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Episode4 京子

47 望む者、望まぬ者

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 その部屋に居る男が元能力者トールだと知って、ずっと話をしたいと思っていた。
 本部から頼まれた仕事は一日で済むものだったが、上京にかこつけて彼の所へ行く計画を立て、セナから一泊する許可を貰った。刻々と変化するアルガス内の空気に、少し焦っているのかもしれない。

 本部の三階は殆どが訓練用のホールに使われているが、それ以外にも報告室や幾つかの部屋があった。
 一番手前にある医務室の前に立って、マサは浅く深呼吸する。
 さっき会った修司は彼の甥だ。あれこれと話題を頭に巡らせながら、握り締めた趙馬刀ちょうばとうをジャージのポケットにしまう。
 そしてもう一度呼吸を整えてから扉を叩いた。

 「はい」と低音ボイスが響いて、マサは「失礼します」とずらした扉に顔をねじ込む。

颯太そうたさん、ちょっとよろしいですか?」
「構わないよ、どうぞ」

 机に居た彼が飲んでいた炭酸水のペットボトルを置いて、くるりと椅子を回す。
 颯太と会うのは窃盗団との戦い以来、二度目だ。あの時は私用で話す余裕はなかったが、改めて向き合ってマサは緊張を走らせる。

 白衣を着る彼は、医者というより医者の役を演じる俳優のようだ。しかも元は産婦人科医だと聞いて、色々妄想を膨らませてしまう。
 マサより一回り以上歳上だが、颯太は実年齢より大分若く見えた。

 部屋に入ると、颯太はジャージ姿のマサを足元から見上げて「あぁ」と眉を上げる。

「佐藤雅敏まさとしくんかな? 前に会ったよね?」 
「はい。自己紹介はしてなかった気がしますが……」
「何で知ってるんだって顔してる? 黒いジャージ姿で熊のような男って、噂は色々ね」
「それでですか」

 苦笑するマサに、颯太が「どうぞ」と診察用の丸椅子を勧めた。

「そんなかしこまるなよ」
「いえ、先輩なんで」
「歳が? それとも元キーダー同士って事? 俺たち……いや、少なくとも俺はキーダーに戻る気がないから医務室のオッサンだと思ってくれればいいよ」
「オッサン……って呼ぶには程遠い気もしますが」

 マサは丸椅子に座り、両膝に乗せた拳に力を込めた。
 颯太はマサの薬指に光る指輪を一瞥いちべつする。

「奥さん妊娠してるんだっけ? 何週目?」
「11週です」
「ちゃんと分かってるんだ。けどそれだと悪阻つわりあるんじゃない? 奥さん置いて、こんなオッサンと話してて良いのかよ。今が一番大変な時なんじゃないの?」
「……すみません。けど、構いすぎて空回りしてるって言うか。逆にのんびりさせて欲しいって言われて……」
 
 子供なんて初めての事で、嬉しさの余り必死だった。
 仕事以外は少しでも側に居ようと家ではあれこれ頑張っているつもりだが、セナにはそんなことを言われる始末だ。この間やよいにも『気を使いすぎ』と注意されてしまった。

「あっはは。アンタ熱そうだもんな、だったらたまにはこういう時間も悪くねぇか。で、アンタは生まれてくる子供がキーダーだったらいいと思う?」

 試すような目を向けて颯太が尋ねる。
 自分が戻りたいと思う世界に、自分の子供は行かせたくないと思ってしまうのは我儘なのだろうか。確率で言えば考える事もない話だけれど、もしもを常に考えてしまう。

「もしそうなら受け入れます。けど、なるべくならノーマルで生まれて欲しいと思ってます」
「だよなぁ」

 颯太は満足そうに大きく頷いた。

「父親がそう思えるなら安泰だ。あとは嫁さん大事にしてやりな。口で何言ったって旦那が側に居てやるのが一番だからな? 仕事済んだら早く帰ってあげな」
「……はい、ありがとうございます」

 元産婦人科医は豪快に笑って、そんなアドバイスをくれる。

「で、俺とは何を話しに来たのかな」

 急に本題へ引き戻され、マサはごくりと息を呑んだ。

「アンタには俺みたいなトールがねたましいか? 本音を言ってくれて構わないぜ。俺には要らない力だったから未練も何もねぇ」
「…………」

 黙るマサを見据えて、颯太は「悪いな」と謝った。

「お門違いだったら謝る。けど、そんな所なんじゃねぇの?」

 心の中が読めるのだろうか。見透かされた気分になって、マサは彼から目を逸らす。

「貴方を非難する気はありません。ただ、俺は何故こうなったかを知りたいだけで」
「それが、ここに来た理由? どっか具合悪い感じには見えないしな」

 銀環があったはずの手首を握り締めて、マサは「はい」と頷いた。 

生憎あいにく、相談は女子を優先させる所なんだけど。今は予定も入ってないから構わないぜ」
「ありがとうございます」
「とはいえ、それを俺が知ってると思うのか?」
「昔のアルガスを知ってる貴方なら、何か分かるんじゃないかと思って」
「偏見もいいトコだよ。俺が居たのは何十年も前の話だ。ただ、アンタの話を聞いた時は、正直驚いたけどね」

 キーダーだった自分は、ある日突然その能力を失った。今は『トール』という事になっているが、それは自分が望んで得た結果ではない。

 もう無理だろうと口では言っても、キーダーに戻るのを諦めたことなど一度もなかった。
 過去を知る彼と話して、何か情報を得られればと思う。けれど、その答えには簡単に辿り着くことはできないらしい。

 颯太はあごに伸びた髭を撫でながら、マサをじっと見上げた。

「ただ、何かきっかけがあったと考えてもいいんじゃないかな」
「きっかけ……」

 昔、それを考えたことがないわけじゃない。
 けれど、いまだに思い当たる事は一つもなかった。





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