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Episode4 京子
13 長官の計らい
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「田母神君、さっきはちょっと痛かったよ」
満面の笑みで指を弾くアルガス長官こと宇波誠に、京子は音にならない叫びを顔面いっぱいで表して、床に落ちそうになるくらい頭を下げた。
コージはそうじゃないと言ったが、やはり彼の胸像にデコピンしたのがバレている──予想的中だ。
「すみません。ちょっとした出来心で……」
「ごめんごめん、脅すつもりはないんだ。前みたいに壊しているわけじゃないしね。たまたま外を見たら目に入ったんだよ」
胸像が長官室の真下なことに気付いて半泣きする京子に「まぁまぁ」とソファを勧める誠は、鼻下が気になるのか何度も擦る仕草をしていた。
「髭を伸ばそうと思ってね。けど、胸像と見た目が変わるのは問題あるのかなと思って踏ん切りが付かないんだ」
「髭……ですか? 似合うと思いますよ」
「そうかい? ありがとう」
突然の話題に少しだけ緊張が解けて、京子は窓辺に立つ誠を振り向く。
「今日、君がここに入って来るのが見えて、チャンスだと思ったんだ。前から君には話しておきたいと思っていたことがあってね」
「話……」
「桃也君の事だよ」
「え……?」
デコピン以外なら何だろうと考えて、桃也の事は思いつかなかった。
昨日別れ際に見せた彼の笑顔を浮かべて、京子は不安を覚えながら誠の言葉に構える。
「桃也君には、私の後継者になってもらおうと思ってるんだ」
「後継者……長官にって事ですか?」
「そうだよ。サードはね、このアルガスを変えていくための役割を担ったポジションなんだ」
さっきからずっと疑問符ばかり投げている。彼の言葉の一つ一つが、京子にはすぐに理解できなかった。
誠はアルガス解放の時からずっとここの長官を務めている。還暦を過ぎて定年を考える時期なのかもしれないが、今そこにある『長官の椅子』は、ノーマルが就くポジションだと思っていた。
「桃也がそんな……」
「キーダーになって浅い彼など論外だって? 『大晦日の白雪』を起こしたのも彼だし、本人もそれは色々思う事があると思うよ。けど、あの事件を経てキーダーになった彼は最強だ」
「……そうなんですか?」
「反対派も出て来るだろうけど、これは私が長官になってからずっと決めていた事なんだ。私の次はキーダーの誰かにって」
「ずっとですか?」
「ずっとだよ。君だって、僕なんかが長官では役不足だと思っていたんじゃないかい?」
「そんな……」
思っていた。けれどそれは個人の主観に過ぎない。
「アルガス解放の時、前の長官はキーダーとの立ち位置が変わってしまう時勢に耐えられなくなって逃げてしまったんだよ。いまだにそんな人間は多いからね、キーダーをトップにだなんて考えられないだろう。けど、私じゃ限界がある」
誠は京子の向かいに腰を下ろし、膝の上で手を組んだ。
「それがどうして桃也なんですか?」
「あんな事件を起こしてしまったけれど、彼を咎める人間はアルガス内で殆どいなかっただろう? 実直で正義感があって、能力値も高い。彼は元々バスクで、中立に物を考えることができる」
桃也を語る誠の目が優しかった。この人がこんな顔をすることを、京子は十年近くここに居て初めて知った。
「最初に会った時、彼は能力で一人でも多くの人を助けたいって言ったんだ。あの事件のすぐ後にだよ? まぁ後ろめたさの方が多くて踏み出すことはできなかったんだけれども」
「桃也はずっとキーダーになりたかったんですよね」
「そうだね。彼の背中を押したのは、君だろう?」
「私……ですか?」
「あぁ。だから、桃也君をサードに呼んで君から引き剥がすようなことになってしまった事を申し訳なく思っている」
「…………」
それを言う為に、彼はここに呼んだのだろうか。
謝罪染みた言葉なんて聞きたくなかった。優しく見えた彼の表情が急に胸像の彼と重なって、ふつふつと怒りさえ込み上げてくる。
けれど、誠は別の言葉を京子にくれた。
一瞬嬉しいと思ったけれど、京子はそれを素直に受け止めることはできない。
「田母神君、桃也君の所に行っても構わないよ」
満面の笑みで指を弾くアルガス長官こと宇波誠に、京子は音にならない叫びを顔面いっぱいで表して、床に落ちそうになるくらい頭を下げた。
コージはそうじゃないと言ったが、やはり彼の胸像にデコピンしたのがバレている──予想的中だ。
「すみません。ちょっとした出来心で……」
「ごめんごめん、脅すつもりはないんだ。前みたいに壊しているわけじゃないしね。たまたま外を見たら目に入ったんだよ」
胸像が長官室の真下なことに気付いて半泣きする京子に「まぁまぁ」とソファを勧める誠は、鼻下が気になるのか何度も擦る仕草をしていた。
「髭を伸ばそうと思ってね。けど、胸像と見た目が変わるのは問題あるのかなと思って踏ん切りが付かないんだ」
「髭……ですか? 似合うと思いますよ」
「そうかい? ありがとう」
突然の話題に少しだけ緊張が解けて、京子は窓辺に立つ誠を振り向く。
「今日、君がここに入って来るのが見えて、チャンスだと思ったんだ。前から君には話しておきたいと思っていたことがあってね」
「話……」
「桃也君の事だよ」
「え……?」
デコピン以外なら何だろうと考えて、桃也の事は思いつかなかった。
昨日別れ際に見せた彼の笑顔を浮かべて、京子は不安を覚えながら誠の言葉に構える。
「桃也君には、私の後継者になってもらおうと思ってるんだ」
「後継者……長官にって事ですか?」
「そうだよ。サードはね、このアルガスを変えていくための役割を担ったポジションなんだ」
さっきからずっと疑問符ばかり投げている。彼の言葉の一つ一つが、京子にはすぐに理解できなかった。
誠はアルガス解放の時からずっとここの長官を務めている。還暦を過ぎて定年を考える時期なのかもしれないが、今そこにある『長官の椅子』は、ノーマルが就くポジションだと思っていた。
「桃也がそんな……」
「キーダーになって浅い彼など論外だって? 『大晦日の白雪』を起こしたのも彼だし、本人もそれは色々思う事があると思うよ。けど、あの事件を経てキーダーになった彼は最強だ」
「……そうなんですか?」
「反対派も出て来るだろうけど、これは私が長官になってからずっと決めていた事なんだ。私の次はキーダーの誰かにって」
「ずっとですか?」
「ずっとだよ。君だって、僕なんかが長官では役不足だと思っていたんじゃないかい?」
「そんな……」
思っていた。けれどそれは個人の主観に過ぎない。
「アルガス解放の時、前の長官はキーダーとの立ち位置が変わってしまう時勢に耐えられなくなって逃げてしまったんだよ。いまだにそんな人間は多いからね、キーダーをトップにだなんて考えられないだろう。けど、私じゃ限界がある」
誠は京子の向かいに腰を下ろし、膝の上で手を組んだ。
「それがどうして桃也なんですか?」
「あんな事件を起こしてしまったけれど、彼を咎める人間はアルガス内で殆どいなかっただろう? 実直で正義感があって、能力値も高い。彼は元々バスクで、中立に物を考えることができる」
桃也を語る誠の目が優しかった。この人がこんな顔をすることを、京子は十年近くここに居て初めて知った。
「最初に会った時、彼は能力で一人でも多くの人を助けたいって言ったんだ。あの事件のすぐ後にだよ? まぁ後ろめたさの方が多くて踏み出すことはできなかったんだけれども」
「桃也はずっとキーダーになりたかったんですよね」
「そうだね。彼の背中を押したのは、君だろう?」
「私……ですか?」
「あぁ。だから、桃也君をサードに呼んで君から引き剥がすようなことになってしまった事を申し訳なく思っている」
「…………」
それを言う為に、彼はここに呼んだのだろうか。
謝罪染みた言葉なんて聞きたくなかった。優しく見えた彼の表情が急に胸像の彼と重なって、ふつふつと怒りさえ込み上げてくる。
けれど、誠は別の言葉を京子にくれた。
一瞬嬉しいと思ったけれど、京子はそれを素直に受け止めることはできない。
「田母神君、桃也君の所に行っても構わないよ」
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