スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択

栗栖蛍

文字の大きさ
上 下
389 / 647
Episode4 京子

103 バーサーカーだった男

しおりを挟む
 綾斗あやとが京子に秘密を打ち明けたのと同じ頃、アルガスの本部には地下へと下りる大舎卿だいしゃきょうの姿があった。
 『有給休暇の消化』という名目で通常勤務を離れ、本部ここに来るのも数ヶ月ぶりだ。お陰で事務所に居た若いキーダーの二人に、声を上げて驚かれてしまった。

 本部の地下牢は幾つかのエリアに分かれていて、大舎卿はその一番底へ下りる。
 扉を立ち塞ぐ護兵ごへいの男もまた、英雄の登場に目を丸めながら敬礼した。

「お久しぶりです。今日はどうされました?」

 男は慌ててポケットから取り出した電子メモを確認するが、その予定は確認できなかった。

「急ですまんな。上の許可は取ってある」
「分かりました」

 護兵は腕時計を一瞥いちべつし、道を開ける。
 大舎卿は胸に提げた許可証をかざしながらそのエリアへと踏み込んだ。

「生きておるか?」

 1つだけ明かりの漏れた鉄格子を覗くと、細長い六畳ほどの部屋の奥で浩一郎こういちろうが「やぁ」と椅子から立ちあがった。まるで自宅で家族を迎えるようなテンションに、大舎卿は『ふん』と鼻を鳴らす。

 アルガスに収監中の罪人の中で、最も刑期が長いのが三年前アルガス本部に襲撃を仕掛けた元キーダーでバスクの遠山浩一郎だ。
 あれから会うのは今日で二度目だが、相変わらず時間の経過など感じさせない態度で「待ってたよ」と笑顔を見せる。

 髪は少し伸びているが、声も意識もハッキリとしていた。ブンと鳴る蛍光灯の明かりの下に立つ浩一郎はやつれた様子もなく、むしろ肌艶が前より良くなった気がして、大舎卿はいぶかしげに目を細める。
 
「優雅な生活をしているようじゃの」
「そんなことないよ。暇が辛いんだ」
「ほぉ」
「昔の癖だよね、訓練なんて嫌だったのに体に染みついてる。じっとしてなんかいられないから、一人で勝手に動いてるよ」

 囚人服という特別なものはなく、浩一郎は灰色のТシャツにスウェットパンツというラフな格好をしている。相当動いているのか、上腕筋が前よりも増しているように見えた。  

「それで、何か用があるから来たんだろ? もう俺はこんな身だから、かんちゃんには全力で協力するよ?」
「あぁそうして貰うつもりだ。お前、松本が今どうしているか知らんか?」
「松本? あぁヒデか、あのお調子者ね。解放の時以来会ってないから、知らないよ?」

 元キーダーの松本秀信ひでしなは、アルガス解放の時に一度外した浩一郎の銀環ぎんかんを、上手い話術に乗せられて再び結んだ張本人だ。そのせいで力を持ったまま浩一郎は外へ出た。

「松本は解放時に留まったが、数年後にアルガスを出とる。損得しか考えていないような男が外で何をしているのかと思ってな」
「今更そんなこと聞くなんて、上で何かあったな」

 ほくそ笑む浩一郎に、大舎卿は「色々な」で済ます。この部屋には監視カメラも多く、なるべく細かい話はしたくなかった。
 トールになった松本が外で何をしようと勝手だが、最近のホルスの動向や今回のやよいの件で、ふと胸騒ぎを覚えたのだ。

「アルガスに居ると、外が良く見えぬ事も多い。お前ならと思ったんじゃがの」
「頼りにして貰えるなんて嬉しいね。情報提供してやれないのは心苦しいよ。ただ客観的に言わせてもらえば、トールのヒデに価値はないけど、もし俺みたいに何らかの事情で今も能力が使えるとしたら、あの力を欲しいって奴は幾らでもいるだろうね」
「……あの力か」

 一度だけ目にした事のあるその光をまぶたの裏に蘇らせて、大舎卿は深い溜息をついた。それを見た浩一郎が、勝ち誇ったように胸を張る。

「そういえば勘ちゃん、メガネの少年は元気かい?」
「何だ、綾斗の事を言っておるのか?」
「あぁそう、そんな名前だったね。彼、あれから大分強くなったんじゃない?」
「──何が言いたい?」

 意味深な言い回しに大舎卿は苛立つ。
 浩一郎は「気付いてないの?」とにんまり笑んで、嬉しそうにその事実を突き付けたのだ。

「彼はヒデと同じバーサーカーだよ」
「まさか」

 大舎卿は耳を疑った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

【完結】孤独な少年の心を癒した神社のあやかし達

フェア
キャラ文芸
小学校でいじめに遭って不登校になったショウが、中学入学後に両親が交通事故に遭ったことをきっかけに山奥の神社に預けられる。心優しい神主のタカヒロと奇妙奇天烈な妖怪達との交流で少しずつ心の傷を癒やしていく、ハートフルな物語。 *丁寧に描きすぎて、なかなか神社にたどり着いてないです。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

金蘭の契り

つゆり歩
キャラ文芸
舞台はとある田舎町にある楽器修理工房 そこでは、リペアマンという楽器を修理する職人たちが働いている。 主人公真日那の父は、「魔法の手を持つリペアマン」と呼ばれ崇拝されていた。 昔は多くのリペアマンが働いていたが、現在は働く人も来る客も減っていき衰退していっていた。 そんな折、父は病気で亡くなってしまう。 父の腕で成り立っていたような工房だったので、畳むしかないと真日那は思っていた。 しかし、父の遺言書に「真日那に継いで欲しい」と書かれてしまっていた。 真日那は、継ぐ気はなかったのだが、困っている人を放っておけなくて、継ぐことを決意する。 知識も経験もないけど、楽器に触れると、その楽器から〝声〟が聞こえてくる「楽器の気持ちが分かるという力」を持っていた。それが、父の死んだ日の夜に宿った。 この不思議な力を活かしながら、色んな想いを抱えた人々と出会い触れ合っていくことで、真日那は楽器を始め様々なものに興味を持っていくようになる。 やがて、自分なりの夢を抱くようになっていく——— これは、音楽と楽器を通して人と人との繋がりをも修復していく絆の物語

雨乞い大名のあやかし奇譚~水路に眠る古き誓い~

ネコ
キャラ文芸
干ばつに悩む藩では、領主が毎年“雨乞いの儀式”を行うが、いっこうに効果が現れない。そこで都から呼ばれた学者見習いの青年・与四郎(よしろう)は、水路工事の実地調査を請け負ううち、藩の深部に潜む“あやかし”との古き誓いに気づく。藩内には雨を操る力を持つという伝承があり、水神を祀る祠が特別視されてきた。しかしここ数年、神の声が聞こえなくなって久しいのだという。領主は半ば迷信を見下しつつも、最後の望みを与四郎に託す。実際に水路を巡ると、不自然な崩落や水流の歪みが見られ、そこにはあやかしの警告とも思える兆候があった。雨が降らぬ理由と、水神への誓いが破られた経緯とは何か。歴史の闇と誓いの行方を追い、与四郎の信念が試される。

完結『相思相愛ADと目指せミリオネラ突如出演の激闘20日間!ウクライナ、ソマリア、メキシコ、LA大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第3弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第3弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第3弾! 今度こそは「ハッピーエンド」!? はい、「ハッピーエンド」です(※あー、言いきっちゃった(笑)!)! もちろん、稀世・三郎夫婦に直とまりあ。もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作も主人公も「夏子」! 今回の敵は「ウクライナのロシア軍」、「ソマリアの海賊」、「メキシカン・マフィア」と難敵ぞろい。 アメリカの人気テレビ番組「目指せ!ミリオネラ!」にチャレンジすることになってしまった夏子と陽菜は稀世・直・舩阪・羽藤たちの協力を得て次々と「難題」にチャレンジ! 「ウクライナ」では「傭兵」としてロシア軍の情報・指令車の鹵獲に挑戦。 「ソマリア」では「海賊退治」に加えて「クロマグロ」を求めてはえ縄漁へ。 「メキシコ・トルカ」ではマフィア相手に誘拐された人たちの解放する「ネゴシエーター」をすることに。 もちろん最後はドンパチ! 夏子の今度の「恋」の相手は、なぜか夏子に一目ぼれしたサウジアラビア生まれのイケメンアメリカ人アシスタントディレクター! シリーズ完結作として、「ハッピーエンド」なんでよろしくお願いしまーす! (⋈◍>◡<◍)。✧♡

黒狼夫婦の事情(1/12更新)

狂言巡
キャラ文芸
 三人の夫と一人の妻の、うっすら不穏な日常短編集。  夫でも妻でも、面倒な手続きを乗りければ複数人で婚姻してもオッケー! という法律が浸透した世界が舞台です。

処理中です...