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Episode4 京子
5 計画実行へのシミュレーション
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桃也の事を美弦たちに聞いた日の夜、彼からも同じ用件で一通のメールが届いた。上官たちに用があって、金曜日に数時間だけ本部に戻るらしい。
そこから週末までの落ち着かない数日間で、京子は別れ際のシミュレーションを何度したか分からない。
本部で聞いた話では、桃也を乗せて来るコージがその足で長官を別支部へ送るという。
彼の帰りが新幹線になるという事で、計画実行は駅のホームだ。扉の閉まりかけた、後戻りのできない一瞬を狙う。
アルガス入口にあるガラス扉の前で、京子は護兵に見守られながら、ぴょんと建物の中へ飛び込んだ。
「うん、バッチリ」
戦場にでも挑む気持ちで、京子は当日の朝を迎えた。
「おはようございます、京子さん」
「おはよう綾斗。今から学校?」
階段の上から降りてきた綾斗に挨拶する。
細身のジャケットを羽織った私服姿の彼は、アルガスの敷地内にある宿舎に住んでいる。かつての京子がそうだったように、大学生の彼も美弦や修司もここから学校に通っていた。
「はい。この時間に京子さんが来てるなんて珍しいですね。桃也さんは十時過ぎの予定ですよ」
「そうなんだ。午前中とは聞いてたんだけど、綾斗の方が詳しいね」
「本部関連の予定はパソコンの共有フォルダに入ってますからね。その調子だとメールもチェックしてないんじゃないですか? たまには目を通しておいて下さいね」
「う、うん」
パソコン作業があまり得意でない京子には、電源を入れる事自体ハードルが高い。ここ最近、レポートを書く時にしかパソコンを開いた記憶はなかった。
「そんな難しい顔しないで。じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
京子は綾斗を見送って、大階段へと踏み出した足を一度元に戻した。
門へ向けて歩く綾斗の背中をガラス越しに振り返ると、感覚の鋭い彼が京子の気配を感じ取ったのか、ふと足を止めてこちらに顔を向ける。
「え?」
驚いて京子が手を振ると、彼もまた手を振り返してきた。
「偶然……だよね」
桃也を追って電車に飛び乗るのは、キーダーとしての自分を捨てる覚悟だ。そしたらもう綾斗と仕事することもなく、このアルガスにいる意味もなくなってしまう。
そんな事して、本当にいいの──?
「やるって決めたでしょ?」
待ち続けるのは今日で最後。
揺らぐ決意を抑え付けるように、京子は胸に手を当てて階段を上った。
☆
桃也に会うたびに、すぐまたサヨナラの瞬間を想像して寂しくなるのはいつもの事だ。
けれど今日は普段と少し違っていた。
計画が成功すれば、もう何ヶ月と離れることはない。
屋上のヘリポートで桃也を迎えると、頭の中のシミュレーションに何度も出てきた彼が「ただいま」と短いタラップを降りてきた。
シャツにぶら提げた緑のタイが、風でバタバタとなびいている。
「お帰りなさい」と迎えた京子を、桃也が「久しぶり」と肩に抱きしめた。彼の匂いがいっぱいに広がって、泣いてしまいそうになる。
「久しぶりじゃないよ。ひと月だもん」
「まぁそうだな。今日はずっとオジサンたちんトコに籠るけど、帰りは一緒に駅まで行こうぜ」
「うん、嬉しい」
駅までの同行は自分から切り出すつもりだった。
ここまでは計画通り。
全てが順調に進んでいる気がして、京子は桃也を報告室へ送った後、『頑張るよ』と朱羽にメールを送った。
そこから週末までの落ち着かない数日間で、京子は別れ際のシミュレーションを何度したか分からない。
本部で聞いた話では、桃也を乗せて来るコージがその足で長官を別支部へ送るという。
彼の帰りが新幹線になるという事で、計画実行は駅のホームだ。扉の閉まりかけた、後戻りのできない一瞬を狙う。
アルガス入口にあるガラス扉の前で、京子は護兵に見守られながら、ぴょんと建物の中へ飛び込んだ。
「うん、バッチリ」
戦場にでも挑む気持ちで、京子は当日の朝を迎えた。
「おはようございます、京子さん」
「おはよう綾斗。今から学校?」
階段の上から降りてきた綾斗に挨拶する。
細身のジャケットを羽織った私服姿の彼は、アルガスの敷地内にある宿舎に住んでいる。かつての京子がそうだったように、大学生の彼も美弦や修司もここから学校に通っていた。
「はい。この時間に京子さんが来てるなんて珍しいですね。桃也さんは十時過ぎの予定ですよ」
「そうなんだ。午前中とは聞いてたんだけど、綾斗の方が詳しいね」
「本部関連の予定はパソコンの共有フォルダに入ってますからね。その調子だとメールもチェックしてないんじゃないですか? たまには目を通しておいて下さいね」
「う、うん」
パソコン作業があまり得意でない京子には、電源を入れる事自体ハードルが高い。ここ最近、レポートを書く時にしかパソコンを開いた記憶はなかった。
「そんな難しい顔しないで。じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
京子は綾斗を見送って、大階段へと踏み出した足を一度元に戻した。
門へ向けて歩く綾斗の背中をガラス越しに振り返ると、感覚の鋭い彼が京子の気配を感じ取ったのか、ふと足を止めてこちらに顔を向ける。
「え?」
驚いて京子が手を振ると、彼もまた手を振り返してきた。
「偶然……だよね」
桃也を追って電車に飛び乗るのは、キーダーとしての自分を捨てる覚悟だ。そしたらもう綾斗と仕事することもなく、このアルガスにいる意味もなくなってしまう。
そんな事して、本当にいいの──?
「やるって決めたでしょ?」
待ち続けるのは今日で最後。
揺らぐ決意を抑え付けるように、京子は胸に手を当てて階段を上った。
☆
桃也に会うたびに、すぐまたサヨナラの瞬間を想像して寂しくなるのはいつもの事だ。
けれど今日は普段と少し違っていた。
計画が成功すれば、もう何ヶ月と離れることはない。
屋上のヘリポートで桃也を迎えると、頭の中のシミュレーションに何度も出てきた彼が「ただいま」と短いタラップを降りてきた。
シャツにぶら提げた緑のタイが、風でバタバタとなびいている。
「お帰りなさい」と迎えた京子を、桃也が「久しぶり」と肩に抱きしめた。彼の匂いがいっぱいに広がって、泣いてしまいそうになる。
「久しぶりじゃないよ。ひと月だもん」
「まぁそうだな。今日はずっとオジサンたちんトコに籠るけど、帰りは一緒に駅まで行こうぜ」
「うん、嬉しい」
駅までの同行は自分から切り出すつもりだった。
ここまでは計画通り。
全てが順調に進んでいる気がして、京子は桃也を報告室へ送った後、『頑張るよ』と朱羽にメールを送った。
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