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Episode3 龍之介
58 ファーストキス
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嫌がる美弦の腕を引いて、修司は強引に彼女の自室へ入り込んだ。
1フロア分移動する間、廊下には悲鳴に似た泣き声や怒号が響いていたが、触らぬ神に何とやらで、誰一人と様子を見に出てくることはなかった。
ただ、昼の騒ぎからの警戒命令で暇な人間などいないという線が妥当かもしれない。
美弦は治まらない涙を腕で拭い、真っ赤な目で修司を睨んだ。
「修司の馬鹿」
「お前はそれしか言えないのかよ。怒る元気があんのはいいけど、泣くか怒るかどっちかにしろよ」
「だって……」
「まぁ、お前らしいか」
美弦は何か言おうとした唇をきゅっと尖らせて、不満気に目を潤ませる。
「で、アイツと何喋ってたんだよ」
「……ったのよ」
「え?」
こんなにも号泣する美弦を見たのは初めてだった。
神経に障るような事を龍之介が言ったとは思えないが、何か思い出したらしい美弦の目からまた涙が滲んで、修司はそれを受け止めるように彼女を抱き締めた。
「アイツの言う事なんて気にすんな。最近お前アイツの事ばっかじゃねぇか。俺に嫉妬させんなよ」
「そういうのじゃないわよ」
機嫌は悪いままだが、美弦は腕の中にすっぽりと収まって抵抗しなかった。
修司が初めて龍之介に会った時、既に二人は顔見知りだった。そこから何かある度に美弦は龍之介の意見に賛同している気がして、面白くない。
美弦は修司の胸に額を押し付けながら、胸の内を零した。
「アイツ、ノーマルのくせに朱羽さんを助けたいとか言うんだもの。弱いのに、何で無茶しようとするの? それでヒーローにでもなったつもり? 朱羽さんが喜ぶと思ってるのかしら。弱いのに!」
「弱い、弱いって。それ俺にも言ってるだろ」
「言ってるわよ!」
躊躇わずハッキリと答えて、美弦は腕の中で修司を見上げる。顔と顔の距離が急に縮まって、修司は動揺を隠すように彼女の頭を撫でた。
「そんなバッサリ切るなよ。男心だろ?」
「そんなの女の私に分かるわけないじゃない」
「そうだよ、分かんねぇよ。俺だって女心は分かんねぇし。いいか、アイツは朱羽さんを喜ばせたくてそんな事言ったんじゃないと思う。好きなんだろ? ジッとしていらんねぇんだよ」
「はぁ? アンタもそんな事考えてるの?」
「考えてるよ。弱いなりに考えてる。その怪我だって心配したんだからな?」
好きな女子が切られたと聞いて平然としている方がおかしいし、敵を討ちたいと思うのは自然なことだと思う。たとえ自分の能力が見合わない事だと分かっていても、何もしなかったら後悔する未来しか見えない。
今日の戦いで、龍之介は朱羽を庇って飛び出したという。
アルガスの指揮する戦いで、訓練経験のないノーマルが加勢するなどあってはならない事だろうけれど、彼はきっと後悔していないだろう。
コンサートホールで戦った時の自分と同じだと修司は思った。
あの時、律の攻撃から京子を庇おうとした。あれが美弦だったら、取り乱していたかもしれない。
「お前の言ってることが正しいってことくらい、分かってんだよ。ノーマルが前線に居るのもおかしいし、訓練不足の俺がお前を守ろうって粋がるのも、無謀だってのは分かるんだ」
「だったら、アンタもここでじっとしていなさいよ」
「俺だってキーダーなんだよ」
戦いに行く恐怖は、ヘリから飛び降りることに比べたら微々たるものだ。
「だったら私も行くわ」
「その怪我で何かあったらどうすんだよ。怪我人なんて格好の的だろ?」
「私だって、心配なのよ。怪我人だって自覚もしてるわ」
美弦は真っ赤な顔で強気に訴える。
「百パーセントやられるとは限らないだろ? それに、ここだって安全って訳でもない。もしもの時はお前だって出なきゃならなくなるんだから」
「…………」
「ずっとここに居れればいいんだけど、そういう訳にもいかねぇから。無事でいろよ?」
「言われなくても無事でいるわよ」
「うん、それでいい」
修司は少し屈んで、美弦の唇にキスをした。初めてのキスはほんのりと塩辛い味がする。
「ちょっと……何すんのよ」
「嫌だった?」
美弦は腑に落ちない気持ちを目で訴えて、横に振った顔を修司の胸に埋めた。そしてまた同じセリフを吐く。
「修司の馬鹿。ちゃんと帰ってこなかったら、アンタのその銀環外してやるんだから」
「そりゃ意地でも無事に帰ってこないとな」
もう少しこのままで居られたらいいと思いながら、修司は名残惜しく彼女の小さな肩を抱き締めた。
1フロア分移動する間、廊下には悲鳴に似た泣き声や怒号が響いていたが、触らぬ神に何とやらで、誰一人と様子を見に出てくることはなかった。
ただ、昼の騒ぎからの警戒命令で暇な人間などいないという線が妥当かもしれない。
美弦は治まらない涙を腕で拭い、真っ赤な目で修司を睨んだ。
「修司の馬鹿」
「お前はそれしか言えないのかよ。怒る元気があんのはいいけど、泣くか怒るかどっちかにしろよ」
「だって……」
「まぁ、お前らしいか」
美弦は何か言おうとした唇をきゅっと尖らせて、不満気に目を潤ませる。
「で、アイツと何喋ってたんだよ」
「……ったのよ」
「え?」
こんなにも号泣する美弦を見たのは初めてだった。
神経に障るような事を龍之介が言ったとは思えないが、何か思い出したらしい美弦の目からまた涙が滲んで、修司はそれを受け止めるように彼女を抱き締めた。
「アイツの言う事なんて気にすんな。最近お前アイツの事ばっかじゃねぇか。俺に嫉妬させんなよ」
「そういうのじゃないわよ」
機嫌は悪いままだが、美弦は腕の中にすっぽりと収まって抵抗しなかった。
修司が初めて龍之介に会った時、既に二人は顔見知りだった。そこから何かある度に美弦は龍之介の意見に賛同している気がして、面白くない。
美弦は修司の胸に額を押し付けながら、胸の内を零した。
「アイツ、ノーマルのくせに朱羽さんを助けたいとか言うんだもの。弱いのに、何で無茶しようとするの? それでヒーローにでもなったつもり? 朱羽さんが喜ぶと思ってるのかしら。弱いのに!」
「弱い、弱いって。それ俺にも言ってるだろ」
「言ってるわよ!」
躊躇わずハッキリと答えて、美弦は腕の中で修司を見上げる。顔と顔の距離が急に縮まって、修司は動揺を隠すように彼女の頭を撫でた。
「そんなバッサリ切るなよ。男心だろ?」
「そんなの女の私に分かるわけないじゃない」
「そうだよ、分かんねぇよ。俺だって女心は分かんねぇし。いいか、アイツは朱羽さんを喜ばせたくてそんな事言ったんじゃないと思う。好きなんだろ? ジッとしていらんねぇんだよ」
「はぁ? アンタもそんな事考えてるの?」
「考えてるよ。弱いなりに考えてる。その怪我だって心配したんだからな?」
好きな女子が切られたと聞いて平然としている方がおかしいし、敵を討ちたいと思うのは自然なことだと思う。たとえ自分の能力が見合わない事だと分かっていても、何もしなかったら後悔する未来しか見えない。
今日の戦いで、龍之介は朱羽を庇って飛び出したという。
アルガスの指揮する戦いで、訓練経験のないノーマルが加勢するなどあってはならない事だろうけれど、彼はきっと後悔していないだろう。
コンサートホールで戦った時の自分と同じだと修司は思った。
あの時、律の攻撃から京子を庇おうとした。あれが美弦だったら、取り乱していたかもしれない。
「お前の言ってることが正しいってことくらい、分かってんだよ。ノーマルが前線に居るのもおかしいし、訓練不足の俺がお前を守ろうって粋がるのも、無謀だってのは分かるんだ」
「だったら、アンタもここでじっとしていなさいよ」
「俺だってキーダーなんだよ」
戦いに行く恐怖は、ヘリから飛び降りることに比べたら微々たるものだ。
「だったら私も行くわ」
「その怪我で何かあったらどうすんだよ。怪我人なんて格好の的だろ?」
「私だって、心配なのよ。怪我人だって自覚もしてるわ」
美弦は真っ赤な顔で強気に訴える。
「百パーセントやられるとは限らないだろ? それに、ここだって安全って訳でもない。もしもの時はお前だって出なきゃならなくなるんだから」
「…………」
「ずっとここに居れればいいんだけど、そういう訳にもいかねぇから。無事でいろよ?」
「言われなくても無事でいるわよ」
「うん、それでいい」
修司は少し屈んで、美弦の唇にキスをした。初めてのキスはほんのりと塩辛い味がする。
「ちょっと……何すんのよ」
「嫌だった?」
美弦は腑に落ちない気持ちを目で訴えて、横に振った顔を修司の胸に埋めた。そしてまた同じセリフを吐く。
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