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Episode4 京子
22 過去のロマンスを期待する
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暮れが近付いた十一月末の居酒屋は、忘年会の客で賑わっている。
彼女の急な上京に京子は朝から店を探したが、今日の今日では簡単に見つかるわけもなく、結局いつもの店になってしまった。
「常連さんの席くらい、ちゃあんと確保しますよ。カウンターになりますけどね」
「横の方が話しやすいし、私はカウンターで構わないよ」
「すみません」と謝る店員に、やよいが「いえ」と引いた椅子の背に鞄を乗せた。
「とりあえず、私はいつもので。やよいさんどうします?」
「じゃあ、生中で」
「かしこまりました」
通路の壁にコートを掛けると、早速一杯目が運ばれてくる。
やよいの頼んだ片手サイズのビールとは対照的に、ピッチャーを思わせるような大ジョッキのレモンサワーが京子の前に置かれた。京子の『いつもの』である。
「アンタそれ、ギャグのつもり?」
「何度も頼むの面倒なだけです」
京子は「飲みましょう」と持ち上げた重いグラスに左手を添えた。
サイズの違うジョッキを鳴らして、京子は豪快に一口目を飲む。
「やよいさん、お久しぶりです。乾杯!」
「乾杯」
如月やよいは、マサたち同期四人組の紅一点で、北陸支部のキーダーだ。
いつもサラサラのロングヘアを後頭部の高い位置でポニーテールにしているが、今日は私用だからと下ろしている。そのせいで京子は待ち合わせですぐに彼女だと気付くことができなかった。
マサの結婚式も仕事の都合で出席できなかった彼女との再会に、乾杯早々京子のテンションは上がりっ放しだ。
やよいは、高校時代の友人に会う為に上京したのだという。
「明日は朝から遊園地だってさ。子供なしでそういうトコ行くなんて、ホント久しぶり」
訓練時代本部から東黄学園に通っていた彼女は、首都圏にも友達が多い。
「声掛けて貰えて嬉しかったです。やよいさんと話したいことたくさんあって」
「色々と噂は聞いてる」
「もしかして……心配してくれました?」
「まぁついでだけど。アンタは私の可愛い妹分だからね」
「わぁ、ありがとうございます! 何だか女子会みたい」
ジワリと効いてきたアルコールのテンションで、京子はやよいの腕に絡みついた。
ついででも何でもいい。彼女とこうして飲める事が、京子は嬉しくてたまらなかった。一緒の支部に居たことはないが、アルガスに入ってから合同訓練やら会議で話す事がたまにあり、仲良くさせて貰っている。
けれどここ数年は本部も忙しく、中々その機会も遠退いていた。
メニュー表を眺めながら、やよいは「そういやぁさ」と笑う。
「朱羽のやつ、マサの呪縛解けたんだって?」
「あれは解けたって言うんですかね……マサさん結婚しちゃったし、そういう事なのかな」
「そうじゃなかったら困るって。アイツへの片思いで、貴重な独身時代を無駄遣いすることなんてないからね」
十五歳からずっとマサを思い続けた朱羽は、もう二十三歳だ。
「ずっと片思いしてるのを悪いとは思わないけど、いくら頑張っても既婚者相手じゃ望みはないですからね」
「そうそう。朱羽の事務所に若い男の子入ったんだろ? どう?」
「どう、って……よく分かんないんですよね」
ぐいぐいっとサワーを飲み干して、京子は通りがかりの店員に「同じものを」と空のグラスを預ける。
「相変わらず速いね」と呆れるやよいも「私も」と続けて、食べ物を幾つか頼んだ。
京子はほろ酔い加減に首を傾げながら、龍之介のことを頭に思い浮かべる。
「若い男子って言っても、まだ高二で七つも年下ですからね。彼は朱羽の事好きみたいだけど、朱羽はどうなんだろう」
「そんなに違うんだ。向こうが良いって言うなら問題ないだろ? セナにしか興味のないマサなんか追い掛けるより、よっぽどいいよ」
いつもながら、やよいは同期の三人には辛辣だ。
「やよいさんって、マサさんたち三人とアルガスに入って……久志さんとは一年違いですけど、何かロマンスはなかったんですか?」
「はぁ?」
運ばれて来たビールを一口飲み込んだところで、やよいが吹きそうになる。
「寒気するような事、言わないでくれる?」
「すみません……けど、どうなのかなと思って」
前から一度聞いてみたいと思っていた。やよいは男勝りだけれど美人だし、高校では生徒会長まで務めていたという。
高校時代という多感な時期に同年代の男子と寝食を共にして、同じ運命を背負っているとなれば、何か起きる可能性は高いんじゃないかと期待してしまう。
「マサさんは……駄目ですか?」
「駄目だね。あんなガサツ野郎好みじゃないし、汗臭いし」
アルコール効果でいつもよりガードの緩いやよいは、チビチビとビールを飲みながらキッと京子を睨んだ。
「じゃあ、大穴狙いで久志さんは? 普段は何考えてるか分からない時あるけど、頼りになるしカッコいいと思うんですよ」
「アンタ、ああいうのがいいの? だったらアンタが貰ってあげなよ」
「いや……嫌いではないですけど……」
京子もすでに出来上がっている。
ブーメランを喰らって、「ごめんなさい」と謝った。
「ほらぁ、扱い辛そうなものをヒトに勧めて来ないでよ」
「じゃあ──」
もし四人の中にロマンスが芽生えるのだとしたら、相手の男子はその二人でないと思っていた。ずっと前からだ。
大穴で大本命は、恐らく──
「佳祐さんですか?」
「アイツの事なんて、好きじゃないよ」
顔を真っ赤にして、やよいはきっぱりと否定する。
それが酒のせいか図星なのかは分からなかった。
彼女の急な上京に京子は朝から店を探したが、今日の今日では簡単に見つかるわけもなく、結局いつもの店になってしまった。
「常連さんの席くらい、ちゃあんと確保しますよ。カウンターになりますけどね」
「横の方が話しやすいし、私はカウンターで構わないよ」
「すみません」と謝る店員に、やよいが「いえ」と引いた椅子の背に鞄を乗せた。
「とりあえず、私はいつもので。やよいさんどうします?」
「じゃあ、生中で」
「かしこまりました」
通路の壁にコートを掛けると、早速一杯目が運ばれてくる。
やよいの頼んだ片手サイズのビールとは対照的に、ピッチャーを思わせるような大ジョッキのレモンサワーが京子の前に置かれた。京子の『いつもの』である。
「アンタそれ、ギャグのつもり?」
「何度も頼むの面倒なだけです」
京子は「飲みましょう」と持ち上げた重いグラスに左手を添えた。
サイズの違うジョッキを鳴らして、京子は豪快に一口目を飲む。
「やよいさん、お久しぶりです。乾杯!」
「乾杯」
如月やよいは、マサたち同期四人組の紅一点で、北陸支部のキーダーだ。
いつもサラサラのロングヘアを後頭部の高い位置でポニーテールにしているが、今日は私用だからと下ろしている。そのせいで京子は待ち合わせですぐに彼女だと気付くことができなかった。
マサの結婚式も仕事の都合で出席できなかった彼女との再会に、乾杯早々京子のテンションは上がりっ放しだ。
やよいは、高校時代の友人に会う為に上京したのだという。
「明日は朝から遊園地だってさ。子供なしでそういうトコ行くなんて、ホント久しぶり」
訓練時代本部から東黄学園に通っていた彼女は、首都圏にも友達が多い。
「声掛けて貰えて嬉しかったです。やよいさんと話したいことたくさんあって」
「色々と噂は聞いてる」
「もしかして……心配してくれました?」
「まぁついでだけど。アンタは私の可愛い妹分だからね」
「わぁ、ありがとうございます! 何だか女子会みたい」
ジワリと効いてきたアルコールのテンションで、京子はやよいの腕に絡みついた。
ついででも何でもいい。彼女とこうして飲める事が、京子は嬉しくてたまらなかった。一緒の支部に居たことはないが、アルガスに入ってから合同訓練やら会議で話す事がたまにあり、仲良くさせて貰っている。
けれどここ数年は本部も忙しく、中々その機会も遠退いていた。
メニュー表を眺めながら、やよいは「そういやぁさ」と笑う。
「朱羽のやつ、マサの呪縛解けたんだって?」
「あれは解けたって言うんですかね……マサさん結婚しちゃったし、そういう事なのかな」
「そうじゃなかったら困るって。アイツへの片思いで、貴重な独身時代を無駄遣いすることなんてないからね」
十五歳からずっとマサを思い続けた朱羽は、もう二十三歳だ。
「ずっと片思いしてるのを悪いとは思わないけど、いくら頑張っても既婚者相手じゃ望みはないですからね」
「そうそう。朱羽の事務所に若い男の子入ったんだろ? どう?」
「どう、って……よく分かんないんですよね」
ぐいぐいっとサワーを飲み干して、京子は通りがかりの店員に「同じものを」と空のグラスを預ける。
「相変わらず速いね」と呆れるやよいも「私も」と続けて、食べ物を幾つか頼んだ。
京子はほろ酔い加減に首を傾げながら、龍之介のことを頭に思い浮かべる。
「若い男子って言っても、まだ高二で七つも年下ですからね。彼は朱羽の事好きみたいだけど、朱羽はどうなんだろう」
「そんなに違うんだ。向こうが良いって言うなら問題ないだろ? セナにしか興味のないマサなんか追い掛けるより、よっぽどいいよ」
いつもながら、やよいは同期の三人には辛辣だ。
「やよいさんって、マサさんたち三人とアルガスに入って……久志さんとは一年違いですけど、何かロマンスはなかったんですか?」
「はぁ?」
運ばれて来たビールを一口飲み込んだところで、やよいが吹きそうになる。
「寒気するような事、言わないでくれる?」
「すみません……けど、どうなのかなと思って」
前から一度聞いてみたいと思っていた。やよいは男勝りだけれど美人だし、高校では生徒会長まで務めていたという。
高校時代という多感な時期に同年代の男子と寝食を共にして、同じ運命を背負っているとなれば、何か起きる可能性は高いんじゃないかと期待してしまう。
「マサさんは……駄目ですか?」
「駄目だね。あんなガサツ野郎好みじゃないし、汗臭いし」
アルコール効果でいつもよりガードの緩いやよいは、チビチビとビールを飲みながらキッと京子を睨んだ。
「じゃあ、大穴狙いで久志さんは? 普段は何考えてるか分からない時あるけど、頼りになるしカッコいいと思うんですよ」
「アンタ、ああいうのがいいの? だったらアンタが貰ってあげなよ」
「いや……嫌いではないですけど……」
京子もすでに出来上がっている。
ブーメランを喰らって、「ごめんなさい」と謝った。
「ほらぁ、扱い辛そうなものをヒトに勧めて来ないでよ」
「じゃあ──」
もし四人の中にロマンスが芽生えるのだとしたら、相手の男子はその二人でないと思っていた。ずっと前からだ。
大穴で大本命は、恐らく──
「佳祐さんですか?」
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