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Episode4 京子

82 我慢なんて

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「何かあんまり話できなかったけど、気を付けて行ってきて。私の分も頼むわよ」
「うん、ありがとね」

 夕方、朱羽あげはがアルガスを後にした。
 帰り際、彼女が「こっちに戻ろうかしら」とボヤいたのは、マサに言われた言葉のせいだ。けれど勢いでする事じゃないとなだめて、そこで別れた。

「ショックなんだろうな。私は、どっちでもいいんだけど」

 彼女の背が見えなくなった所で京子が呟く。
 綾斗は「そうですね」と微笑むが、お互いに気分は底に沈んだままだ。
 少し前に雨が止んで、赤く焼けた空にコージのヘリが轟音を立てて飛び上がった。北陸への先発隊──マサと長官だ。

 同期四人組の紅一点であるやよいを失って、他の三人は今どんな思いで居るのか。お互いに文句を言い合っている時もあったが、はたから見ても四人は嫉妬してしまう程に仲が良かった。

 明日の準備を済ませて夕食をとった後、京子と綾斗は不安を紛らわすように仕事をした。
 普段やらないような書類にまで手を付けて、ようやくデスクルームを出たのは夜の10時を過ぎた時だ。

 明日の出発を考えて、京子もアルガスに泊まることにした。一度自室へ戻るという綾斗と部屋へ向かう。
 
「綾斗が居てくれて良かった。一人じゃちょっと耐えられなかったかも」
「俺もですよ。まだ、信じられませんから」

 悪い事ばかり考えてしまうからと我武者羅がむしゃらに仕事したが、結局頭の中はやよいの事ばかりだった。
 相手はホルスなのか、ただのバスクか。それともキーダーなのか。
 各支部に居るキーダーを一人一人頭に浮かべて、自己嫌悪におちいる始末だ。

「建物も何もない場所で空間隔離を使ったって事は、久志ひさしさんに気付かれたくなかったって事だよね? そんなにやよいさんが憎かったのかな」

 空間隔離は建物や一般人に被害を与えない為のものだが、その必要もない場所とあれば、戦闘の気配を漏らさないという理由で使ったのだろう。

「やよいさんだからなのか、キーダーだから殺されたのか……それって私たちも狙われるかもしれないって事?」
「マサさんが言うように、警戒はすべきだと思いますよ?」
 
 初めて人間を相手に本気で戦ったのは、彰人あきひとと浩一郎がアルガスを襲った時だ。
 味方だと思っていた相手が敵になる瞬間の恐怖は計り知れない。『もし』が現実になってしまったら、誰と戦う事になってしまうのだろうか。

 キーダーはキーダーをあやめると粛清対象になってしまうが、直接手を下すのもまたキーダーだと言われている。
 今まではそんな話題が出ても『あり得ない』と笑っていた。なのに──

「どうしてこんなことになってるの?」

 キーダーの中でもやよいは強い方だ。彼女を殺めるような相手と戦って無事で済むとは思えない。

「明日は早いんでゆっくり寝て下さいね」

 部屋の前に着いた途端、急に足がすくんでしまった。
 敵が見えない恐怖とやよいの死を少しずつ受け入れ始めた頭が、彼女との過去を回帰させる。

「綾斗……」

 一人になるのが怖かった。
 彼に行って欲しくなかった。まだ側に居て欲しかった。けれど、返事をしていない後ろめたさがそれ以上の言葉を遮ってしまう。
 込み上げる衝動を必死で堪えようとするが、先に涙が零れた。

「我慢なんてしなくていいから」 

 引き寄せられた彼の肩に顔を埋める。
 綾斗もまた泣いていた。




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