺めていた颯太が「京子ちゃん」とやってきた。
「宇波さんの所行くのか? 松本さんの件なら、俺も連れてって貰えると嬉しいんだけど」
いつになく険しい顔で京子を見下ろす彼を「どうぞ」と向かいの椅子へ促す。
「私は構いませんけど。どうだろう……一緒に行って長官に聞いてみますか? 断られちゃったらごめんなさい」
「あぁ、それでいいよ」
先日東京湾に上がった水死体を確認した後、京子は能力の気配を追って一人の男に辿り着いた。敵か味方かも分からないその相手が元キーダーの松本かもしれないと話した事が、颯太の衝動を掻き立てているらしい。
ただ彼の同行云々よりも、不意打ちで呼び出しを喰らった京子の頭がミーティングできるような状態になっていなかった。刑事の森脇から送られて来たデータをもう一度頭で整理しておきたい。
「颯太さん、すみません。もう一杯だけお茶飲ませて下さい」
「じゃあ俺も付き合わせて。淹れて来るから」
颯太は京子の湯飲みを掴んで、「ありがとな」と立ち上がった。
☆
「僕は構わないよ。私と君とじゃ彼に対する印象も違うだろうからね」
颯太の同席に「いいよ」と微笑んで、アルガス長官・宇波誠は京子たち二人を部屋に迎えた。
京子が誠と話すのはホワイトデー以来だ。彼が伸ばそうかと迷っていた顎髭は、躊躇いがちに薄っすらとその存在感を出してきている。
「秀信くんは元気だった?」
着席して一息つく暇も与えず、誠はニコニコと頬を上げながら唐突に本題を切り出してきた。
「えっと……松本さん本人だったかどうかは分かりません。私が勝手にそう思い込んでるだけで」
「それでも構わないよ。元気かどうかは私の個人的な興味だから」
「……あまり元気そうには見えませんでした」
思ったままを答えると、誠は「そうか」と頷く。
「服薬の話、推測がどこまで合ってるかは分からないけど、きっと秀信くんだろうって僕は思うよ。いや、適当な事言うと勘ちゃんに怒られるかな。とにかく僕はそうあって欲しいと思うんだ」
「敵でもですか?」
「そうだね。私がそんな事言ったら、君たちを困らせてしまうだろうけどね」
勘ちゃん、というのは大舎卿の事だ。アルガス解放以前から二人は仲が良いらしい。
誠は眉を下げて、膝に乗せた手を組んだ。
「私はアルガスの長官だ。だから仕事に私情を挟むつもりはないよ。罰するべき相手は規則通りに刑を処すつもりだ。秀信くんがこちらに刃を向けて来るなら、こっちも迎え撃つ覚悟はできてる」
「そう……ですね」
京子が言葉の重さにこくりと頷くと、颯太が「あの」と口を挟んだ。
「松本さんはバーサーカーですよね? 今もその力を所持しているって事でしょうか」
誠はキーダーよりも情報を持っているだろうが、どこまで敵を把握しているのだろうか。それをここで全て話してくれるとは思わないが、誠は少し考えるように首を傾けて「どうだろう」と目を細めた。
「秀信くんの銀環は、勘ちゃんが外したんだ。銀環をしていない能力者がキーダーより強いだろうなんて、今までだって分かっていた事でしょう? たとえそれが抜きに出た力だったり、毛色の違うものでも、キーダーならどうにかできるって僕は信じてるよ。解放後のキーダーは、みんなそうやって戦ってきたんだから」
「……はい」
長官に行けと言われたら行かなければならない。最前線で戦えと言われたら、キーダーは一人ででも敵に立ち向かわねばならないのだ。
桃也の件以来、以前よりも誠に気を許していたが、彼の意見を改めて聞くとやはり根本的な所は京子がずっと感じていた通りの人間なんだと思う。
「松本さんは、どうしてアルガスを出たんですか?」
松本の話を聞いてから、ずっと知りたいと思っていた事だ。
アルガス解放で留まった彼は、4年後に銀環を外して外へ出て行ったという。その心境の変化にホルスは関係していたのだろうか。
しかし返事を待つ京子に、誠は「分からないよ」と立ち上がる。そして机の上に敷かれたシートの中から、1枚の写真を手に取って戻って来た。
「これは?」
目の前に置かれた写真を見て、先に颯太が眉を上げる。
地下のファイルに貼られていた写真と一見同じに見えた。けれど少しだけ違う。
色褪せた集合写真には、以前見たものには写っていなかった誠の姿があった。
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