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Episode4 京子

【番外編】21 綾斗と僕の事

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 僕は大きくなったらキーダーになる事を当たり前だと思っていた。
 だから学校で将来の夢を聞かれると「キーダー」だと答えていたし、嫌だなんて思ったことはない。
 そんな僕が三人に出会ったのは、春だというのにやたら暑い日だった。

空閑久志くがひさしです、宜しくお願いします」

 能力を持って生まれてくるのはまれだというのに、僕より一つ年上のキーダーは三人もいた。
 アルガスの本部に入った当日に彼等との顔合わせがあって、無駄に綺麗な顔をしたやよいが、開口一番に失礼なことを言い放ったのだ。

「変な髪型」

 悪気はなかったんだと思うし、そんなのは聞き慣れているから何ともない。ただ、そっちがそう言うなら、こちらも遠慮なんかいらないと思った。

「おいやめろよ、ビビってんだろ?」
「別にビビってませんけど?」
「言うねぇ。たくましい男じゃない?」
「やめろ」

 珍しい動物でも見るような好奇心たっぷりのやよいに、男たちは呆れ気味だ。
 僕を含めた4人の関係は最初からこんな感じで、いつも騒がしいマサとやよいに、大人しい佳祐けいすけが短くたしなめて来る。
 僕はいつも毒を吐いてばかりなのに、三人はそれを笑って許してくれた。

 団体行動が苦手な僕は最初なかなか三人に馴染めず、藤田のおっさんが居る技術部に入り浸っていた。それはそれで楽しくて自分の居場所を確保した気になっていたのに、三人はしょっちゅう僕の所へ来て外へ連れ出そうとした。

「アンタ私より強いのに、何で機械ばっかいじってるのさ」
「好きだからだよ。文句ある?」

 僕にとってのトレーナーはこの三人で、僕らはいつも一緒に訓練をしていた。
 僕は佳祐とは五分五分だったけれど、やよいやマサに負けることはなかった。

「文句は言わないけど。視野を広げると世界が変わるよ? どんな仕事をするのもさ、色々吸収するに越したことはないんだよ」
「そんなうまい話があるのかな……」

 そう言って渋々付いて行ったけれど、やよいの言葉は今も僕の中に響いている。
 三人が見せてくれた外の世界は僕の知らない事ばかりで、僕は少しずつ三人の中に溶け込んでいったんだ。

 けど『同期四人組』なんて言われることに不満はないものの、僕にとって歳が一つ違うという事実は大きかった。
 力不足を歳のせいになんかしたくなかったし、年下だからと甘やかされたくもなかった。
 三人の事は好きだし、この関係を壊そうとは思わない。居心地の良い場所──けれど、何か物足りなさを感じていたのも事実だ。

「そうだ後輩! 僕にも後輩が欲しいよ。手取り足取り色々教えてやるんだ」
「アンタが面倒見のいい奴だなんて知らなかったけど? 残念ながら、次に入る後輩は6年後だよ」

 どうやら僕たちが生まれた年に、能力の神様は集中して仕事をしたらしい。
 僕はその後広島へ異動になって、本部には京子ちゃんと朱羽あげはちゃんが入った。僕に直属の後輩ができたのは北陸支部へ異動した後の事だ。

「木崎綾斗あやとです、宜しくお願いします」

 新人が本部以外に配属になるのは異例だけれど、僕は嬉しくてたまらなかった。
 綾斗は制服をきっちりと着て、まだ中学生のあどけない表情で僕を見つめていたんだ。

「なんだい綾斗、久志の髪が気になるのかい?」

 あっははと笑うやよい。同意するのは失礼だと思ったのか、綾斗は「いえ」と黙る。
 あの時の綾斗は、初めて僕がアルガスに来た時と似ていた気がする。
 僕は最初同期組三人のテンションに溶け込めなかったけれど、本部希望だった綾斗も支部の空気になかなか慣れてはくれなかった。

「綾斗はたまにこの世の終わりみたいな顔するよね。島流しにでもされたと思ってるのかね」
「実際そんな感じだしね」
「……嫌なのかもしれないけどさ、ここを離れる時には楽しかったって言って貰いたいよ」

 勉強もできて、やよいの作った地獄の訓練マニュアルもそつなくこなす実力派なのに、綾斗はいつもっ気ない顔をして毎日を淡々と過ごしている。僕はどうにかして親交を深めたいと思って、その機会を狙っていた。

 そんなある日、やよいがイラついて僕の所にやって来た。
 面倒だと思って逃げ出そうとした僕は、力づくで引き留められる。パワハラだ。

「ちょっと久志、綾斗ったらまた別の女子連れて歩いてたよ? 真面目だと思ってたのに、とんだタラシだわ」
「へぇ、やるじゃん。人は見掛けによらないもんだね」
「褒めてどうすんのよ。ああいうのは良くないよ」

 外で見掛ける度に別の女子と歩いているのが、やよいには気に入らないらしい。

「別にキーダーとしてやることやってるんだし、僕らが介入する事じゃなくない? 銀環ぎんかんしてると女子が寄って来るんだよ。そのくらい僕だって自覚してるつもりだからね?」
「はぁ? 綾斗はともかくアンタが何でそんなことわかるんだよ」
「僕だって昔はモテモテだったんだよ」

 まだこの髪型にする前、中学の頃に一度だけバレンタインに本命のチョコレートを三つ同時に貰ったことがある。あれが面倒で、僕はこの髪にしてる。だから『ちょっと変わってる』ってのは、僕にとっての褒め言葉だ。

「嘘つくんじゃないよ。銀環なんて、男避おとこよけにしかならないだろ」
「それはやよいが恐いからだろ?」
「はぁ? アンタだってアイツと遊びたいって言ってたじゃないか。女子とのお遊びが忙しくて、このままじゃアンタなんか相手して貰えないよ?」
「それは困るよ!」
「だろ? だから私がガツンと言ってやる。色んな女子と遊ぶのは勝手だけど、相手が本気なら申し訳ないって思えるようにならなきゃ」

 このテンションのやよいに叱られたら、僕は立ち直れないかもしれない。けれど僕にはやよいの立ちのぼった熱を冷ますことはできなかった。
 だから、こっぴどく叱られた綾斗を夜の温泉に誘ったんだ。

 綾斗は思ったより平然としていたけど、やよいの言葉は身に染みているようだった。
 露天風呂から望む七尾湾に浮かぶ月を見上げて、僕らは裸で語り合った。

「ねぇ綾斗、そんなに女の子が好き?」
「……別に、そんなに」
「じゃあ何で一緒に居るんだよ」
「好きだって言われて断ると、相手が辛い顔するんですよ。最初の頃は申し訳ないと思ってたけど、だんだん「またか」って気持ちになって。だから、友達ならって答える事にしたんです。誰とも付き合ってるわけじゃないんですよ」
「それで何人も囲ってんの? うわ、悪い男」
「その言い方辞めて下さい。けど、やよいさんにも言われました。無駄な期待なんかさせるなって。好きな人ができたらちゃんと想いを伝えろって言うけど、そんなこと考える余裕もなくて」
「本気じゃない女子と遊んだって楽しくないだろ? 相手だけ喜んだって、火種にしかならないよ。だからさ、これからは僕と遊ぼう?」
「久志さんと……?」
「そうだよ。視野を広げると世界が変わる。大人の遊びを教えてあげるから」

 僕がそうしてもらったように、良い事も悪い事も、今度は僕が綾斗に外の世界を教えてあげたい。
 そう言って僕は、綾斗の手をがっちりと掴んだ。



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