上 下
373 / 510
Episode4 京子

88 同期組の男子

しおりを挟む
佳祐けいすけ

 入口で声がして、久志ひさしが足音を鳴らしながら佳祐に詰め寄った。
 今日最初に会った時の憔悴しょうすいした様子とは違い、怒りをはらんだ目が真っ赤に染まっている。そんな彼の様子に、部屋の外に居た綾斗あやとも慌てて飛び込んで来た。

 久志は乱れた黒タイを片手で解き、扇ぐように佳祐を睨みつける。

「久しぶりだってのに、僕やマサには挨拶もなし?」
「さっきは話す暇もなかっただろうが」

 返事する佳祐も、何処か好戦的だ。
 京子はそんな二人を交互に見つめ、そっと綾斗の側へ移動した。

「佳祐は一昨日の夜、どこで何してたんだよ」

 やよいが居なくなった夜の事を、久志はストレートに尋ねる。

「俺を疑ってんのか?」

 佳祐は太い眉をねじり上げる。
 久志の言葉は、疑うというよりも彼が犯人だと決めつけているようだった。導火線に火でもつけたように、久志はヒートアップしていく。

「疑ってるよ。けど、疑いたくないんだ。だから、僕のこのモヤモヤした気持ちを晴らしてくれない?」
「俺じゃねぇよ。そういうお前だってシロだとは言い切れないんじゃねぇのか?」
「僕を疑うの?」
「やよいの死因が能力死だってんなら、数百キロ離れた俺より、一番近くに居たお前を疑うのが普通じゃねぇのか?」
「お前ら、やめろ!」

 険悪な空気を嗅ぎ取ったマサが駆け込んできて、二人の腕を掴んだ。
 マサがいなかったら、このまま取っ組み合いになりかねない状況だった。

「やよいの前だぞ? 今はそんな言い合いしてる時じゃないだろ!」

 普段見せないような形相で短く怒鳴って、マサが京子たちを肩越しに振り返る。

「お前らは外に出てろ。俺たちの問題だ」
「はい……」

 押し黙る久志と佳祐に頭を下げて、京子は綾斗と部屋を出た。
 やよいの遺影と棺を前に同期組の三人が険しい顔で話しているが、その内容を聞き取ることはできなかった。

 ロビーに出た京子は窓寄りの椅子に腰を下ろし、深い溜息を吐き出す。周りにはポツリポツリと参列者や護兵ごへいの姿があった。

 いつも仲が良く見える三人の争いを前に、何もすることができなかった。

「こんなの嫌だよ。久志さんは本当に佳祐さんを疑ってるのかな」
「冗談であんなことを言う人じゃないから、何か気になる事があるのかもしれませんね。けど、それが事実だと確定したわけじゃない。俺たちも協力して真相を突き止めなければですね」
「うん、そうだよね」

 真実が宙に浮いたままだと、良くない考察ばかりが頭を支配してしまう。
 今回の件は謎だらけで、久志と佳祐がお互いを疑ってしまうのも無理がないように思えた。

 ここに来て仕入れた情報でただ一つだけ分かっているのは、やよいが敵である相手と接触することを初めから分かっていたという事だ。
 当日、彼女は非番にも関わらず当直だと家族に話していたらしい。
 だから、最初から夜に帰るつもりはなかったようだ。

「やよいさんは、どうして──」

 頭を殴り付けられたような不安にさいなまれて、京子は重くなる額を両手で押さえた。


   ☆
 金沢に着いた最初の夜、綾斗は京子がシャワーへ行ったタイミングを見計らって彰人あきひとへ電話を掛けた。今日から本部の留守を頼んでいる彼への定期報告だ。
 部屋が狭く、シャワーの音をもどかしく感じながら今日の事を一通り話す。

『そっか、お疲れ様。こっちは不気味なくらい平和だよ。京子ちゃんはどう?』
「あまり元気はないですね」
『まぁ仕方ないよね。僕も結構ショックだったし。綾斗くんもやよいさんと仲良いもんね』
「……ですね」

 平常心を装っていたつもりだが、先に弱音を吐かれてしまうと強がる理由も消えてしまう。

『二人が無事ならそれで良いから。僕もこの数日は空いてるし、帰りに一泊くらいなら気分転換して来ても構わないよ?』
「えっ、けど今はそんな時じゃ……」
『すぐにどうのって話ではないよ』

 留守を頼んでいる立場で申し訳ないと思うけれど、少し休みたいのも本音だ。
 彰人の計らいに甘えてしまいたくなるが、京子は同意してくれるだろうか。

『いいよ、ゆっくりしてきて。ところでさ、君は誰が犯人だと思う?』

 彰人の穏やかな口調が少しだけ鋭く尖って、綾斗は息を呑んだ。
 さっき見たばかりの光景が頭に浮かんで、佳祐を疑ってしまう。けれど敢えて口にはしなかった。

「俺の知っている人なんですか?」
『分からないよ。可能性があるって事。だから、京子ちゃんの側に居てあげて』

 久志と同じことを言われた。
 やはり監察もそう見ているのだろうか。

「分かりました」

 綾斗はスマホをきつく握り締めた。




しおりを挟む

処理中です...