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Episode4 京子
121 大人げない気持ち
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ステージのある大ホールに入った所で、立ち眩みがした。
視界がくるりと回って、綾斗に腕を掴まれる。
収まったと思った症状は、やはりまだ完全ではないらしい。
「大丈夫? まだ本調子じゃなかった?」
「平気なつもりだったんだけどな。けど、これくらい気にする程じゃないって」
察した綾斗に強がって、そのまま席に着いた。
ステージ正面の7列目という良席は、龍之介が選んでくれたらしい。会場内は既に満席状態で、とても個人の教室がやる発表会の規模ではなかった。
広いステージの真ん中には一台のグランドピアノが置かれていて、調律師が頻りにポンポンと音を鳴らしている。
シートへ深く背を預ける京子に、綾斗が改めて不満気な顔を見せた。
「また無理してる。体調悪い事、どうして言わなかったの?」
「だって。楽しみだったんだもん」
「小学生みたいなこと言わないで。俺だって楽しみだったけど、京子さんの体の方が大事なんだから」
綾斗が、京子の額に掌を当てる。そのせいで逆に体温が上がりそうだ。
「ごめん。辛くなったら言うね?」
「辛くなる前に。熱はないみたいで良かった」
彼と一緒の時なら倒れても良いかな、と良からぬことを考えてしまうが、今日ばかりは持ちこたえて欲しい。龍之介のサプライズを無駄にはしたくない。
「心美ちゃんには来るって言ってあるの?」
ホールも客席も大分広く、何処に誰が居るかサッパリ分からない状態だ。
何か起きた時の為にと綾斗が気配を消す方法を教え込んでいて、彼女は息をするようにそれをこなしているという。京子には信じられないような英才教育だ。
「言ってはいないけど、前半のラストが心美ちゃん達のグループだから。休憩になったらロビーで待ち構えようかと思ってる」
「それが良いかも。ステージ終わった後は一回外に出てくるもんね」
綾斗の膝の上に置かれた花束から、ほんのりと甘い香りが漂っている。
小さな女の子へのプレゼントだと言ってアレンジメントして貰った、色とりどりのスイートピーの花束だ。
程なくして調律師が舞台の袖へ隠れ、交代で一人の女性が喝采に迎えられてステージの中央へ立った。
「紗耶香さんだ!」
綾斗の興奮が伝わってくる。
彼だけではなく、観客の表情で彼女がどれだけ慕われているか分かる気がした。みんな綾斗と同じ気持ちなのだろう。
「今日は、教室の発表会に来て頂いてありがとうございます。是非、演奏を楽しんでいって下さいね」
深い礼と挨拶でステージが始まる。快活な話し方が京子の作り上げたピアニストの勝手なイメージとは違っていた。
生徒たちの演奏が続いて一時間が過ぎた頃、前半のとりを務める心美たちがステージに上がる。打楽器と歌とピアノの演奏は、会場を和やかな空気に包んだ。
そして休憩に入り、京子と綾斗はステージ裏から出て来る彼女をロビーで待ち構える。
「あーちゃん!!」
くるくるのヘアセットとフワフワのドレス姿で、心美はあっという間に綾斗を見つけ、満面の笑みを広げてその胸に飛び込んだのだ。
京子はふと湧いた大人げない気持ちに息を呑んで、衝動をぐっと堪えた。
視界がくるりと回って、綾斗に腕を掴まれる。
収まったと思った症状は、やはりまだ完全ではないらしい。
「大丈夫? まだ本調子じゃなかった?」
「平気なつもりだったんだけどな。けど、これくらい気にする程じゃないって」
察した綾斗に強がって、そのまま席に着いた。
ステージ正面の7列目という良席は、龍之介が選んでくれたらしい。会場内は既に満席状態で、とても個人の教室がやる発表会の規模ではなかった。
広いステージの真ん中には一台のグランドピアノが置かれていて、調律師が頻りにポンポンと音を鳴らしている。
シートへ深く背を預ける京子に、綾斗が改めて不満気な顔を見せた。
「また無理してる。体調悪い事、どうして言わなかったの?」
「だって。楽しみだったんだもん」
「小学生みたいなこと言わないで。俺だって楽しみだったけど、京子さんの体の方が大事なんだから」
綾斗が、京子の額に掌を当てる。そのせいで逆に体温が上がりそうだ。
「ごめん。辛くなったら言うね?」
「辛くなる前に。熱はないみたいで良かった」
彼と一緒の時なら倒れても良いかな、と良からぬことを考えてしまうが、今日ばかりは持ちこたえて欲しい。龍之介のサプライズを無駄にはしたくない。
「心美ちゃんには来るって言ってあるの?」
ホールも客席も大分広く、何処に誰が居るかサッパリ分からない状態だ。
何か起きた時の為にと綾斗が気配を消す方法を教え込んでいて、彼女は息をするようにそれをこなしているという。京子には信じられないような英才教育だ。
「言ってはいないけど、前半のラストが心美ちゃん達のグループだから。休憩になったらロビーで待ち構えようかと思ってる」
「それが良いかも。ステージ終わった後は一回外に出てくるもんね」
綾斗の膝の上に置かれた花束から、ほんのりと甘い香りが漂っている。
小さな女の子へのプレゼントだと言ってアレンジメントして貰った、色とりどりのスイートピーの花束だ。
程なくして調律師が舞台の袖へ隠れ、交代で一人の女性が喝采に迎えられてステージの中央へ立った。
「紗耶香さんだ!」
綾斗の興奮が伝わってくる。
彼だけではなく、観客の表情で彼女がどれだけ慕われているか分かる気がした。みんな綾斗と同じ気持ちなのだろう。
「今日は、教室の発表会に来て頂いてありがとうございます。是非、演奏を楽しんでいって下さいね」
深い礼と挨拶でステージが始まる。快活な話し方が京子の作り上げたピアニストの勝手なイメージとは違っていた。
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そして休憩に入り、京子と綾斗はステージ裏から出て来る彼女をロビーで待ち構える。
「あーちゃん!!」
くるくるのヘアセットとフワフワのドレス姿で、心美はあっという間に綾斗を見つけ、満面の笑みを広げてその胸に飛び込んだのだ。
京子はふと湧いた大人げない気持ちに息を呑んで、衝動をぐっと堪えた。
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