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Episode3 龍之介
68 結婚式前の花婿
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──『キーダーやバスクと同じ力を得られるとしても?』
アルガスの大階段を駆け足で下りながら、龍之介は公園でシェイラと交わした言葉を朱羽に伝えた。
「誘いに乗らなかったのは偉いけど、自分から先に話して欲しかったわ」
スネる朱羽に、龍之介は「すみません」と謝る。
「けど、銀次は本当にガイア達の仲間になったと思いますか?」
人気のない廊下に、小声で話したはずの会話が響いた。
銀次がシェイラの薬を飲んだかどうかは分からないが、昼間公園で話した時と様子が違っていたのは明らかだ。
「分からないわ。キーダーの力を得られる薬なんて作れるとは思えないけど、絶対なんて言いきれる事実は何もないから。今はそうでないことを祈るだけよ」
龍之介もそんなものが存在するとは思えないし、得体の知れない薬を口にしたら天国の扉が開かれてしまう気もする。
「どんな説得されたら、そんなの飲もうなんて思えるんだよ」
能力と引き換えに、命をドブに捨てるような行為だ。
医者の家系で育った銀次がリスクを考えないわけはないだろう。けれど、そんな家柄を嫌っているようにも見えたし、銀次がずっとキーダーになりたかったのも事実だ。
戦いの最後に『もういいわ』と言ったシェイラの声が耳に蘇る。銀次という次の手段を得た彼女があのセリフを零したのだろうか。
「朱羽さん、これって罠なんじゃないですか?」
「罠じゃないわよ。私、騙されていないもの。戦う覚悟で行くんだから」
朱羽は龍之介の不安を跳ね除けるように答えると、入口の護兵を待たずに扉を乱暴に開けた。
「何だ、お前ら。朱羽、その格好は……」
建物の外に出たところで、マサの声が暗闇の奥から二人を迎えた。
朱羽のハッとした息遣いが耳に届いて、龍之介はねっとりと貼りつく湿度に汗ばんだ掌を握り締める。
「マサさんこそ、どうして」
「キーダーが二人も怪我してるからな。今回は俺も戦力の一人なんだってよ」
ヘルメット姿の彼が暗闇から姿を現す。婚約者の所へ行くと言っていた彼だが、予定変更でアルガスの警備についたらしい。
よく見ると、敷地内の暗がりに施設員の姿がパラパラと見受けられた。公園の戦闘からずっとアルガスは厳戒態勢のままだ。
「マサさん、埠頭での戦闘許可と周辺の警備要請をお願いします」
朱羽は電話の件を早口に伝える。
マサは龍之介を一瞥して「分かった」と頷いた。
「オッサンたちには俺が伝える。そしたら俺も――」
「マサさんは駄目です! この先は私に任せて下さい」
強めに声を重ねて、朱羽は自分の鼻の前で人差し指をクロスさせた。
「俺に行くなって? 寂しいこと言ってくれるじゃねぇか」
「結婚式前の花婿を、傷物にはできないってことですよ」
「それって花嫁に言うもんなんじゃねぇの?」
マサは豪快に笑って、大きな右手で自分のヘルメットを深く頭に押し付けた。
「マサさんが来たら、私が頼ってしまいます。だから、ここに居て下さい」
「まぁウィルが居る以上、ここをガラ空きにはできねぇからな。俺は俺の仕事をさせてもらうぜ」
アルガスの地下牢に、シェイラの恋人・ウィルが捕まっている。この戦いの目的がウィルの奪還だとすれば、ここも戦場になり得るだろう。
「お前も行くのか?」
マサに聞かれて、龍之介は「はい」と答える。彼は同行を止めようとはしなかった。
「お前ら死ぬなよ? 龍之介を連れて行くなら、お前も覚悟はできてるんだろうな?」
「はい」と答える朱羽に「よし」と笑顔を向けて、マサは龍之介の肩を叩く。
「ノーマルだって幾らでも戦える。けど、同行を許した朱羽を泣かすなよ? 生きて戻れって意味だからな? IDを持ったら立派なアルガスの一員だ。お前が死ぬのも生きるのも自分自身の責任だぞ?」
「はい、ありがとうございます」
元キーダーのマサは、その力を突然失ったという。
銀次が飲んだかもしれない薬が本当に力を得るものだとしたら、彼はそれを飲みたいと思うのだろうか。
マサは走り去ろうとする朱羽を呼び止める。
「そうだ朱羽。俺、お前に昔、ここに戻れないようなら他の道を進めるって話したよな? 俺の勝手ですまねぇが、あそこに留まる選択もアリなんじゃないかって思ってな。お前はキーダーなんだし、好き勝手してもいいだろ?」
「もう大丈夫ですよ。これからの事、ちゃんと決めましたから」
「そうか」と微笑んで、マサは建物の中へと駆け込んでいく。
遠ざかる彼の背から、朱羽はくるりと踵を返した。泣きそうに歪んだ表情が、少しだけ笑ったように見える。
きっとまだ彼女の心には彼が居るのだろうけれど、龍之介には彼女の胸の閊えが少しだけ取れたように見えた。
アルガスの大階段を駆け足で下りながら、龍之介は公園でシェイラと交わした言葉を朱羽に伝えた。
「誘いに乗らなかったのは偉いけど、自分から先に話して欲しかったわ」
スネる朱羽に、龍之介は「すみません」と謝る。
「けど、銀次は本当にガイア達の仲間になったと思いますか?」
人気のない廊下に、小声で話したはずの会話が響いた。
銀次がシェイラの薬を飲んだかどうかは分からないが、昼間公園で話した時と様子が違っていたのは明らかだ。
「分からないわ。キーダーの力を得られる薬なんて作れるとは思えないけど、絶対なんて言いきれる事実は何もないから。今はそうでないことを祈るだけよ」
龍之介もそんなものが存在するとは思えないし、得体の知れない薬を口にしたら天国の扉が開かれてしまう気もする。
「どんな説得されたら、そんなの飲もうなんて思えるんだよ」
能力と引き換えに、命をドブに捨てるような行為だ。
医者の家系で育った銀次がリスクを考えないわけはないだろう。けれど、そんな家柄を嫌っているようにも見えたし、銀次がずっとキーダーになりたかったのも事実だ。
戦いの最後に『もういいわ』と言ったシェイラの声が耳に蘇る。銀次という次の手段を得た彼女があのセリフを零したのだろうか。
「朱羽さん、これって罠なんじゃないですか?」
「罠じゃないわよ。私、騙されていないもの。戦う覚悟で行くんだから」
朱羽は龍之介の不安を跳ね除けるように答えると、入口の護兵を待たずに扉を乱暴に開けた。
「何だ、お前ら。朱羽、その格好は……」
建物の外に出たところで、マサの声が暗闇の奥から二人を迎えた。
朱羽のハッとした息遣いが耳に届いて、龍之介はねっとりと貼りつく湿度に汗ばんだ掌を握り締める。
「マサさんこそ、どうして」
「キーダーが二人も怪我してるからな。今回は俺も戦力の一人なんだってよ」
ヘルメット姿の彼が暗闇から姿を現す。婚約者の所へ行くと言っていた彼だが、予定変更でアルガスの警備についたらしい。
よく見ると、敷地内の暗がりに施設員の姿がパラパラと見受けられた。公園の戦闘からずっとアルガスは厳戒態勢のままだ。
「マサさん、埠頭での戦闘許可と周辺の警備要請をお願いします」
朱羽は電話の件を早口に伝える。
マサは龍之介を一瞥して「分かった」と頷いた。
「オッサンたちには俺が伝える。そしたら俺も――」
「マサさんは駄目です! この先は私に任せて下さい」
強めに声を重ねて、朱羽は自分の鼻の前で人差し指をクロスさせた。
「俺に行くなって? 寂しいこと言ってくれるじゃねぇか」
「結婚式前の花婿を、傷物にはできないってことですよ」
「それって花嫁に言うもんなんじゃねぇの?」
マサは豪快に笑って、大きな右手で自分のヘルメットを深く頭に押し付けた。
「マサさんが来たら、私が頼ってしまいます。だから、ここに居て下さい」
「まぁウィルが居る以上、ここをガラ空きにはできねぇからな。俺は俺の仕事をさせてもらうぜ」
アルガスの地下牢に、シェイラの恋人・ウィルが捕まっている。この戦いの目的がウィルの奪還だとすれば、ここも戦場になり得るだろう。
「お前も行くのか?」
マサに聞かれて、龍之介は「はい」と答える。彼は同行を止めようとはしなかった。
「お前ら死ぬなよ? 龍之介を連れて行くなら、お前も覚悟はできてるんだろうな?」
「はい」と答える朱羽に「よし」と笑顔を向けて、マサは龍之介の肩を叩く。
「ノーマルだって幾らでも戦える。けど、同行を許した朱羽を泣かすなよ? 生きて戻れって意味だからな? IDを持ったら立派なアルガスの一員だ。お前が死ぬのも生きるのも自分自身の責任だぞ?」
「はい、ありがとうございます」
元キーダーのマサは、その力を突然失ったという。
銀次が飲んだかもしれない薬が本当に力を得るものだとしたら、彼はそれを飲みたいと思うのだろうか。
マサは走り去ろうとする朱羽を呼び止める。
「そうだ朱羽。俺、お前に昔、ここに戻れないようなら他の道を進めるって話したよな? 俺の勝手ですまねぇが、あそこに留まる選択もアリなんじゃないかって思ってな。お前はキーダーなんだし、好き勝手してもいいだろ?」
「もう大丈夫ですよ。これからの事、ちゃんと決めましたから」
「そうか」と微笑んで、マサは建物の中へと駆け込んでいく。
遠ざかる彼の背から、朱羽はくるりと踵を返した。泣きそうに歪んだ表情が、少しだけ笑ったように見える。
きっとまだ彼女の心には彼が居るのだろうけれど、龍之介には彼女の胸の閊えが少しだけ取れたように見えた。
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