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Episode3 龍之介
84 未来と後悔
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神戸での仕事を済ませ、ヘリで福岡に入る。
桃也にとって九州支部はメインの拠点ではないが、一年を通してここに居る事は多かった。
同じ理由で、彰人は良く函館にある北海道支部に居る。
キーダーで監察員の肩書を付けるのは二人だけで、例外はあるがそれぞれに西と東の仕事を割り当てられていた。
そんな桃也も福岡に来るのは暫くぶりだ。
数日前から動き通しで、屋上に降りた途端どっと疲れが広がる。それでも明日からの新しい仕事へ備えて、体力のリセットと資料の読み込みをしなければならない。
「じゃあ、お疲れさん」
「お疲れ様です、コージさん。明日も宜しくお願いします」
「おぅ。ちゃんと寝とけよ」
「はい」
ヘリのエンジンがやんで、コクピットから降りたコージがサブパイロットを引き連れて去っていく。
辺りは真っ暗で、桃也は湾岸沿いの夜景に一息ついてから階段を下りた。
事務所のある二階に来たところで、偶然居合わせた佳祐がキリと太い眉をひそめる。
「こっち来たのか」
「今着いたところです。それってどういう意味ですか?」
「知らねぇのか? 本部で騒ぎがあったんだ。京子が怪我したって言うから、俺はてっきり──」
「京子が? 無事なんですか?」
「あぁ。命には問題ないらしい」
「そう……ですか」
初耳だった。
突然の襲撃だろうか。それを予測させるような情報は全く耳に入っていない。
佳祐の話によると、少し前に関東で騒がれていた窃盗団が、確保済みのトールを奪還しようと動いたらしい。説明の途中で京子が気になって、話が半分以上耳から抜けてしまった。
逸る気持ちを抑えられず、桃也は側にあった階段の手摺を握り締める。
「……そんな感じだ。分かったか?」
「は、はい。俺何も知らなくて」
「頭打ってるみてぇだから、暫く安静にって話だぞ」
「そんな……」
「矢代が恨みを持たれてたみてぇだけどな。矢代と京子で去年おかしなことしてただろ? そのツケが回ってきたんだな」
「あぁ──」
朱羽の手柄を京子が譲られたという話を聞いたのは、大分前だ。
その時、京子には『内緒だよ』と言われたが、佳祐が知っているとなると、もう周知の事なのかもしれない。
「俺、京子のこと──」
桃也は衝動的に屋上へと踵を返すが、ここから東京までのヘリ移動は緊急時を除いて一度途中で降りるのが規則だ。なら空港かと頭の中で選択肢を並べる。
「行って来いよ」
けれど、佳祐の一言で気持ちにブレーキがかかった。
彼が心から背中を押してくれているのは分かるが、甘えたくない。私情を優先できるような仕事をしているつもりはないからだ。
「明日から、俺が変わってもいいぜ?」
「いえ、俺がやります」
「意地張るなよ。京子の事は綾斗が診てるらしいけどよ、お前は京子の──」
「大丈夫です」
それを聞いて、途端に頭が冷静になる。
「そりゃ居るよな」
小さくボヤいた声は、階下で騒ぐコージたちの声に搔き消された。
今綾斗が京子の側に居るという事実に苛立つ気持ちは八割だ。残りの二割は良かったとホッとしている。
いつも一人の彼女が怪我をして、側に誰かが居てくれるならそれでいいと思った。
「なら、明日はお前が行け。京子にはちゃんと連絡するんだぞ?」
「はい」
「後悔を選ぶような生き方すんなって言ってんだ。俺みたいになるぞ」
「佳祐さん……?」
その返事をくれないまま去っていく彼の背中を見送って、桃也はスマホを鞄から取り出した。
電源を入れていなかった暗いモニターを見つめる。躊躇って触れた指はすぐにボタンを離れた。
「俺は未来をどうしたいんだ……?」
後悔への選択肢を見極められないまま、彼女と会わないことに後ろめたさばかり感じている。
今声を聴いたら、会いに行きたくなってしまうから──スマホを鞄に戻して、桃也は事務所へ向かった。
桃也にとって九州支部はメインの拠点ではないが、一年を通してここに居る事は多かった。
同じ理由で、彰人は良く函館にある北海道支部に居る。
キーダーで監察員の肩書を付けるのは二人だけで、例外はあるがそれぞれに西と東の仕事を割り当てられていた。
そんな桃也も福岡に来るのは暫くぶりだ。
数日前から動き通しで、屋上に降りた途端どっと疲れが広がる。それでも明日からの新しい仕事へ備えて、体力のリセットと資料の読み込みをしなければならない。
「じゃあ、お疲れさん」
「お疲れ様です、コージさん。明日も宜しくお願いします」
「おぅ。ちゃんと寝とけよ」
「はい」
ヘリのエンジンがやんで、コクピットから降りたコージがサブパイロットを引き連れて去っていく。
辺りは真っ暗で、桃也は湾岸沿いの夜景に一息ついてから階段を下りた。
事務所のある二階に来たところで、偶然居合わせた佳祐がキリと太い眉をひそめる。
「こっち来たのか」
「今着いたところです。それってどういう意味ですか?」
「知らねぇのか? 本部で騒ぎがあったんだ。京子が怪我したって言うから、俺はてっきり──」
「京子が? 無事なんですか?」
「あぁ。命には問題ないらしい」
「そう……ですか」
初耳だった。
突然の襲撃だろうか。それを予測させるような情報は全く耳に入っていない。
佳祐の話によると、少し前に関東で騒がれていた窃盗団が、確保済みのトールを奪還しようと動いたらしい。説明の途中で京子が気になって、話が半分以上耳から抜けてしまった。
逸る気持ちを抑えられず、桃也は側にあった階段の手摺を握り締める。
「……そんな感じだ。分かったか?」
「は、はい。俺何も知らなくて」
「頭打ってるみてぇだから、暫く安静にって話だぞ」
「そんな……」
「矢代が恨みを持たれてたみてぇだけどな。矢代と京子で去年おかしなことしてただろ? そのツケが回ってきたんだな」
「あぁ──」
朱羽の手柄を京子が譲られたという話を聞いたのは、大分前だ。
その時、京子には『内緒だよ』と言われたが、佳祐が知っているとなると、もう周知の事なのかもしれない。
「俺、京子のこと──」
桃也は衝動的に屋上へと踵を返すが、ここから東京までのヘリ移動は緊急時を除いて一度途中で降りるのが規則だ。なら空港かと頭の中で選択肢を並べる。
「行って来いよ」
けれど、佳祐の一言で気持ちにブレーキがかかった。
彼が心から背中を押してくれているのは分かるが、甘えたくない。私情を優先できるような仕事をしているつもりはないからだ。
「明日から、俺が変わってもいいぜ?」
「いえ、俺がやります」
「意地張るなよ。京子の事は綾斗が診てるらしいけどよ、お前は京子の──」
「大丈夫です」
それを聞いて、途端に頭が冷静になる。
「そりゃ居るよな」
小さくボヤいた声は、階下で騒ぐコージたちの声に搔き消された。
今綾斗が京子の側に居るという事実に苛立つ気持ちは八割だ。残りの二割は良かったとホッとしている。
いつも一人の彼女が怪我をして、側に誰かが居てくれるならそれでいいと思った。
「なら、明日はお前が行け。京子にはちゃんと連絡するんだぞ?」
「はい」
「後悔を選ぶような生き方すんなって言ってんだ。俺みたいになるぞ」
「佳祐さん……?」
その返事をくれないまま去っていく彼の背中を見送って、桃也はスマホを鞄から取り出した。
電源を入れていなかった暗いモニターを見つめる。躊躇って触れた指はすぐにボタンを離れた。
「俺は未来をどうしたいんだ……?」
後悔への選択肢を見極められないまま、彼女と会わないことに後ろめたさばかり感じている。
今声を聴いたら、会いに行きたくなってしまうから──スマホを鞄に戻して、桃也は事務所へ向かった。
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