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Episode4 京子
73 電話
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アルガスの寄宿舎には大浴場があって、綾斗は風呂上がりの濡れた髪にタオルを被って部屋へ戻った。
片手に持っていたスマホが着信音を鳴らす。その絶妙なタイミングは、どこかで監視されているのかと疑ってしまう程だ。
こんな時いつも怪しいと思うのは棚の上に鎮座する久志に貰った金のだるまだが、何度調べても改造されたような形跡は見つからなかった。
「偶然か」
しかも電話の相手は久志ではなく、思いもよらぬ人物だ。
綾斗は眼鏡を外して滴り落ちる水滴に髪をぐしゃぐしゃと拭きながら「はい」と通話ボタンを押した。
『綾斗くん、今一人?』
「そうですけど。俺の事どっかで見てます?」
『え?』
「いや、何でもないです」
つい聞いてしまったが、すぐに取り消した。電話の相手は彰人だ。
彼は昨日地元での同窓会で京子と一緒だったらしい。それどころか平野の所へ行って泊って来たというが、彼に文句を言える立場でない事は重々承知しているし、申し訳なさそうにする京子にはむしろ嬉しいと思ってしまった。
「面白くはないけど」
つい本音を零すと、彰人が『どうしたの?』と反応する。綾斗は「いえ」とはぐらかした。
京子の初恋相手である彼に対しては、桃也へ向けていたジェラシーとはまた別の敗北感のようなものを感じる時がある。
『京子ちゃんと一緒に居るのかと思った』
「居た方が良かったですか?」
『ううん、一人で良かったよ。手紙は届いた?』
綾斗は机の上に置いたままの茶封筒を一瞥する。彼が京子へ持たせた、自分への手紙だ。
中に書いてあった言葉の意味が、綾斗には理解できなかった。
「はい。けど、あれってどういう──」
『そのままだよ。軽いジョーク……ではないかな。言葉選びが雑で申し訳ないけど、彼女迷ってるみたいだったからちょっと背中押してあげたんだ』
「そうなんですか?」
京子が仕事の書類だと言って持ってきたそれには細長い紙が一枚だけ入っていて、見覚えのある彰人の筆跡で『おみやげ』とだけ書いてあった。それが封書自体を指すのか、それ以外を指すのかは分からない。
『君を応援してるわけじゃないけどね。京子ちゃんの側に居てあげて欲しい』
「どういう意味ですか?」
綾斗はベッドに腰掛けて、宙を睨んだ。
『僕の想像と嗅覚で予想してるだけだけど、君は僕より強いんじゃないかって事と、君をこっち側の人間だと思って話すよ。だからもしもの時には彼女を守ってあげて』
「ちょ……何の話ですか?」
急に深刻な話になって、全身が殺気立つ。
今何が起きていて、彼は何をどこまで知っているのだろうか。
迂闊に自分から話すこともできず、綾斗は黙って握り締めたスマホを耳に押し当てた。
『京子ちゃん、変な奴に目付けられてるかも』
「変な奴──?」
『憶測で話をするのは好きじゃないけど、君だから話しておくよ? 京子ちゃんの気配の読み取りが甘いのはあの通りでしょ? 僕は彼女の側に居てあげられないからね』
「彰人さん!」
綾斗は立ち上がって頭のタオルを剥いだ。
強い声に彰人が『落ち着いて』と宥め、一呼吸おいてから昼間の話をする。
『東京駅で、誰かが挑発して来た。君ならその感覚は分かるでしょ?』
「はい」
気配を一瞬だけ強める事だ。垂れ流すように発するよりも相手に気付かれやすい。
『結構ハッキリ分かったつもりだけど、京子ちゃんは気付かなかったからね? 彼女の苦手を突いてターゲットを僕に絞ったとか言うんなら構わないけど、そうじゃないならちょっと危険だ』
「相手は?」
『分からないよ』
彼の中の答えは確定ではないらしい。
『京子ちゃんもキーダーだから大丈夫だとは思うけど。彼女は下手すると深追いする危険があるしね。君には伝えておこうと思って』
「そういえば前に京子さんが東京駅で知らない男と居たって聞いたことがあります」
『そうなの? どんな相手だった?』
「修司が偶然見たらしいんですけど、ホストみたいだったって言ってました」
『ホスト……か。ただのナンパなら良いけど』
「良くありません」
『まぁそうだね。うん……』
考え込むように唸る彰人。
詮索するのは良くない気がして本人には黙っていたが、今回とそれがどちらも東京駅なのは偶然なのだろうか。
『彼女、今日はそんな話してなかったけど。最近ね、ホルスのトップが代替わりしてるって噂がある。時期も、誰が誰になったのかも不明だけどね』
「ホルスが関係してるんですか?」
『可能性はゼロじゃないと思うよ。トップの交代だなんて、何かしらの動きがあるって事だろうし。ちょっと気になる事もあるから、色々調べておくよ』
「はい、彰人さんも気を付けて」
『お互いにね、じゃあまた』
通話が切れて、呆然とした。
そろそろ何かが起きそうな予感はしていたけれど、事は既に深刻だ。想像していたよりもずっと早く進行しているのかもしれない。
☆
月末、予告通りに京子は綾斗の誕生日を祝った。
何か進展があったわけではないが、いつもの居酒屋でいつものように過ごす穏やかな時間を幸せだと思えた。
アルガスにとって大きなその事件が起こる、一週間前の事だ。
片手に持っていたスマホが着信音を鳴らす。その絶妙なタイミングは、どこかで監視されているのかと疑ってしまう程だ。
こんな時いつも怪しいと思うのは棚の上に鎮座する久志に貰った金のだるまだが、何度調べても改造されたような形跡は見つからなかった。
「偶然か」
しかも電話の相手は久志ではなく、思いもよらぬ人物だ。
綾斗は眼鏡を外して滴り落ちる水滴に髪をぐしゃぐしゃと拭きながら「はい」と通話ボタンを押した。
『綾斗くん、今一人?』
「そうですけど。俺の事どっかで見てます?」
『え?』
「いや、何でもないです」
つい聞いてしまったが、すぐに取り消した。電話の相手は彰人だ。
彼は昨日地元での同窓会で京子と一緒だったらしい。それどころか平野の所へ行って泊って来たというが、彼に文句を言える立場でない事は重々承知しているし、申し訳なさそうにする京子にはむしろ嬉しいと思ってしまった。
「面白くはないけど」
つい本音を零すと、彰人が『どうしたの?』と反応する。綾斗は「いえ」とはぐらかした。
京子の初恋相手である彼に対しては、桃也へ向けていたジェラシーとはまた別の敗北感のようなものを感じる時がある。
『京子ちゃんと一緒に居るのかと思った』
「居た方が良かったですか?」
『ううん、一人で良かったよ。手紙は届いた?』
綾斗は机の上に置いたままの茶封筒を一瞥する。彼が京子へ持たせた、自分への手紙だ。
中に書いてあった言葉の意味が、綾斗には理解できなかった。
「はい。けど、あれってどういう──」
『そのままだよ。軽いジョーク……ではないかな。言葉選びが雑で申し訳ないけど、彼女迷ってるみたいだったからちょっと背中押してあげたんだ』
「そうなんですか?」
京子が仕事の書類だと言って持ってきたそれには細長い紙が一枚だけ入っていて、見覚えのある彰人の筆跡で『おみやげ』とだけ書いてあった。それが封書自体を指すのか、それ以外を指すのかは分からない。
『君を応援してるわけじゃないけどね。京子ちゃんの側に居てあげて欲しい』
「どういう意味ですか?」
綾斗はベッドに腰掛けて、宙を睨んだ。
『僕の想像と嗅覚で予想してるだけだけど、君は僕より強いんじゃないかって事と、君をこっち側の人間だと思って話すよ。だからもしもの時には彼女を守ってあげて』
「ちょ……何の話ですか?」
急に深刻な話になって、全身が殺気立つ。
今何が起きていて、彼は何をどこまで知っているのだろうか。
迂闊に自分から話すこともできず、綾斗は黙って握り締めたスマホを耳に押し当てた。
『京子ちゃん、変な奴に目付けられてるかも』
「変な奴──?」
『憶測で話をするのは好きじゃないけど、君だから話しておくよ? 京子ちゃんの気配の読み取りが甘いのはあの通りでしょ? 僕は彼女の側に居てあげられないからね』
「彰人さん!」
綾斗は立ち上がって頭のタオルを剥いだ。
強い声に彰人が『落ち着いて』と宥め、一呼吸おいてから昼間の話をする。
『東京駅で、誰かが挑発して来た。君ならその感覚は分かるでしょ?』
「はい」
気配を一瞬だけ強める事だ。垂れ流すように発するよりも相手に気付かれやすい。
『結構ハッキリ分かったつもりだけど、京子ちゃんは気付かなかったからね? 彼女の苦手を突いてターゲットを僕に絞ったとか言うんなら構わないけど、そうじゃないならちょっと危険だ』
「相手は?」
『分からないよ』
彼の中の答えは確定ではないらしい。
『京子ちゃんもキーダーだから大丈夫だとは思うけど。彼女は下手すると深追いする危険があるしね。君には伝えておこうと思って』
「そういえば前に京子さんが東京駅で知らない男と居たって聞いたことがあります」
『そうなの? どんな相手だった?』
「修司が偶然見たらしいんですけど、ホストみたいだったって言ってました」
『ホスト……か。ただのナンパなら良いけど』
「良くありません」
『まぁそうだね。うん……』
考え込むように唸る彰人。
詮索するのは良くない気がして本人には黙っていたが、今回とそれがどちらも東京駅なのは偶然なのだろうか。
『彼女、今日はそんな話してなかったけど。最近ね、ホルスのトップが代替わりしてるって噂がある。時期も、誰が誰になったのかも不明だけどね』
「ホルスが関係してるんですか?」
『可能性はゼロじゃないと思うよ。トップの交代だなんて、何かしらの動きがあるって事だろうし。ちょっと気になる事もあるから、色々調べておくよ』
「はい、彰人さんも気を付けて」
『お互いにね、じゃあまた』
通話が切れて、呆然とした。
そろそろ何かが起きそうな予感はしていたけれど、事は既に深刻だ。想像していたよりもずっと早く進行しているのかもしれない。
☆
月末、予告通りに京子は綾斗の誕生日を祝った。
何か進展があったわけではないが、いつもの居酒屋でいつものように過ごす穏やかな時間を幸せだと思えた。
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