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Episode4 京子

91 初めての気持ち

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 告別式後、黒いタイを外した京子と綾斗あやとは金沢にもう一泊し、翌朝ホテルを出た。この二日間に戦闘が起きたらと警戒していたが、結局は何もなくやよいを送ることが出来た。
 当初の予定ではそのまま帰る予定だったが、彰人あきひとが気分転換でもと言ってくれたらしく、綾斗が一泊の延長を提案してきて、京子もそれに甘えた次第だ。

「それで何処どこに行くつもり? そろそろ教えてくれてもいいでしょ?」
「何処だと思いますか?」
「んん……?」

 駅で借りたレンタカーの助手席で、京子は見慣れぬ風景を眺めながらハンドルを握る綾斗に首を傾げた。
 昨日夕食をとった時も寝る時も、綾斗は『内緒』と言って今日の行き先を教えてはくれなかった。
 土地勘のない京子には看板に書いてある地名もさっぱり分からなかったが、運転席側の窓の奥に海を見つけて「あっ」と声を上げる。

「西に向かってる? ってことはもしかして福井に行くつもり?」
「正解! 急だったんで、ホテル取るよりウチの実家に泊まるのが良いかなと思って」
「本気?」
「嫌ですか? 前に京子さん家にも泊めて貰ったし、平気かなと思ったんですけど」

 綾斗の提案に、京子は真顔でぐっと息を飲み込んだ。
 彼を実家に連れて行った時は後輩を泊める事以外に他意はなかったが、反対の立場になった途端、緊張が数十倍に跳ね上がってしまう。

「嫌じゃないよ? けどドキドキしちゃうって言うか……もしかして、私が反対すると思って今まで教えてくれなかったの?」
「まぁ、そういう事です。俺んじゃ落ち着かないっていうならホテル探しますよ?」
「ううん、大丈夫──綾斗の家にお世話になるよ」

 急にかしこまって、京子は頭を下げた。
 彼の提案を断ってまでホテルに行きたいかと言われればそうじゃない。けれど急に息苦しくなって、横にある窓を少しだけ下げる。緊張を逃がすように、シートへ背を預けた。

「そんなに硬くならなくて良いですよ。気分転換になればと思ったのに、そんなにガチガチじゃ本末転倒です。まぁ福井じもとだと俺が案内できるからって理由もあったんですけどね」
「分かった。綾斗に任せる」

 晴れのドライブは気持ち良かった。
 昨日までの事が嘘のように、穏やかな春の風景が広がっている。
 京子はふわあっと込み上げた欠伸あくびをこぼした。

「あんまり寝れませんでしたか?」
「何度か目が覚めちゃって。けど、これくらい平気」
「着いたら起こすんで、寝てて構いませんよ?」

 優しい言葉をくれる綾斗に強がってみたが、実際はあまり眠れていなかった。
 ここ数日、色々考え過ぎているせいで寝不足気味だ。それはやよいの事だったり、キーダーの事だったり、綾斗の事も少しだけ理由に入っている。
 ふと隣のベッドに彼が居る事が気になってしまった。意識しすぎだと自分に言い聞かせてみたが、うまく割り切ることが出来ない。

「私、綾斗の事……」
「どうしました?」
「ううん、何でもないよ。寝ちゃったら起こして」

 綾斗への返事と、自分の気持ちを誤魔化すように目を閉じる。
 車は絶賛建設中の北陸新幹線の沿線を西へ向けて移動した。

 途中休憩を挟みながら二時間程走ったところで、綾斗が海側へとハンドルを切る。

「まだ早いんで、少し寄り道します」

 県境を過ぎてすぐの事だ。
 彼の行こうとしている場所が京子にはすぐに分かった。港のある街の至る所に、その案内が出ていたからだ。

 細い坂を上って古いタワーの麓に車を停めると、観光客の多い通りを真っすぐに歩いていく。

「前に綾斗が案内してくれるって言ったよね。覚えてるよ」
「なら良かった」

 とはいえ数ヶ月前の事だ。
 アルガスの裏通りにある喫茶店・恋歌れんかのマスターが描いた絵と同じ風景がそこにある。

 足元を見ればサスペンスドラマさながらの断崖絶壁に足がすくむが、正面にはどこまでも続く青い海が広がっている。風景に吸い込まれそうになる身体を手前の柵に繋ぎ止めて、海風をいっぱいに吸い込んだ。

「気持ちいい」
「下行ってみます? 遊覧船も出てますよ」

 ここまでは安全地帯だ。けれど綾斗はその先へと京子を誘う。
 先端までダイレクトな岩肌が続いていて、足元がおぼつかない。
 数歩進んで京子は足をピタリと止めた。

「大丈夫なの? これ」
「自分から飛び込まなければ問題ないですよ」
「そうかなぁ」

 周りの観光客も半分は安全地帯に留まっているが、先へ行くチャレンジャーの中には小さな子供の姿もあった。

「福井って言ったら、まずは東尋坊とうじんぼうですからね。何なら永平寺えいへいじで修行体験もできますよ?」
「それは、ちょっと遠慮しとく」
「じゃあ、掴まって。落ちそうになったら俺が受け止めますから」

 さり気なく差し出された手を、京子は迷いなく「うん」と握った。
 いつも立ち止まった時にくれる綾斗の手に、どれだけ助けられただろうか。

 キーダーとして戦う事が命を落とすかもしれないという事は、分かっていたつもりだ。
 自分もそんな死を迎えるかもしれない──けれど今回の事があって、自分以外の仲間が突然いなくなる事の辛さを味わった。
 またこんなことが起きるかもしれないと考えた時、真っ先に死なないで欲しいと思った相手は綾斗だった。

 彼を初めて好きだと思った。
 けれど想いのまま伝えようとした言葉は、口から出てはくれなかった。




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