上 下
294 / 618
Episode4 京子

13 長官の計らい

しおりを挟む
田母神たもがみ君、さっきはちょっと痛かったよ」

 満面の笑みで指を弾くアルガス長官こと宇波誠うなみまことに、京子は音にならない叫びを顔面いっぱいで表して、床に落ちそうになるくらい頭を下げた。
 コージはそうじゃないと言ったが、やはり彼の胸像にデコピンしたのがバレている──予想的中だ。

「すみません。ちょっとした出来心で……」
「ごめんごめん、脅すつもりはないんだ。前みたいに壊しているわけじゃないしね。たまたま外を見たら目に入ったんだよ」

 胸像が長官室の真下なことに気付いて半泣きする京子に「まぁまぁ」とソファを勧める誠は、鼻下が気になるのか何度も擦る仕草をしていた。

「髭を伸ばそうと思ってね。けど、胸像アレと見た目が変わるのは問題あるのかなと思って踏ん切りが付かないんだ」
「髭……ですか? 似合うと思いますよ」
「そうかい? ありがとう」

 突然の話題に少しだけ緊張が解けて、京子は窓辺に立つ誠を振り向く。

「今日、君がここに入って来るのが見えて、チャンスだと思ったんだ。前から君には話しておきたいと思っていたことがあってね」
「話……」
桃也とうや君の事だよ」
「え……?」

 デコピン以外なら何だろうと考えて、桃也の事は思いつかなかった。
 昨日別れ際に見せた彼の笑顔を浮かべて、京子は不安を覚えながら誠の言葉に構える。

「桃也君には、私の後継者になってもらおうと思ってるんだ」
「後継者……長官にって事ですか?」
「そうだよ。サードはね、このアルガスを変えていくための役割を担ったポジションなんだ」

 さっきからずっと疑問符ばかり投げている。彼の言葉の一つ一つが、京子にはすぐに理解できなかった。
 誠はアルガス解放の時からずっとここの長官を務めている。還暦を過ぎて定年を考える時期なのかもしれないが、今そこにある『長官の椅子』は、ノーマルが就くポジションだと思っていた。

「桃也がそんな……」
「キーダーになって浅い彼など論外だって? 『大晦日の白雪』を起こしたのも彼だし、本人もそれは色々思う事があると思うよ。けど、あの事件を経てキーダーになった彼は最強だ」
「……そうなんですか?」
「反対派も出て来るだろうけど、これは私が長官になってからずっと決めていた事なんだ。私の次はキーダーの誰かにって」
「ずっとですか?」
「ずっとだよ。君だって、僕なんかが長官では役不足だと思っていたんじゃないかい?」
「そんな……」

 思っていた。けれどそれは個人の主観に過ぎない。

「アルガス解放の時、前の長官はキーダーとの立ち位置が変わってしまう時勢に耐えられなくなって逃げてしまったんだよ。いまだにそんな人間は多いからね、キーダーをトップにだなんて考えられないだろう。けど、私じゃ限界がある」

 誠は京子の向かいに腰を下ろし、膝の上で手を組んだ。

「それがどうして桃也なんですか?」
「あんな事件を起こしてしまったけれど、彼を咎める人間はアルガス内で殆どいなかっただろう? 実直で正義感があって、能力値も高い。彼は元々バスクで、中立に物を考えることができる」

 桃也を語る誠の目が優しかった。この人がこんな顔をすることを、京子は十年近くここに居て初めて知った。

「最初に会った時、彼は能力で一人でも多くの人を助けたいって言ったんだ。あの事件のすぐ後にだよ? まぁ後ろめたさの方が多くて踏み出すことはできなかったんだけれども」
「桃也はずっとキーダーになりたかったんですよね」
「そうだね。彼の背中を押したのは、君だろう?」
「私……ですか?」
「あぁ。だから、桃也君をサードに呼んで君から引き剥がすようなことになってしまった事を申し訳なく思っている」
「…………」

 それを言う為に、彼はここに呼んだのだろうか。
 謝罪染みた言葉なんて聞きたくなかった。優しく見えた彼の表情が急に胸像の彼と重なって、ふつふつと怒りさえ込み上げてくる。

 けれど、誠は別の言葉を京子にくれた。
 一瞬嬉しいと思ったけれど、京子はそれを素直に受け止めることはできない。

「田母神君、桃也君の所に行っても構わないよ」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...