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Episode4 京子
123 うち、来る?
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プログラムのラストを飾る講師演奏が始まる。
元ピアニストの相葉紗耶香が魅せるピアノに、会場中が心を奪われた。
最初の音が流れた瞬間の綾斗を横で見守ることができて、京子は膝の上で小さくガッツポーズを決める。
彼の驚愕した表情が堪らなく嬉しかった。
「すごい……」
息を吐くように綾斗の口から感情が零れて、京子は彼の耳にそっとその答えを囁く。
「龍之介くんのサプライズだよ」
その成功に、京子のテンションは上昇しっぱなしだ。綾斗は意表を突かれた顔をしてステージへと視線を返した。
夜の色を模したような濃紺のロングドレスを着た彼女の奏でるメロディが、会場の隅々まで溶け込んでいく。
彼の演奏や車の中で何度か聞いている曲なのに、心地良い生のメロディは初めて耳にする音のようだ。
まだ小さい頃の綾斗が、これを聞いてピアノに目覚めたという。
「さっき龍之介くんと話してたのって、もしかしてコレのことだった?」
あっという間の2曲が終わり、カーテンコールの最中に綾斗が確証を持って聞いて来る。
「うん。綾斗の好きな曲は何ですか、って聞かれて。凄いサプライズだよね」
「本当に。京子さんも付き合ってくれてありがとう」
「私も楽しかったよ。また機会があったら来れると良いね」
「そうだね」
やよいの事があってから、半月と少ししか経っていない。
まだ精神的に落ち着くことのできる状態ではないが、綾斗との距離が前よりも縮まって京子の不安を和らげてくれている。
帰り際に出口で見送りをする紗耶香本人とも話をすることができて、二人は大満足で会場を後にした。
駐車場までの距離は少しあったが、今日の話が止まらない。あれもこれもと声を弾ませるが、そういう時に限って不調が下りて来る。
京子はピリと感じる頭痛を堪えるが、綾斗はそれ見逃さなかった。
「辛いならこのまま帰る?」
「……やだ」
まだ夕方だ。
先日も一緒に食べようと言った予定をキャンセルしたばかりで、また先延ばしはしたくない。もう少し彼と一緒に居たかった。
コンサートの余韻が残ったまま別れてしまうのは勿体ないと思ってしまう。
けれど体調が良いとも言えず、飲みに行ける状況ではなかった。
心美のように気持ちをストレートに表現できたらいいのにと唇を噛んで、京子は横を歩く綾斗の手を握り締める。
心美の言動に嫉妬するくらいなら、彼女のように思った事やしたいことをちゃんと伝えた方が良い。
「こんな時なら、我儘言っても良いのかな?」
「言うだけなら我儘じゃないし。そんなの気にする必要ないよ」
「だったら……うち、来る? ご飯はテイクアウトにして」
『作る』と見栄を張る事は出来ないが、今の自分にはそれが最善だと思った。
ただ、京子の家は以前桃也と住んでいたマンションだ。それを知っている彼に遠慮して、今まで家に呼んだことはない。
ただ、もし彼が嫌でなかったら──京子の精一杯の我儘だ。
ところが、「いいの?」と彼は軽い感じで返事してくる。
「え、来てくれるの?」
「俺は嬉しいけど。何か気にしてる?」
「だって、私の部屋は……」
戸惑う京子の知らない事実を、綾斗は平然と口にしたのだ。
「もしかして初めてだと思ってる? 俺が京子さんの家に行くの、これで3度目だからね?」
元ピアニストの相葉紗耶香が魅せるピアノに、会場中が心を奪われた。
最初の音が流れた瞬間の綾斗を横で見守ることができて、京子は膝の上で小さくガッツポーズを決める。
彼の驚愕した表情が堪らなく嬉しかった。
「すごい……」
息を吐くように綾斗の口から感情が零れて、京子は彼の耳にそっとその答えを囁く。
「龍之介くんのサプライズだよ」
その成功に、京子のテンションは上昇しっぱなしだ。綾斗は意表を突かれた顔をしてステージへと視線を返した。
夜の色を模したような濃紺のロングドレスを着た彼女の奏でるメロディが、会場の隅々まで溶け込んでいく。
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まだ小さい頃の綾斗が、これを聞いてピアノに目覚めたという。
「さっき龍之介くんと話してたのって、もしかしてコレのことだった?」
あっという間の2曲が終わり、カーテンコールの最中に綾斗が確証を持って聞いて来る。
「うん。綾斗の好きな曲は何ですか、って聞かれて。凄いサプライズだよね」
「本当に。京子さんも付き合ってくれてありがとう」
「私も楽しかったよ。また機会があったら来れると良いね」
「そうだね」
やよいの事があってから、半月と少ししか経っていない。
まだ精神的に落ち着くことのできる状態ではないが、綾斗との距離が前よりも縮まって京子の不安を和らげてくれている。
帰り際に出口で見送りをする紗耶香本人とも話をすることができて、二人は大満足で会場を後にした。
駐車場までの距離は少しあったが、今日の話が止まらない。あれもこれもと声を弾ませるが、そういう時に限って不調が下りて来る。
京子はピリと感じる頭痛を堪えるが、綾斗はそれ見逃さなかった。
「辛いならこのまま帰る?」
「……やだ」
まだ夕方だ。
先日も一緒に食べようと言った予定をキャンセルしたばかりで、また先延ばしはしたくない。もう少し彼と一緒に居たかった。
コンサートの余韻が残ったまま別れてしまうのは勿体ないと思ってしまう。
けれど体調が良いとも言えず、飲みに行ける状況ではなかった。
心美のように気持ちをストレートに表現できたらいいのにと唇を噛んで、京子は横を歩く綾斗の手を握り締める。
心美の言動に嫉妬するくらいなら、彼女のように思った事やしたいことをちゃんと伝えた方が良い。
「こんな時なら、我儘言っても良いのかな?」
「言うだけなら我儘じゃないし。そんなの気にする必要ないよ」
「だったら……うち、来る? ご飯はテイクアウトにして」
『作る』と見栄を張る事は出来ないが、今の自分にはそれが最善だと思った。
ただ、京子の家は以前桃也と住んでいたマンションだ。それを知っている彼に遠慮して、今まで家に呼んだことはない。
ただ、もし彼が嫌でなかったら──京子の精一杯の我儘だ。
ところが、「いいの?」と彼は軽い感じで返事してくる。
「え、来てくれるの?」
「俺は嬉しいけど。何か気にしてる?」
「だって、私の部屋は……」
戸惑う京子の知らない事実を、綾斗は平然と口にしたのだ。
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