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Episode3 龍之介

82 怯える彼女

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 噴き上げる水飛沫みずしぶきを浴びて再び意識を取り戻した銀次ぎんじを、龍之介と修司で支えながらアルガスへ戻る。
 フラつく彼の運び方がそれで良かったのかは分からないけれど、一刻も早く解毒剤を飲ませることを優先させた。

 アルガスは既に騒動が収まっていて、門ですれ違った消防車が遠ざかると、途端に静けさが広がる。
 敷地内に何台か停車しているパトカーの赤色灯は、くるくると闇を赤く照らしていた。
 焼け焦げたような匂いはするが、建物は無事に見える。
 門から建物までの芝生が水浸しで真ん中が大きく陥没しているのは、シェイラの使った手榴弾のせいだろうか。

 乾いたコンクリートに銀次を寝かせると、端に止めてあったパトカーの横からツインテールの暗いシルエットが駆け寄って来るのが見えた。
 力が抜けていくように、修司が安堵する。

「修司!」

 一直線に彼へ詰め寄り、美弦みつるは怒り声を震わせた。

「ちょっと、ずぶ濡れじゃない」
「火消すのに必死だったからな。こっちも凄かったみたいだけど、美弦が無事で良かったよ」
「私──何もしてないもの。全部綾斗あやとさんがやってくれたから」

 確かに美弦は修司がアルガスを出た時のままだ。

「綾斗さんの指示で大人しくしてたんだろ? ジッとしてられただけ上出来なんじゃねぇ? それにお前だって龍之介を守ったじゃねぇか。そんな悔しそうな顔すんなよ」
「悔しそうになんかしてないわよ!」

 「馬鹿」と言ったまま下を向いてしまった美弦の頭に、修司が「お疲れ」と銀環ぎんかんの付いた手を乗せた。
 そんな様子を傍からぼんやりと見ていたガイアが、ハッとして顔を上げる。

「シェイラ……」

 ギィと開いた扉から、綾斗とマサに連れられた彼女が姿を見せた。
 服装に乱れのない二人とは対照的に、シェイラは爆撃でも受けたかのように全身をすすで汚している。裂かれた血塗れのシャツから肌が覗いていた。

 押し黙ったまま俯くシェイラに駆け寄って、朱羽が肩を掴む。

「解毒剤を出して。銀次くんを死なせたくないの!」

 朱羽の勢いに目をすがめて、シェイラは怒りを滲ませる。

「アンタがあの時の女だったのね」

 ポケットから取り出した鮮やかなピンク色のボトルには、白い錠剤が一粒だけ入っていた。
 朱羽は彼女の手からそれを奪い取ると、青冷めた銀次の頭を持ち上げて、「飲んで」と唇へねじ込む。修司の汲んできた水を無理矢理口に流し込むと、銀次が「グエホッ」と大きく咳込んで再び意識を失ってしまった。

「銀次!」

 慌てる龍之介に、シェイラが「寝てれば平気よ」と呟く。そして彼女は突然火をつけたようにマサの前に飛び出た。
 触れる手前で不自然に全身をビクンと硬直させたのは、横で綾斗が彼女の動きを止めたせいだ。念動力──能力者の力だ。

「またアンタが!」

 怒り顔から声を震わせて、シェイラが平然とする綾斗を睨む。あんなに強気だった彼女が今脅えているようにさえ見えるのは、さっきの戦闘でそうさせる何かが二人の間にあったのかもしれない。
 シェイラはすがる様に長身のマサを見上げた。

「お願い、ウィルに会わせてよ。一目で良いの。そしたら言う事聞くから!」

 彼女の中で、最年長のマサが望みだと思ったのだろうか。見えない壁を突き破る勢いで、シェイラは空間に身体を押し付けた。途中溢れ出した涙を堪えながら最後まで言い切ると、そのままうわあっと泣き崩れる。

 彼女はノーマルで、バスクだったウィルやガイアとは取り締まる管轄が違う。
 マサは遠くのパトカーを見やって、「駄目だ」と即答した。

「お前は、警察に引き渡さなきゃならねぇからな。俺たちアルガスの人間は、お前を地下へ連れて行くリスクなんて背負いたくねぇんだよ」

 黙ったまま下を向くシェイラに龍之介は何もできなかった。けれど、あさっての方を向いたマサが「馬鹿野郎」と大きく溜息を吐き出す。

「好きな相手のこと考えると周りが見えなくなるのは分かるぜ。けど、やり方を選べよ。仲間を巻き込むんじゃねぇ」
「説教するつもり?」
「やって良い事と悪い事の判断位しろって言ってんだ。大人だろ? お前に恩なんて何もねぇが、自分の罪を認めて償うっていうなら、ひと目ぐらい会わせてやろうか?」

 突然の恩情に、朱羽が声を張り上げた。

「甘いですよ、マサさん!」
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