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Episode4 京子

35 缶コーヒーの味

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『別れた相手に貰ったアクセサリーって、どうすればいいと思う?』

 元旦早々に鬱々としたメールなんて申し訳ないと思いつつ、打ち込んだ文字を勢いのままに送信した。
 桃也とうやと別れて一人になった初めての朝も、いつもと変わらずにやって来る。

 日課の基礎トレーニングを済ませてシャワーを浴びた所で、シルバーのトレイに乗った指輪がやたら存在感をアピールしてきた。調度三年前の誕生日に桃也から貰ったものだ。
 このまま持っている選択もアリだと思うけれど、ゆくゆくを考えれば側に置かない方が良いだろうという結論に達して、頭をひねること数分……全く思い浮かばないその答えを、朱羽あげはに相談することにした。

 メールはすぐに既読マークがつく。
 忍に貰った温い缶コーヒーを開けて返信を待つと、着信音が部屋に響いた。

『桃也くんと別れたの?』

 案の定、朱羽は別れの報告に困惑をにじませる。

「新年からごめんね。あけましておめでとう」
『おめでとうじゃないわよ。昨日の様子見て、そうなんだろうなとは思ってたけど……そっか、そうなっちゃったか』
「心配させてごめん」
『私は構わないけど。大丈夫? 良く左手にしてた指輪のことでしょ? そんなに急がなくてもいいと思うけど』
「だって。目につく場所にあると、色々思い出しちゃうんだもん。それに見えない場所に置いたら、忘れて変な時に出てきそうだし」
『京子ならありそうね。そうねぇ……』

 しっとりと呟いて、朱羽は暫く黙った。やがて『うーん』と独り言のように唸り声を繰り返す。

『彼との思い出と言えば、昔同級生のコが写真を燃やしたって言ってたわ。あぁけど、指輪はそう言う訳には行かないか』
「燃やす!? 物騒だね」
『忘れたかったんじゃない? 今の京子とあんまり変わりないわよ。後は、川に流すとか海に投げるとかも聞くわね。まぁそれは不法投棄になっちゃうから貴金属として売るのもアリなんじゃないかしら』
「お店で買い取って貰うってこと?」
『質屋さんとか? 私だって経験ないんだから、その位しか分からないわよ』

 女子校育ちの朱羽は、恋愛経験が少ない割に色々と話題が豊富だ。
 話しているうちにどんどん桃也に申し訳ない気分になって、京子は「ごめん」と謝る。

『手放す事なんていつでもできるわよ。喧嘩別れって訳でもないんだろうし、どれを選んでもバチは当たらないと思う。桃也くんが選んでくれたっていう思いだけ、京子の中に残しておけばいいんじゃない?』
「そう……だよね」
『そうよ。京子だって、次に付き合った相手が前の彼女に貰ったもの大事にしてたら嫌でしょ?』
「嫌だよ」
『うん。私は意見出したんだから、あとは自分で考えるのよ?』
「ありがと」

 あまり解決したようには思えないが、話せたのは良かったと思う。

『どういたしまして。昨日はちゃんと眠れたの?』
「それが、思ったてよりグッスリ眠れた」
『そっか。色々あったけど頑張ったわね』
「朱羽……」
『誕生日おめでとう。今度飲みにでも行きましょ』
「楽しみにしてる」
 
 『じゃあね』と言われて通話を切ると、留守録が一件入っている事に気付いた。
 どうやら、朱羽との通話中に掛かって来たらしい。モニターに出た珍しい人物の名に首を傾げると、アルガス食堂長こと・平次の少し焦ったような声が流れてきた。

『京子ちゃん、今日休みだった? ごめん、俺すっかり忘れてて。もし良かったら遅れてでも良いからお昼食べに来ない? お祝いメニューにしてるから』

 そういえば元旦に休むのはここ数年で久しぶりの事だった。
 キーダーの誕生日に祝いメニューを振る舞う平次は、今日京子が出勤していない事にさぞ驚いたことだろう。

「悪いことしちゃった。けど、食べないわけにいかないよね」

 できるならホールで食べたい位に、平次の作るショートケーキは京子の大好物だ。

 ──『見送りに来てくれんの?』

 ふと昨日桃也に言われた言葉を思い出すが、涙を流さずにいられる覚悟なんてできそうにない。

「やっぱりムリだよ」

 京子は飲みかけの缶コーヒーをすすって、持て余した指輪をポケットにしまう。
 ミルク多めで甘いはずのそれは、やたらと苦い味がした。


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