312 / 622
Episode4 京子
29 最初と最後のクリスマスイブ
しおりを挟む
「ええっ、それってプロポーズされたってことですか?」
翌日アルガスのデスクルームに、美弦の声が響き渡った。
余程暗い顔をしていたのだろう。昨日何かあったのかと心配されて正直に桃也のことを話すと、案の定彼女は取り乱す程に驚愕した。
「そんな声出さないで!」
「シーッ」と慌てて指を立てると、美弦は「すみません」と両手で口を塞ぐ。パチパチッと目を瞬かせて、高まったテンションを抑え付けた。
「ちょっとびっくりしちゃって」
「まぁ、しょうがないよね」
突然結婚の話となれば驚くのも無理はない。
普通ならここで『おめでとう』と祝福されるのだろうが、朝の様子を見られてしまっては美弦が押し黙ってしまうのも当然だ。
シークレットとは言いながら桃也のサード行きも思った以上に広まっているようで、彼女もその状況を考慮した上での反応らしい。
「そんな顔になっちゃうよね、ごめん」
美弦はしゅんと肩をすくめて、首を横に振った。
「返事はしたんですか?」
「ううん。仕事が終わったら一旦帰るから、その時にって」
「そうなんですか」
ふと時計が目に入って、京子は入口を一瞥した。就業時間になっても、部屋には二人きりだ。
「そういえば、修司は?」
「アイツなら今日まで学校です」
「そっか。高校違うんだもんね。修司って楚山だっけ」
昨日が東黄の終業式だった事は覚えていて、てっきり二人とも今日から冬休みなのだと思っていた。大学生の綾斗は数日前から休みに入っていて、今日は予告通り久志の所へ行っている。
「修司、大学どうするかって聞いてる? 美弦はそのまま上がるんでしょ?」
「勿論です。修司も戻ってきたらウチの学校受ければいいのに、無理だって言い張るんですよ?」
東黄学園は、中等部から大学まで『著しい学力の低下』さえなければエスカレーターで上へ行く事ができる。しかし考査ごとの評価がシビアで、まぐれで入学できたとしても卒業まで残るのは難しいだろう。
バスクからキーダーになった修司は、かつての桃也達がそうであったように、春から一年間北陸支部へ訓練に行く事になっている。だから美弦も彼と一年を離れて暮らさなければならないのだ。
「東黄は偏差値高いからね。私も高校は東黄だったけど、大学に行ってまで勉強する気になれなくて、別の短大に行ったの」
「京子さんも高等部の卒業生だってのは聞いてましたけど、そういう事だったんですか」
「うん。だから、修司にも無理強いはさせないであげて」
「はい──」
「一緒に通いたいのは分かるけど、恋愛も勉強も仕事もそれぞれ別の物だからね。私は結婚しようって言われて即答できなかった。何て言うのが正しかったんだろう」
桃也は三年に上がらないまま大学を休学している。もしサードになれば、このまま辞めてしまうのかもしれない。
一緒に居る事、結婚する事、お互いがキーダーのままで居る事、そして桃也がサードを選ぶ事──全部叶うのが無理なのは分かっていた。
「私はキーダーを辞めるなんて絶対思いませんけど、京子さんはどうですか?」
「実はね、一回だけ辞めて付いて行こうって思ったの」
「そうなんですか?」
「うん。けどできなかった」
京子は左手の銀環に顔を落とした。
「キーダーを辞めて、可愛い奥さんになんてなれないもん」
「私も、キーダー以外の未来なんて想像できません」
「ごめんね、しんみりさせちゃって。今日はイブなんだから、夜は修司と楽しんできてね」
平気なフリをして美弦にそんなことを言ってみたものの、一人のクリスマスが寂しくないわけじゃない。
アルガスからの帰り道、クリスマス一色に染まる駅を眺めながら、京子はぼんやりとホームへ入った。
今年のクリスマスが一人だなんて、もうずっと前から分かっていた事なのに、桃也の帰宅に期待してしまったせいで、心のダメージが大きくなってしまった。
「もぅ」と拗ねると、メールの音が鳴る。
桃也ではないだろうと諦めるのと同時に、相手はすぐに予想する事ができた。
『メリークリスマス、京子さん』
そんな短い一言に、雪を纏った大きなクリスマスツリーの写真が添付されている。
「タイミング良すぎ。雪……積もってるんだ」
今日がクリスマスでなければいい──ついさっきまでの思いが少しだけ吹き飛んで、京子は彼に返事をした。
『メリークリスマス』
翌日アルガスのデスクルームに、美弦の声が響き渡った。
余程暗い顔をしていたのだろう。昨日何かあったのかと心配されて正直に桃也のことを話すと、案の定彼女は取り乱す程に驚愕した。
「そんな声出さないで!」
「シーッ」と慌てて指を立てると、美弦は「すみません」と両手で口を塞ぐ。パチパチッと目を瞬かせて、高まったテンションを抑え付けた。
「ちょっとびっくりしちゃって」
「まぁ、しょうがないよね」
突然結婚の話となれば驚くのも無理はない。
普通ならここで『おめでとう』と祝福されるのだろうが、朝の様子を見られてしまっては美弦が押し黙ってしまうのも当然だ。
シークレットとは言いながら桃也のサード行きも思った以上に広まっているようで、彼女もその状況を考慮した上での反応らしい。
「そんな顔になっちゃうよね、ごめん」
美弦はしゅんと肩をすくめて、首を横に振った。
「返事はしたんですか?」
「ううん。仕事が終わったら一旦帰るから、その時にって」
「そうなんですか」
ふと時計が目に入って、京子は入口を一瞥した。就業時間になっても、部屋には二人きりだ。
「そういえば、修司は?」
「アイツなら今日まで学校です」
「そっか。高校違うんだもんね。修司って楚山だっけ」
昨日が東黄の終業式だった事は覚えていて、てっきり二人とも今日から冬休みなのだと思っていた。大学生の綾斗は数日前から休みに入っていて、今日は予告通り久志の所へ行っている。
「修司、大学どうするかって聞いてる? 美弦はそのまま上がるんでしょ?」
「勿論です。修司も戻ってきたらウチの学校受ければいいのに、無理だって言い張るんですよ?」
東黄学園は、中等部から大学まで『著しい学力の低下』さえなければエスカレーターで上へ行く事ができる。しかし考査ごとの評価がシビアで、まぐれで入学できたとしても卒業まで残るのは難しいだろう。
バスクからキーダーになった修司は、かつての桃也達がそうであったように、春から一年間北陸支部へ訓練に行く事になっている。だから美弦も彼と一年を離れて暮らさなければならないのだ。
「東黄は偏差値高いからね。私も高校は東黄だったけど、大学に行ってまで勉強する気になれなくて、別の短大に行ったの」
「京子さんも高等部の卒業生だってのは聞いてましたけど、そういう事だったんですか」
「うん。だから、修司にも無理強いはさせないであげて」
「はい──」
「一緒に通いたいのは分かるけど、恋愛も勉強も仕事もそれぞれ別の物だからね。私は結婚しようって言われて即答できなかった。何て言うのが正しかったんだろう」
桃也は三年に上がらないまま大学を休学している。もしサードになれば、このまま辞めてしまうのかもしれない。
一緒に居る事、結婚する事、お互いがキーダーのままで居る事、そして桃也がサードを選ぶ事──全部叶うのが無理なのは分かっていた。
「私はキーダーを辞めるなんて絶対思いませんけど、京子さんはどうですか?」
「実はね、一回だけ辞めて付いて行こうって思ったの」
「そうなんですか?」
「うん。けどできなかった」
京子は左手の銀環に顔を落とした。
「キーダーを辞めて、可愛い奥さんになんてなれないもん」
「私も、キーダー以外の未来なんて想像できません」
「ごめんね、しんみりさせちゃって。今日はイブなんだから、夜は修司と楽しんできてね」
平気なフリをして美弦にそんなことを言ってみたものの、一人のクリスマスが寂しくないわけじゃない。
アルガスからの帰り道、クリスマス一色に染まる駅を眺めながら、京子はぼんやりとホームへ入った。
今年のクリスマスが一人だなんて、もうずっと前から分かっていた事なのに、桃也の帰宅に期待してしまったせいで、心のダメージが大きくなってしまった。
「もぅ」と拗ねると、メールの音が鳴る。
桃也ではないだろうと諦めるのと同時に、相手はすぐに予想する事ができた。
『メリークリスマス、京子さん』
そんな短い一言に、雪を纏った大きなクリスマスツリーの写真が添付されている。
「タイミング良すぎ。雪……積もってるんだ」
今日がクリスマスでなければいい──ついさっきまでの思いが少しだけ吹き飛んで、京子は彼に返事をした。
『メリークリスマス』
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる