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Episode4 京子

15 似ている二人

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 まことの提案を断ってしまったことに後悔はない。

 銀環ぎんかんをしたままアルガスを離れ、桃也とうやの側で暮らしても良いという彼の提案は、京子が昨日まで頭に描いていた理想に大分近いものだった。
 それなのにいざ叶えてあげようと言われて、手放しで喜ぶことができない。生まれてから今まで積み上げた『キーダー』という肩書や経験を捨ててまで得たいかという疑問に、立ちすくんでしまったからだ。
 だから、『任せて』と言った桃也を待ちながら自分なりにもう一度考えてみようと思う。

 京子の中で一旦そんな答えが出たものの、ここ数日悩んだダメージに胃がシクシクと痛み出した。
 少し休めば落ち着くだろうか。とりあえず薬をと考えて、三階の医務室へ下りる。

「失礼します」

 ノックして扉を開けると、中に居たのは颯太そうたではなく思いがけない人物だった。
 眼鏡を掛けた長身の彼が「あれ」と丸椅子から立ち上がって京子を迎える。

「京子さん、いらしてたんですか」
銀次ぎんじくん? そっか、今日来るって言ってたもんね」

 つい先日そんな話になって、自分は休みだと返信したばかりだ。前に電話番号を交換した後すぐにメールが来て、それ以来たまに連絡を取り合っている。

 小出こいで銀次は、朱羽あげはの事務所でバイトしている龍之介の同級生で、まだ高校二年生だ。
 ガイアたちとの騒動で厄介な薬を飲んでしまった彼は、解毒も兼ねてここへ通っている。敵に加担した罪を上官たちに問われたが、朱羽がうまく誤魔化していた。

「平気なの?」
「俺はピンピンしてますけど。颯太さんがもう少し様子見ようって言ってくれて」
「じゃあまだ油断できないね。力はもう使えないんでしょ?」
「サッパリです。色々ありましたけど、颯太さんにはやった事を反省して未来を見据えてものを考えろって言われてます」
「そうだね。けど元気なら良かった」
「京子さんの方こそ具合でも悪いんですか?」
「私? うん……ちょっとストレス?」

 苦笑いして胃に手を当てて見せると、銀次は部屋を見回してベッドの上に置いてあった薄い毛布を掴んだ。

「俺が薬出す訳にいかないんで、颯太さん戻るまでの応急処置ですけど。温めておいて下さい」
「う、うん」

 渡された毛布を言われるまま腹に当て、京子は部屋の隅にあるソファに腰を下ろした。
 寒いなんて思ってもいなかったのに、優しい毛布の感触に全身の緊張が解けたのが分かった。

「温かい……ありがとね」
「どういたしまして。それより、ストレスだなんて何かありました? 元気ないみたいですけど」
「……そう見える?」
「間違ってたらすみません」

 銀次がここに来るようになってすぐ、龍之介に言われた言葉がある。
 ──『銀次はナンパ野郎だから気を付けて下さい!』
 きっと銀次は、そんなの無意識なのだろう。女子の欲しい言葉や行動を先回りできるのは才能だと思う。それに加えて、高身長で頭も良く今時のイケメンだ。こんな彼が側に居ては、龍之介が嫉妬してしまう気持ちも分かる気がする。

「銀次くんって優しいね。ちゃんと周りの事見てるんだね」 
「当たりですか?」
「うん、当たってる」
「やった。俺で良かったら──」
「俺のテリトリーでナンパしないでくれるか?」

 半開きの扉から、颯太が入って来る。
 「オイ」と呆れる部屋主に、銀次は「すみません」と笑顔で謝った。

「もう用は済んだんだから、また来いよ。二週間後な」
「はい、ありがとうございました。じゃあ、京子さんもまた」
「うん。またね」

 少し残念そうに肩をすくめてリュックを背負う銀次を、颯太が「そうだ」と呼び止める。

「さっきの話だけど、残念ながら君はノーマルだ。この世界に入りたいと思うなら、まずは親父さんみたいに医者になるといい。君みたいに優秀な奴は、ただの施設員なんて勿体ないだろう?」
「……考えときます」
「まぁ前線に出れば危険な仕事だけどな。それでも良いなら、まずはここに立てるだけの力を付ける事。話はそれからだ」
「はい」

 笑顔を残して部屋を出て行く銀次を見送って、颯太は自分の椅子に掛けた。

「何の話してたんですか?」
「将来の話だよ。アイツはまだ高校生で頭もいい。将来何だって選べるだろうに、俺みたいになりたいとか言うんだぜ。可愛いだろ?」
「それは可愛いですね。銀次くん、ずっとキーダーになりたかったんですもんね」

 その想いが強すぎて、ホルスに付け込まれた。怪しい薬の力で能力を発揮できたものの、すぐにその効果は切れ、彼の全身を脅かす結果になってしまったのだ。

 ノーマルで生まれた銀次はキーダーになれないが、同じようにキーダーを望んだ桃也は能力者だ。生まれ持った力で夢を叶える事ができるなら、最後まで頑張って欲しいと思う。

「銀次くん、後遺症とかはもう平気なんですか?」 
しばらく震えが出てたんだが、最近はもう落ち着いてる。あと少し様子見て何でもなければ大丈夫だろ。全く、ホルスも厄介なもの作ってくれたよな」
「また同じように騙される人が出なければいいけど……」
「そうだな」

 颯太は机に置いてあったペットボトルの水を飲んで、「それで?」と京子の抱えた毛布を一瞥いちべつした。

「京子ちゃんはどうした? 俺に会いたくなって来た?」
「ちょっと胃が痛くて、薬を貰おうと思って」
「胃かぁ。何か考え込んでるだろ。俺が何でも聞いてやるぜ?」
「えっと……」

 颯太と銀次、二人がちょっとだけ似てるなと思いながら、京子は胸のもやを晴らすようにここ数日の事を彼に打ち明けた。



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