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Episode3 龍之介
77 風向きの変わる合図
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アルガスの方角に立ち上る炎が気になるが、実際はこちらの被害の方が数倍も規模が大きいように見える。
今焼けているのは、メインとも言える二つの大きな倉庫だ。
これ以上の延焼は避けたいが、そろそろ限界を思わせる程に炎は勢いを増していた。
熱風が吹き付ける中、再び銀次と修司の戦いが始まる。
銀次の手からは確かにキーダーのそれと同じ光が出ていた。キーダーになりたての修司と、ほぼ互角だ。彼は本当に能力者になってしまったのだろうか。
「お前どんな薬飲んだんだよ。ちょっと驚きなんだけど?」
「錠剤ですよ、ほんの小さなものを一錠だけ」
親指と人差し指で小さな隙間を作って見せた銀次に、修司は「それだけ?」と仰天する。
この世に能力を得られる薬があるのなら、それを作った人間が存在する筈だ。ずっと三人だと思っていた敵が、急に組織的なものに感じて、龍之介は恐怖を覚える。
修司の構える趙馬刀の刃は、最初に見たよりも大分小振りに見えた。細く長かったはずの刃が、短剣のように短い。
趙馬刀の刃は、生成した本人の体力やら能力に比例するものなのだろうか。
昼間からずっと緊張状態の修司は、慣れない戦闘に疲労が増している筈だ。
「だとしたら、マズいんじゃないのか?」
龍之介は掌の汗をさすまたの柄に握り締め、二人の戦いを見守った。
一つ、二つと連続で修司が光を投げつけると、三つ目が銀次の太腿をかすめる。片足を軸にフラリとよろめいた銀次に修司は「よし」と目を光らせ、四つ目を飛ばした。
けれどそれは弾かれてしまう。
「アンタ本当に初めて? 武道か何かやってたの?」
「体育の授業で剣道をかじった程度です」
「体育かよ」
慣れているとまでは言わないけれど、龍之介の素人目でも銀次が苦戦しているようには見えなかった。勉強どころか運動神経も群を抜いたパラメーターの高さは、女子の興味を引き付けるだけのものではないようだ。
「それでも俺が今使える力は、バスクのほんの数分の一。それって銀環をしたキーダーと同じってことですよね」
能力者の持つ力は未知数だ。
使う本人の制御できる範疇を超えて、大暴走を起こす可能性があるという。それを防ぐ為に、キーダーは銀環で力を抑制されている。
「対等だって言いたいのか。けど、そんな身体でどうやって戦う? ここでやめてもいいんだぜ?」
「こんな怪我、大したことないですよ」
「怪我だけのことを言ってんじゃねぇよ」
薬の副作用が消えたとは思えないが、銀次は言葉通り本気モードだ。
引きずった脚で体制を整え、空の手を修司へ向ける。
「やらせるか!」
銀次の掌から光が放射状に広がった。
対する修司は迎撃に趙馬刀を構えるが、光は彼の手中でみるみると光を失っていく。
「ちょっ、何で?」
それは彼の意思によるものかと思ったが、そうじゃない。
修司は慌てて攻撃を横に逃れた。
龍之介の悪い予感が的中する。
修司の疲労に形を保てなくなった刀が、光を失って柄の状態に戻ってしまった。
動揺する修司を狙って、銀次は「らっきぃ」と光の球で追撃する。
「やめろ、銀次!」
龍之介の叫びに答えるように、今度は海側から小さな風の音が届いた。
炎の向こう側に起きた変化に、戦闘中の二人はすぐに気付かない。
風向きの変わる合図だ。
龍之介が音の方を振り向くと、炎の壁の中心を白い光が高速で射貫いた。
光は銀次の攻撃を衝突の寸前で真っ二つに破裂させる。
割れた炎の向こうに現れた待望の彼女に、龍之介と修司は声を揃えた。
「朱羽さん!!」
「まさかとは思ったけど、間に合って良かったわ」
ヒロインの登場だ。
「舐めるなよ!」と後を追ってきたガイアの攻撃を高い跳躍でかわした朱羽は、修司と龍之介の無事を確認してホッと表情を緩めた。
「朱羽さん、アルガスにシェイラが!」
「えぇ。ちょっとハメられたわね」
この戦場がサブである事実に、彼女も気付いている。
遠くの炎を仰いでニコリと笑むと、朱羽は静かに立ち尽くす銀次を振り向いた。
「銀次くん、うちの子たちを傷つけないでくれる?」
「傷つけようなんて思っていませんよ。俺はただ仕事してるだけです」
薬の影響か、余裕のセリフとは裏腹に銀次の顔は青ざめていた。
今焼けているのは、メインとも言える二つの大きな倉庫だ。
これ以上の延焼は避けたいが、そろそろ限界を思わせる程に炎は勢いを増していた。
熱風が吹き付ける中、再び銀次と修司の戦いが始まる。
銀次の手からは確かにキーダーのそれと同じ光が出ていた。キーダーになりたての修司と、ほぼ互角だ。彼は本当に能力者になってしまったのだろうか。
「お前どんな薬飲んだんだよ。ちょっと驚きなんだけど?」
「錠剤ですよ、ほんの小さなものを一錠だけ」
親指と人差し指で小さな隙間を作って見せた銀次に、修司は「それだけ?」と仰天する。
この世に能力を得られる薬があるのなら、それを作った人間が存在する筈だ。ずっと三人だと思っていた敵が、急に組織的なものに感じて、龍之介は恐怖を覚える。
修司の構える趙馬刀の刃は、最初に見たよりも大分小振りに見えた。細く長かったはずの刃が、短剣のように短い。
趙馬刀の刃は、生成した本人の体力やら能力に比例するものなのだろうか。
昼間からずっと緊張状態の修司は、慣れない戦闘に疲労が増している筈だ。
「だとしたら、マズいんじゃないのか?」
龍之介は掌の汗をさすまたの柄に握り締め、二人の戦いを見守った。
一つ、二つと連続で修司が光を投げつけると、三つ目が銀次の太腿をかすめる。片足を軸にフラリとよろめいた銀次に修司は「よし」と目を光らせ、四つ目を飛ばした。
けれどそれは弾かれてしまう。
「アンタ本当に初めて? 武道か何かやってたの?」
「体育の授業で剣道をかじった程度です」
「体育かよ」
慣れているとまでは言わないけれど、龍之介の素人目でも銀次が苦戦しているようには見えなかった。勉強どころか運動神経も群を抜いたパラメーターの高さは、女子の興味を引き付けるだけのものではないようだ。
「それでも俺が今使える力は、バスクのほんの数分の一。それって銀環をしたキーダーと同じってことですよね」
能力者の持つ力は未知数だ。
使う本人の制御できる範疇を超えて、大暴走を起こす可能性があるという。それを防ぐ為に、キーダーは銀環で力を抑制されている。
「対等だって言いたいのか。けど、そんな身体でどうやって戦う? ここでやめてもいいんだぜ?」
「こんな怪我、大したことないですよ」
「怪我だけのことを言ってんじゃねぇよ」
薬の副作用が消えたとは思えないが、銀次は言葉通り本気モードだ。
引きずった脚で体制を整え、空の手を修司へ向ける。
「やらせるか!」
銀次の掌から光が放射状に広がった。
対する修司は迎撃に趙馬刀を構えるが、光は彼の手中でみるみると光を失っていく。
「ちょっ、何で?」
それは彼の意思によるものかと思ったが、そうじゃない。
修司は慌てて攻撃を横に逃れた。
龍之介の悪い予感が的中する。
修司の疲労に形を保てなくなった刀が、光を失って柄の状態に戻ってしまった。
動揺する修司を狙って、銀次は「らっきぃ」と光の球で追撃する。
「やめろ、銀次!」
龍之介の叫びに答えるように、今度は海側から小さな風の音が届いた。
炎の向こう側に起きた変化に、戦闘中の二人はすぐに気付かない。
風向きの変わる合図だ。
龍之介が音の方を振り向くと、炎の壁の中心を白い光が高速で射貫いた。
光は銀次の攻撃を衝突の寸前で真っ二つに破裂させる。
割れた炎の向こうに現れた待望の彼女に、龍之介と修司は声を揃えた。
「朱羽さん!!」
「まさかとは思ったけど、間に合って良かったわ」
ヒロインの登場だ。
「舐めるなよ!」と後を追ってきたガイアの攻撃を高い跳躍でかわした朱羽は、修司と龍之介の無事を確認してホッと表情を緩めた。
「朱羽さん、アルガスにシェイラが!」
「えぇ。ちょっとハメられたわね」
この戦場がサブである事実に、彼女も気付いている。
遠くの炎を仰いでニコリと笑むと、朱羽は静かに立ち尽くす銀次を振り向いた。
「銀次くん、うちの子たちを傷つけないでくれる?」
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