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Episode4 京子
132 自惚れかもしれない
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今日の予定を空けられるかと譲に連絡を貰ったのは、調度一週間前の事だ。
大学へ進学した彼とは違い、修司は北陸への異動を待ちながらキーダーとしての仕事に勤む毎日を送っている。
平日に休みを取るなんてと思ったけれど、ダメ元で相談すると京子は快くOKしてくれた。しかも有給扱いだ。
『いいよいいよ。いつも真面目に仕事してるんだから、たまには羽伸ばしてきて』
その理由も聞かれることはなかった。けれど美弦にバレるのは時間の問題だと思っている。
リスクを犯してまでここへ来ることに躊躇いもあったが、断る理由も見つからず実行に至った次第だ。
「来て良かっただろ? 俺に感謝しろよ」
「あぁ。すっげぇ楽しかった!」
天井のライトが一斉に付いて、客席の歓声が徐々に収まっていく。それでもライブの余韻は高まるばかりで、修司はアンコールに流れた新曲を小さく口ずさんだ。
「だろぉ? 修司の事誘って正解! 喜んでもらえて俺も嬉しいっ!」
ペンライトのスイッチを切って、譲はそれまで着ていた黄色いハッピを脱ぐ。
ジャスティのファン仲間だという譲の先輩が来れなくなり、急遽修司の所にチケットが回って来た。今日のライブはファンクラブ限定で、且つ小さめの会場と言う特別なものだ。
最前列ではないが足元が一段高くなる七列目の中央で、にわかファンの修司には勿体ないスペシャル席だった。
「初ライブで来たのがここだなんて、贅沢すぎ。けど、修司ちゃんと踊れてたじゃん? 合いの手も完璧だった。練習してきて偉い!」
「お前が覚えろって言ったんだろ? チケットくれた人にも悪いし、一週間頑張って覚えたんだからな?」
パソコンに送られて来た新曲まるまる一曲分の振り付けを必死に覚えた。
リリースされたばかりの曲だったが、ライブでは観客が一糸乱れぬ動きで彼女たちの歌を盛り上げていたのだ。
修司がジャスティの曲を聞くようになったのは、アルガスに入る少し前の頃だ。
夏のライブではキーダーとして空からダイブした事もあって、彼女等と直接会う機会も何度かあった。
けれどそれが美弦は気に食わないという。せいぜい今日の事はバレないでいて欲しい。
「大学入ってから修司と全然会ってなかったろ? そろそろ誘おうと思ってたんだよ。北陸行くとか言ってたけど、まだ東京に居るとはね」
「それは……色々あってさ」
「仕事だろ? 言わなくて良いからな? それより今日はここからが本番だ」
「え? これで終わりじゃねぇの?」
確かにアンコールまで終わって明るくなったというのに、会場を出て行く客は一人も居なかった。スピーカーからジャスティの曲が流れて、みんな何かを待つように着席している。
するとステージや通路にスーツ姿の男たちが現れて、途端に物々しい空気が広がった。
「警備員……? まさかこれって」
ステージに並べられた五人分の長机を見て、もしやという推測が脳裏に過る。
修司は「えっ」と息を呑んだ。
「握手会だったりする?」
「正解!」
譲が破顔したタイミングで再び野太い歓声が沸き上がる。ステージにジャスティの五人が戻って来たのだ。
境界線の向こう側に、彼女たちがアンコールの衣装でスタンバイする。
修司の動揺など誰に届く事もなく、誘導に従って最前列が立ち上がった。
ステージに付けられた階段を左から上がって右へ下りる流れだ。
「凄いだろ? 五人全員と握手できるんだぜ?」
「俺、握手はちょっと遠慮しとこうかな……」
「何言ってんだよ、みんなこの為に頑張ってチケット取ってるんだぞ?」
「いやだってさ」
これはマズい展開なのではないかと、冷や汗が出る。
彼女たちと直に触れるチャンスがどれだけ貴重な事かは分かっているつもりだ。けれど修司にとっては不安でしかない。
彼女たちに顔がバレているからという理由は自惚れだろうか。
それよりも、もし気付かれてしまったら美弦にバレる確率が上がってしまう気がした。
このまま何もなかったようにアルガスへ戻れば波風の立たぬままいつもの生活に戻れるのに、現実はそううまくいかない。
七列目の番はすぐにやって来た。
握手の流れは想像より速く、一人の所に5秒と立ち止まれない短さだ。
だから他の男子に紛れてしまえば問題ない──そんな事を考えていると、最初に譲と握手を交わした青色の少女が、次の修司を振り向いた。
彼女は横浜での事件の時、屋上への階段で修司へ一言言葉をくれた少女だ。だから印象に残っていたのかもしれない。
「あれ、修司くん?」
ステージに上がって一分ともたなかった。
青い彼女が、パンと机に手をついて身体を乗り出すように修司を迎える。
絶体絶命──先を行く譲が、ギラついた目で修司を振り返った。
大学へ進学した彼とは違い、修司は北陸への異動を待ちながらキーダーとしての仕事に勤む毎日を送っている。
平日に休みを取るなんてと思ったけれど、ダメ元で相談すると京子は快くOKしてくれた。しかも有給扱いだ。
『いいよいいよ。いつも真面目に仕事してるんだから、たまには羽伸ばしてきて』
その理由も聞かれることはなかった。けれど美弦にバレるのは時間の問題だと思っている。
リスクを犯してまでここへ来ることに躊躇いもあったが、断る理由も見つからず実行に至った次第だ。
「来て良かっただろ? 俺に感謝しろよ」
「あぁ。すっげぇ楽しかった!」
天井のライトが一斉に付いて、客席の歓声が徐々に収まっていく。それでもライブの余韻は高まるばかりで、修司はアンコールに流れた新曲を小さく口ずさんだ。
「だろぉ? 修司の事誘って正解! 喜んでもらえて俺も嬉しいっ!」
ペンライトのスイッチを切って、譲はそれまで着ていた黄色いハッピを脱ぐ。
ジャスティのファン仲間だという譲の先輩が来れなくなり、急遽修司の所にチケットが回って来た。今日のライブはファンクラブ限定で、且つ小さめの会場と言う特別なものだ。
最前列ではないが足元が一段高くなる七列目の中央で、にわかファンの修司には勿体ないスペシャル席だった。
「初ライブで来たのがここだなんて、贅沢すぎ。けど、修司ちゃんと踊れてたじゃん? 合いの手も完璧だった。練習してきて偉い!」
「お前が覚えろって言ったんだろ? チケットくれた人にも悪いし、一週間頑張って覚えたんだからな?」
パソコンに送られて来た新曲まるまる一曲分の振り付けを必死に覚えた。
リリースされたばかりの曲だったが、ライブでは観客が一糸乱れぬ動きで彼女たちの歌を盛り上げていたのだ。
修司がジャスティの曲を聞くようになったのは、アルガスに入る少し前の頃だ。
夏のライブではキーダーとして空からダイブした事もあって、彼女等と直接会う機会も何度かあった。
けれどそれが美弦は気に食わないという。せいぜい今日の事はバレないでいて欲しい。
「大学入ってから修司と全然会ってなかったろ? そろそろ誘おうと思ってたんだよ。北陸行くとか言ってたけど、まだ東京に居るとはね」
「それは……色々あってさ」
「仕事だろ? 言わなくて良いからな? それより今日はここからが本番だ」
「え? これで終わりじゃねぇの?」
確かにアンコールまで終わって明るくなったというのに、会場を出て行く客は一人も居なかった。スピーカーからジャスティの曲が流れて、みんな何かを待つように着席している。
するとステージや通路にスーツ姿の男たちが現れて、途端に物々しい空気が広がった。
「警備員……? まさかこれって」
ステージに並べられた五人分の長机を見て、もしやという推測が脳裏に過る。
修司は「えっ」と息を呑んだ。
「握手会だったりする?」
「正解!」
譲が破顔したタイミングで再び野太い歓声が沸き上がる。ステージにジャスティの五人が戻って来たのだ。
境界線の向こう側に、彼女たちがアンコールの衣装でスタンバイする。
修司の動揺など誰に届く事もなく、誘導に従って最前列が立ち上がった。
ステージに付けられた階段を左から上がって右へ下りる流れだ。
「凄いだろ? 五人全員と握手できるんだぜ?」
「俺、握手はちょっと遠慮しとこうかな……」
「何言ってんだよ、みんなこの為に頑張ってチケット取ってるんだぞ?」
「いやだってさ」
これはマズい展開なのではないかと、冷や汗が出る。
彼女たちと直に触れるチャンスがどれだけ貴重な事かは分かっているつもりだ。けれど修司にとっては不安でしかない。
彼女たちに顔がバレているからという理由は自惚れだろうか。
それよりも、もし気付かれてしまったら美弦にバレる確率が上がってしまう気がした。
このまま何もなかったようにアルガスへ戻れば波風の立たぬままいつもの生活に戻れるのに、現実はそううまくいかない。
七列目の番はすぐにやって来た。
握手の流れは想像より速く、一人の所に5秒と立ち止まれない短さだ。
だから他の男子に紛れてしまえば問題ない──そんな事を考えていると、最初に譲と握手を交わした青色の少女が、次の修司を振り向いた。
彼女は横浜での事件の時、屋上への階段で修司へ一言言葉をくれた少女だ。だから印象に残っていたのかもしれない。
「あれ、修司くん?」
ステージに上がって一分ともたなかった。
青い彼女が、パンと机に手をついて身体を乗り出すように修司を迎える。
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