上 下
382 / 618
Episode4 京子

97 黒歴史

しおりを挟む
 キーダーは15歳になったら親元を離れ、本部で訓練をしながら高校に通う。
 生まれてすぐに銀環ぎんかんを結ばれて、京子も小さい頃からそういうものだと理解していたし、実際に中学の卒業と同時に福島から上京している。
 けれど同じように最初からキーダーだった綾斗あやとは、その歳を待たずに北陸支部へ行ったのだ。

「訓練施設に行く事になったから」
「うん、そういう事だよ。そのせいでアイツはピアノも辞めちゃって、ちょっと荒れたんだ」

 綾斗がピアノを弾かなくなった理由に、京子は「そうだったんですか」と音のする方を見上げた。

 綾斗に初めて会ったのは、彼が高三の秋だ。ようやく本部への異動が決まって、その数日後にヘリでやってきた。あの時の綾斗は今とそう変わらない感じで、思い返しても荒れた過去など匂わせるものは何もなかった気がする。

 彼が北陸支部へ入るきっかけは、中学の修学旅行で誘拐された事だと本人が言っていた。アルガスへ入る以前から力を覚醒させていた彼は、拘束を逃れようと咄嗟とっさに力を使ったらしい。
 けれど『着任アルガスに入る前に能力を使って人を攻撃すること』と『仲間を殺さない事』はキーダーにとって絶対に守らねばならない二大鉄則だ。
 結果、綾斗には北陸の訓練施設に入るというペナルティが課された。

 本人からそれを聞くまで、京子は事件の詳細を知らなかった。『何かあったのかな』と疑問に思う程度だったが、綾斗にとっては屈辱的な過去だったようだ。

「荒れたって、実際どんな感じだったんですか? 不良になったとか?」
「反抗期の酷いやつかな? 偉そうで、やかましくて、人を寄せ付けない空気放ってる癖に女子の事もてあそんだりさ」
「ええっ?」
「ほら、キーダーってモテるんでしょ? 来るもの拒まずだったみたいだよ」
「想像つかない……」

 聞き捨てならない事実を知って、京子は動揺する。
 確かにキーダーがモテると綾斗は言っていたが、まさかそれに乗じて女遊びをしているなんて考えもしていなかった。
 モヤモヤと沸き上がる妄想がエスカレートして、女子をはべらせる彼を想像してしまい、胃がキリと痛む。
 そんな胸の内がはっきりと顔に出て、渚央なおが「あはは」と笑った。

「まぁ、アイツは黒歴史を一生後悔すると良いよ。流石に訓練先の先輩から怒られて辞めたみたいだけど。自暴自棄になったからって、慣れないことするなよって話。その先輩には俺も感謝してるよ。けど今回の帰省って、北陸のキーダーの葬儀だったんだろ?」
「……はい」
「落ち込んでると思うけど、アイツはそういうの顔に出さないからさ。京子ちゃんが側に居てくれて良かったよ」
「そんな……私の方こそ、綾斗が居てくれたから取り乱さずに済んだって言うか」
「なら良かった。実は結構両想いなの?」
「私と綾斗は……先輩と後輩です」

 全然酔っぱらっていなかった少量の酒が回って来たのか、長湯にのぼせてしまったのか、カッと熱くなった顔のまま事実を告げた。

「二人の問題に首突っ込む気はないけど。何とも思ってない先輩を実家になんて泊めないでしょ?」
「どうなんでしょう……」

 もちろん綾斗の気持ちは分かっているけれど、京子自身は何とも思っていない後輩を実家に泊めた事があるのも事実だ。

「アイツは帰省した時も、ピアノに触れることはなかった。こうして弾けるようになったのは、京子ちゃんのお陰だと思う。ありがとね」

 ニコと笑んで、渚央はピアノのある部屋を告げると台所の方へ消えて行った。
 京子は風呂の荷物を抱えたまま、音に引き寄せられるように階段を上がる。

 大きくなっていくピアノの音は、京子が部屋の扉に手を掛けた途端プツリと止んだ。
 気付かれてる──?
 急な無音にピクリと肩を震わせると、扉は向こうから先に開かれる。

「気配乱れすぎ。そんなんじゃ、すぐに見つかっちゃいますよ」
「……だって」

 苦笑する綾斗の後ろに、真っ黒なグランドピアノがあった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...