上 下
435 / 618
Episode4 京子

146 銀環を外した理由は

しおりを挟む
 一人のんびりとランチタイムを終えた所で、カウンターの向こうから顔を出したフリフリエプロン姿のマダムに声を掛けられる。
 直前に内線のベルが響いていたが、どうやら京子への言伝ことづてがあったらしい。休憩が終わったら長官の部屋へ来るようにという事だった。

「いつも急なんだから。移動時間考えたら、朝のうちに連絡くれてもいいのに」

 今週の頭に戻るとは聞いていたが、既に今日は水曜だ。今朝見た本部のスケジュールにも誠の予定は記されていなかった。
 午前中キツめにトレーニングしたご褒美に午後は喫茶『恋歌れんか』でこっそりプリンを食べようと思っていたのに、計画が台無しだ。

「行けるかなぁ」

 ほうじ茶を飲みながら一人ボヤくと、マダムとのやり取りを遠くから眺めていた颯太そうたが「京子ちゃん」とやってきた。

宇波うなみさんの所行くのか? 松本さんの件なら、俺も連れてって貰えると嬉しいんだけど」

 いつになく険しい顔で京子を見下ろす彼を「どうぞ」と向かいの椅子へ促す。

「私は構いませんけど。どうだろう……一緒に行って長官に聞いてみますか? 断られちゃったらごめんなさい」
「あぁ、それでいいよ」

 先日東京湾に上がった水死体を確認した後、京子は能力の気配を追って一人の男に辿り着いた。敵か味方かも分からないその相手が元キーダーの松本かもしれないと話した事が、颯太の衝動を掻き立てているらしい。

 ただ彼の同行云々うんぬんよりも、不意打ちで呼び出しを喰らった京子の頭がミーティングできるような状態になっていなかった。刑事の森脇もりわきから送られて来たデータをもう一度頭で整理しておきたい。

「颯太さん、すみません。もう一杯だけお茶飲ませて下さい」
「じゃあ俺も付き合わせて。淹れて来るから」

 颯太は京子の湯飲みを掴んで、「ありがとな」と立ち上がった。


   ☆
「僕は構わないよ。私と君とじゃ彼に対する印象も違うだろうからね」

 颯太の同席に「いいよ」と微笑んで、アルガス長官・宇波誠は京子たち二人を部屋に迎えた。
 京子が誠と話すのはホワイトデー以来だ。彼が伸ばそうかと迷っていた顎髭あごひげは、躊躇ためらいがちに薄っすらとその存在感を出してきている。

秀信ひでしなくんは元気だった?」

 着席して一息つく暇も与えず、誠はニコニコとほおを上げながら唐突に本題を切り出してきた。

「えっと……松本さん本人だったかどうかは分かりません。私が勝手にそう思い込んでるだけで」
「それでも構わないよ。元気かどうかは私の個人的な興味だから」
「……あまり元気そうには見えませんでした」

 思ったままを答えると、誠は「そうか」とうなずく。

「服薬の話、推測がどこまで合ってるかは分からないけど、きっと秀信くんだろうって僕は思うよ。いや、適当な事言うとかんちゃんに怒られるかな。とにかく僕はそうあって欲しいと思うんだ」
「敵でもですか?」
「そうだね。私がそんな事言ったら、君たちを困らせてしまうだろうけどね」

 勘ちゃん、というのは大舎卿だいしゃきょうの事だ。アルガス解放以前から二人は仲が良いらしい。
 誠は眉を下げて、膝に乗せた手を組んだ。

「私はアルガスの長官だ。だから仕事に私情を挟むつもりはないよ。罰するべき相手は規則通りに刑を処すつもりだ。秀信くんがこちらに刃を向けて来るなら、こっちも迎え撃つ覚悟はできてる」
「そう……ですね」

 京子が言葉の重さにこくりと頷くと、颯太が「あの」と口を挟んだ。

「松本さんはバーサーカーですよね? 今もその力を所持しているって事でしょうか」

 誠はキーダーよりも情報を持っているだろうが、どこまで敵を把握しているのだろうか。それをここで全て話してくれるとは思わないが、誠は少し考えるように首を傾けて「どうだろう」と目を細めた。
 
「秀信くんの銀環ぎんかんは、勘ちゃんが外したんだ。銀環をしていない能力者バスクがキーダーより強いだろうなんて、今までだって分かっていた事でしょう? たとえそれが抜きに出た力だったり、毛色の違うものでも、キーダーならどうにかできるって僕は信じてるよ。解放後のキーダーは、みんなそうやって戦ってきたんだから」
「……はい」

 長官に行けと言われたら行かなければならない。最前線で戦えと言われたら、キーダーは一人ででも敵に立ち向かわねばならないのだ。
 桃也とうやの件以来、以前よりも誠に気を許していたが、彼の意見を改めて聞くとやはり根本的な所は京子がずっと感じていた通りの人間なんだと思う。

「松本さんは、どうしてアルガスを出たんですか?」

 松本の話を聞いてから、ずっと知りたいと思っていた事だ。
 アルガス解放で留まった彼は、4年後に銀環を外して外へ出て行ったという。その心境の変化にホルスは関係していたのだろうか。

 しかし返事を待つ京子に、誠は「分からないよ」と立ち上がる。そして机の上に敷かれたシートの中から、1枚の写真を手に取って戻って来た。

「これは?」

 目の前に置かれた写真を見て、先に颯太が眉を上げる。
 地下のファイルに貼られていた写真と一見同じに見えた。けれど少しだけ違う。
 色褪いろあせた集合写真には、以前見たものには写っていなかった誠の姿があった。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

処理中です...