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Episode4 京子
81 敵はバスクかキーダーか
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やよいの死をメールで報告してから30分と経たぬ間に、朱羽がタクシーを飛ばしてアルガスにやって来た。
ダン、とデスクルームの扉が開いて、重々しい空気が震える。
「京子、さっきのメール本当なの?」
「本当だってマサさんが言うんだもん。今、上官たちと話してるよ」
「居なくなっただけで、何でそんな事になるのよ……」
西から移動してきた雨が、激しく窓を打ちつけている。
流石の朱羽もマサがどうのと騒いでいる状況ではなく、荷物のある彼の机を横目に京子へ詰め寄った。
間もなくマサが部屋へ戻り、「来たのか」と朱羽に目を細める。しかしそのまま手元の書類へ顔を落とし、淡々と話を始めた。
「とりあえず決まったことを言わせてくれ。通夜は明日、京子と綾斗は朝一で新幹線な。俺は今日のうちに長官と向こうへ行く」
「私たちも今日じゃダメ?」
「駄目だ。明日って言ったろ? 向こうにも準備があんだよ」
できるなら今すぐにでも飛んでいきたい気分だ。やよいの死がまだ信じられなかった。
「キーダーの葬儀は支部でやることもあるそうだが、ご家族の意向で民間の斎場を使うらしい。制服での参列は是非と言って下さったそうだから、黒タイ持って行けよ?」
人の死というのはいつも突然だけれど、知らされた途端に通夜だ葬式だと言われても頭が追い付いてくれない。
ご家族と聞いて、前に会った事のあるやよいの家族の笑顔が浮かんだ。彼女にはまだ小さい娘がいて、いたたまれない気持ちになってしまう。
「黒タイなんて初めてだ」
キーダーの制服は緑のアスコットタイだが、葬送には黒いタイを結ぶ。最初に支給されたままロッカーの奥に眠っている。
マサは「お前等は」と修司たちを振り向いた。
「二人は暫く本部待機な? 修司は美弦についててやれ」
「……分かりました」
「一応大事とって、明日から彰人に来て貰う事になったから」
「それは、心強いです」
つい数年前までは本部のキーダーが大舎卿と京子だけで、中を空ける事も多かった。けれど、あの頃は今よりも平和だった気がする。ホルスもまだ実態がつかめず、バスクの動きも単発的だった。
彰人が来てくれるのは有難いが、そこまで考えなければならない状況なのだろうか。
「待機なら私がここに来ても構いませんよ?」
そう名乗り出たのは朱羽だ。けれど、マサはそれを認めなかった。
「ありがとな、朱羽。けどこれは決まった事だ。いいか、外に居るお前を当てにはできねぇんだよ。こっちで働きたかったら戻って来い」
「…………」
朱羽には厳しい言葉だ。朱羽は何も言い返すことが出来ず、「すみません」と顔を落としたまま黙ってしまう。
殺伐とした空気に息を呑んで、京子が気になる質問を投げた。
「彰人くんを呼ぶって警戒しすぎじゃない? もしかして相手はホルスなの?」
最初の報せから少し時間が経ったせいで、京子の中で何通りもの仮説がグルグルと渦を巻いていた。
「ホルスかどうかは分からねぇが、やよいの死因は能力死だ。久志の話じゃ空間隔離の跡が広範囲で残っていたらしい」
「空間隔離?」
そこにいた全員がその言葉に声を上げる。
病死ではないだろうと聞いて相手が能力者だというのはある程度予想できたが、空間隔離は想像もしないワードだった。
能力者が使う技の中でも、それは特殊能力の部類だ。
「誰がそんな……」
「分かんねぇよ。敵がバスクなのかキーダーなのかもな」
「キーダーも疑ってるの? 仲間だよ? 広範囲の空間隔離ができるキーダーなんて聞いたことないよ」
キーダーの中に敵と通じてる人が居るかもしれない、ホルスとの戦いがいずれ起きるだろうと彰人と話したのは、ついこの間の事だ。
もしもに備えて頭には入れておいたが、実際に知っている誰かがやよいを殺めたなど想像もしたくなかった。
「お前の希望でものを考えるな。こっちに都合の悪い事でも、一パーセントでも可能性があったら拾わなきゃならねぇんだよ。お前らにだっていつ何が起きるか分からねぇんだから覚悟しとけよ?」
「キーダーの誰かが、っていう可能性はあるんですね?」
「あぁ」
興奮する京子の横で、綾斗が踏み込んだ疑問を投げかけた。
「もしそうなら、相手は粛清対象って事になりますよね?」
「そういうことだよ」
マサの表情も声も、圧を掛けたように重苦しい。
「あっ」とその事を思い出した美弦と顔を見合わせて、京子は唇を噛んだ。
アルガス解放後のキーダーには、昔のような制約は殆どない。
けれど一つだけ、絶対に犯してはならないことが仲間殺しだ。
キーダーを殺める事が最も重い罪で、もしそれをした場合、本人は粛清対象──つまり有無を言わさず処刑される。
「今回の事、爺は知ってるの?」
有給休暇を消化中の大舎卿だが、これはアルガスの一大事だ。
マサは少し考えるように全員を見渡して、その答えをくれた。
「あぁ、爺さんはもうこの件について動いてる。あの人はサードなんだよ」
アルガスの未来を担うサードがもう一人。彼がそうだとは噂にも聞いたことがなかった。
アルガスに今何が起きようとしているのか。
やよいを殺した犯人がせめてバスクでありますようにと祈りながら、京子は震える手を握り締めた。
ダン、とデスクルームの扉が開いて、重々しい空気が震える。
「京子、さっきのメール本当なの?」
「本当だってマサさんが言うんだもん。今、上官たちと話してるよ」
「居なくなっただけで、何でそんな事になるのよ……」
西から移動してきた雨が、激しく窓を打ちつけている。
流石の朱羽もマサがどうのと騒いでいる状況ではなく、荷物のある彼の机を横目に京子へ詰め寄った。
間もなくマサが部屋へ戻り、「来たのか」と朱羽に目を細める。しかしそのまま手元の書類へ顔を落とし、淡々と話を始めた。
「とりあえず決まったことを言わせてくれ。通夜は明日、京子と綾斗は朝一で新幹線な。俺は今日のうちに長官と向こうへ行く」
「私たちも今日じゃダメ?」
「駄目だ。明日って言ったろ? 向こうにも準備があんだよ」
できるなら今すぐにでも飛んでいきたい気分だ。やよいの死がまだ信じられなかった。
「キーダーの葬儀は支部でやることもあるそうだが、ご家族の意向で民間の斎場を使うらしい。制服での参列は是非と言って下さったそうだから、黒タイ持って行けよ?」
人の死というのはいつも突然だけれど、知らされた途端に通夜だ葬式だと言われても頭が追い付いてくれない。
ご家族と聞いて、前に会った事のあるやよいの家族の笑顔が浮かんだ。彼女にはまだ小さい娘がいて、いたたまれない気持ちになってしまう。
「黒タイなんて初めてだ」
キーダーの制服は緑のアスコットタイだが、葬送には黒いタイを結ぶ。最初に支給されたままロッカーの奥に眠っている。
マサは「お前等は」と修司たちを振り向いた。
「二人は暫く本部待機な? 修司は美弦についててやれ」
「……分かりました」
「一応大事とって、明日から彰人に来て貰う事になったから」
「それは、心強いです」
つい数年前までは本部のキーダーが大舎卿と京子だけで、中を空ける事も多かった。けれど、あの頃は今よりも平和だった気がする。ホルスもまだ実態がつかめず、バスクの動きも単発的だった。
彰人が来てくれるのは有難いが、そこまで考えなければならない状況なのだろうか。
「待機なら私がここに来ても構いませんよ?」
そう名乗り出たのは朱羽だ。けれど、マサはそれを認めなかった。
「ありがとな、朱羽。けどこれは決まった事だ。いいか、外に居るお前を当てにはできねぇんだよ。こっちで働きたかったら戻って来い」
「…………」
朱羽には厳しい言葉だ。朱羽は何も言い返すことが出来ず、「すみません」と顔を落としたまま黙ってしまう。
殺伐とした空気に息を呑んで、京子が気になる質問を投げた。
「彰人くんを呼ぶって警戒しすぎじゃない? もしかして相手はホルスなの?」
最初の報せから少し時間が経ったせいで、京子の中で何通りもの仮説がグルグルと渦を巻いていた。
「ホルスかどうかは分からねぇが、やよいの死因は能力死だ。久志の話じゃ空間隔離の跡が広範囲で残っていたらしい」
「空間隔離?」
そこにいた全員がその言葉に声を上げる。
病死ではないだろうと聞いて相手が能力者だというのはある程度予想できたが、空間隔離は想像もしないワードだった。
能力者が使う技の中でも、それは特殊能力の部類だ。
「誰がそんな……」
「分かんねぇよ。敵がバスクなのかキーダーなのかもな」
「キーダーも疑ってるの? 仲間だよ? 広範囲の空間隔離ができるキーダーなんて聞いたことないよ」
キーダーの中に敵と通じてる人が居るかもしれない、ホルスとの戦いがいずれ起きるだろうと彰人と話したのは、ついこの間の事だ。
もしもに備えて頭には入れておいたが、実際に知っている誰かがやよいを殺めたなど想像もしたくなかった。
「お前の希望でものを考えるな。こっちに都合の悪い事でも、一パーセントでも可能性があったら拾わなきゃならねぇんだよ。お前らにだっていつ何が起きるか分からねぇんだから覚悟しとけよ?」
「キーダーの誰かが、っていう可能性はあるんですね?」
「あぁ」
興奮する京子の横で、綾斗が踏み込んだ疑問を投げかけた。
「もしそうなら、相手は粛清対象って事になりますよね?」
「そういうことだよ」
マサの表情も声も、圧を掛けたように重苦しい。
「あっ」とその事を思い出した美弦と顔を見合わせて、京子は唇を噛んだ。
アルガス解放後のキーダーには、昔のような制約は殆どない。
けれど一つだけ、絶対に犯してはならないことが仲間殺しだ。
キーダーを殺める事が最も重い罪で、もしそれをした場合、本人は粛清対象──つまり有無を言わさず処刑される。
「今回の事、爺は知ってるの?」
有給休暇を消化中の大舎卿だが、これはアルガスの一大事だ。
マサは少し考えるように全員を見渡して、その答えをくれた。
「あぁ、爺さんはもうこの件について動いてる。あの人はサードなんだよ」
アルガスの未来を担うサードがもう一人。彼がそうだとは噂にも聞いたことがなかった。
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