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Episode4 京子

10 呼び出された理由は?

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 朝一で朱羽あげはに送ったメッセージはすぐに既読マークがついたというのに、返事が返ってきたのはそれから一時間も過ぎてからの事だった。
 昨日『慰めてあげる』と言った彼女が予言者のようにも思えたが、なるべくして迎えた結果のような気もする。
 気の重い報告に朱羽は『本当に?』と驚いた様子だが、『お疲れ様』と書かれたウサギのスタンプで労ってくれた。

 桃也とうやの元へ行く作戦も計画倒れになってしまい、いつもの週末が訪れる。
 けれど一人の時間に耐え切れず、京子は休日の街をのんびり歩いてアルガスへ向かった。やり残しの仕事を思い出したからだ。

 昨日彼と話した事を何度も頭にループさせるが、結局は『任せろ』と言った言葉を信じるしかない。悪い予想をしても無駄だと諦めて、アルガスの門を潜った。

「おはようございます、京子さん」
「おはよう」

 護兵ごへいに挨拶して中へ入ると銀色の光が視界の端に煌めいて、京子は頭上を仰いだ。

「コージさん……?」

 昨日桃也を連れてきた彼のヘリは長官を乗せて飛び立った筈だが、早々とそこへ戻って来たようだ。
 コージが空のままヘリを飛ばす事はあまりない。誰を乗せてきたんだろうと首をひねると、すぐ横からの視線を感じた。
 建物の入り口に鎮座する長官の胸像だ。まさかもう帰って来たのだろうか。

 アルガス長官・宇波誠うなみまことはノーマルだ。
 大舎卿だいしゃきょうが隕石から日本を守った二十七年前からずっと、彼はここのトップに席を置く。
 日本中を飛び回っている彼が本部に常駐することはないが、その多くを九州で過ごしているというのは専らの噂だ。京子でさえ月に二度も顔を合わせれば良い方で、彼が普段何をしているのかはさっぱり分からなかった。

「九州……か」

 監察員の桃也も九州に居る事が多いという。
 『大晦日の白雪』以降、長官に世話になったという桃也が彼に取られてしまった気がして、京子はモヤモヤとした気持ちを晴らすように胸像の額にピシリと指を弾いた。
 一発のデコピンで心が少しだけ軽くなる。

 ところで、京子の悩みの種は桃也意外にもう一つあった。
 自室に入って鞄から取り出した缶コーヒーは、昨日駅で忍から貰ったものだ。

 ──『またね、京子』

 彼に言われた通り、缶で暖を取りながら家に帰った。
 すっかり冷めたコーヒーを仕事用にと持って来てはみたが、あの出会いは何だったんだろうか。

「あれ京子さん、今日オフでしたよね?」

 キーダーの集まるデスクルームに入るなり、美弦みつるが声を掛けてきた。

「おはよう、美弦。うん、ちょっとやり残したことあったなと思って」
「そうですか。お疲れ様です」

 美弦は何かを疑う事もなく自分の仕事を進める。休日に来るのはお互いに良くあることだ。
 京子は持ってきた缶コーヒーを机へ放して、数日振りにパソコンを開いた。

 やり残しの仕事はあっという間に片付いて、昨日綾斗に言われたメールチェックをしてみる。特に重要なものは来ていなかった。
 次に開いた共有フォルダのスケジュール表には、本部所属のキーダーの予定が書かれている。
 中でも大舎卿の欄は派手に赤のマーキングがされていて、『有給休暇』の文字が点滅していた。逆に真っ白なのが監察員の二人だ。
 ただ昨日の桃也の欄には、そこだけ『報告室』の文字がある。後にも先にも閲覧できる範囲にはそれだけで、京子は跳ねた寝癖をグリグリと指に巻き付けながら重い溜息を吐いた。

 「はぁ」と漏れた小さな声に被せて、部屋のスピーカーがピッと小さな音を立てる。
 どこかと繋がった合図に顔を上げると、パイロットのコージが京子を呼んだ。

『京子いる? 来てるならちょっと上がって来て欲しいんだけど』
「あ、はい。どうかしましたか?」
『長官が呼んでるぞ』
「えぇ……」

 やはりヘリで戻ってきたのは長官だったらしい。
 不快感たっぷりの嘆きを美弦にアピールしたところで、後ろの扉から修司が入って来た。

「あ、あれ。京子さん……」

 京子の顔を見るなり動揺する修司に、美弦が不審そうに眉を寄せた。

「アンタ何してんの?」
「いや、えっと。京子さん今日休みだって聞いてた気が……」
「何か私邪魔しちゃった?」
「そんな事ないですよ! ちょっと修司。アンタ、まさかスケベなことでも考えてたんじゃないでしょうね? 今から綾斗さんだって来るのよ?」

 すかさず声を荒げた美弦に、修司は「勝手な事言うなよ」と反論する。
 
「ごめんね、二人とも。ちょっと仕事残ってただけだから。それより長官のトコ行ってくるよ……あっ」

 まさかという悪い予感がして、京子は眉をひそめた。
 長官に呼ばれるなんて滅多にない事だ。もしや胸像にデコピンをしたお小言では──?

 胸像を地面から抜いて彰人あきひとに投げ付けたのは、もう二年半も前の事だ。
 蘇る記憶に一抹の不安を覚えて、京子は「とりあえず行ってくる」と足取りも重く部屋を出た。




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