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Episode3 龍之介
56 痛みの理由は
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アルガスに着くと辺りはすっかり暗くなっていた。小雨がパラつく中を建物の中へ駆け込んで、龍之介は階段を上る朱羽を追い掛ける。
途中、人気のない二階の食堂に立ち寄った彼女は、ポケットから取り出したピルケースの薬を多めの水で流し込んだ。
「頭痛むんですか?」
「結構前から痛かったんだけど、持ち歩いてたの忘れてたわ。龍之介さっきはありがとう。あんなことさせちゃって、キーダー失格ね」
「そんなことないですよ」
彼女の部屋に転がっていた瓶を思い出して、龍之介は蘇る不安を溜息に逃がした。
朱羽が端のテーブルに腰を下ろして、龍之介も向かいの椅子を引く。持ってきたさすまたは、側の壁に立て掛けた。
「俺が出しゃばっただけです。銀環はキーダーの力を抑制するっていうのに、朱羽さん互角だったじゃないですか」
「互角……だったら少しは成長してるって事かしら。何か私が意地張ってるせいで、みんなを傷つけちゃってるわね」
「悪い結果ばかり拾って落ち込むのは良くないですよ。朱羽さんが故意にそうさせたわけじゃないんですから」
「慰めてくれるんだ」
「俺は、朱羽さんの側に……じゃなくて。ここで働いていたいんです」
側に居たいと口が滑りそうになって、慌てて言葉を選んだ。それでも自分の気持ちを伝えなければ、彼女が離れていってしまいそうな気がする。
憂いに沈む朱羽は「うん」と小さく返事して、左手の銀環をそっと握り締めた。
「キーダーの銀環には力を抑制する機能が付いているけど、私のコレにはそれがないのよ。バスクの暴走って聞いて意味は分かる?」
「能力者が起こす爆発の事ですよね? 俺の爺ちゃんがキーダーの事良く思っていない人で、『大晦日の白雪』は能力者が起こした暴走だろうって言ってました」
久しぶりに祖父の事を思い出す。
爆音と地鳴りを感じた翌日に正月飾りをしまった祖父の思いは、今になって少しだけ理解できる気がした。
「稀な力は恐怖に映ってしまうもの、能力者を否定したくなる気持ちも分からないわけじゃないわ。詳しくは言えないけど『大晦日の白雪』も貴方が言う通りよ。あんな事を繰り返さないために、能力者には銀環を付ける義務があるんだから」
「銀環をしていれば大丈夫って事なんですか?」
「一応ね。あんまり使わないけど、私たちの力は『能力値』って呼び方で数値化できるの。キーダーやバスク関係なく、普段出せる力は60~70くらいかしら。暴走っていうのは、何かをきっかけにしてそれが一瞬で300くらいに跳ね上がってしまう事よ」
「さっき慰霊塔で見たのが60~70なんですか。それが300って、怖いですね」
「銀環を付けたキーダーは、60を超えないくらいに調整されているわ。それでも差は出ちゃうんだけどね」
テーブルの上に組んだ両手の人差し指をグリグリと回しながら、朱羽は自虐的に笑った。
「能力には個人差があるけど、中でも格段に低い私の数値を見かねて、マサさんが抑制機能を外した方が良いんじゃないかって上に提案してくれたの。だから私の力はこれで100%。数値は50くらいなんじゃないかしら」
「50だって、ゼロの俺からすれば凄いなって思いますけどね」
50どころか、1か0の差は大きい。絶対に越える事の出来ない境界線だ。
「龍之介ってば、ほんとポジティブ。才能ね」
「俺褒められてます?」
「勿論。それでね、私がいつも頭痛いのは銀環のせいなの。機能を制限している分、逆に負担が掛かるんですって。市販の頭痛薬で済む程度だからマシだとは思うけどね」
席を立つ朱羽を見上げて、龍之介は椅子を引いた。
「辛い時は言って下さいね? 俺、思うんですけど……朱羽さんがこの先も銀環を外すことが無いなら、他のキーダーと比べても力に遜色ないって事じゃないですか? だったら朱羽さんは劣等感を感じる事なんてないと思います」
「ありがと」
朱羽は満足そうに微笑むと、次に三階の奥にある部屋へ向かう。
扉をノックすると、中から「はい」と美弦が包帯に巻かれた腕に手を添えて現れた。
「朱羽さんお疲れ様です」
「お疲れさま。美弦ちゃん、怪我の具合はどう? 私のせいでごめんなさい」
「朱羽さんのせいじゃないですよ。これくらい大したことありません」
美弦は笑顔を見せるが、後ろに立つ龍之介に気付いて急に不満そうな顔をする。
「ちょっと貴方までいるの? もう七時過ぎよ。バイトの時間終わりなんじゃないの?」
「私がついてきて貰ったのよ」
朱羽はそう言うが、実際は慰霊塔の所で行くかと聞かれたからここへ来る選択をしたのだ。
広くない部屋の奥には修司や綾斗も居て、龍之介はさすまたを抱えながらベッドに横になる京子の側に立った。
頭に包帯を巻いた京子は穏やかな寝息を立てている。
側で見守る綾斗が「眠ったところです」と顔を起こした。
「さっきまで颯太さんが居て、骨にも異常はないって事でした。落下した時咄嗟に力を使ったお陰だろうって」
颯太はアルガスの医務室に勤務する医者だと、朱羽が説明する。
あの時京子の身体を包んだ白い光は、防御的なものだったらしい。
朱羽は「良かった」と安堵して、そのまま扉へ戻った。
「私はオジサンたちの所に行かなきゃならないけど、龍之介は美弦ちゃんたちと居る?」
「いいですか?」と振り返る龍之介に「構わないけど」と答える美弦は、朱羽が部屋を出ると「私たちも出るわよ」と修司のシャツを掴んだ。
「龍之介もよ。ここに居ても私たちにやれることなんてないんだから。綾斗さん、京子さんをお願いします」
「分かった」
綾斗にペコリと頭を下げた美弦はいつになくプリプリと苛立ちながら、龍之介達を引き連れて部屋を出た。
途中、人気のない二階の食堂に立ち寄った彼女は、ポケットから取り出したピルケースの薬を多めの水で流し込んだ。
「頭痛むんですか?」
「結構前から痛かったんだけど、持ち歩いてたの忘れてたわ。龍之介さっきはありがとう。あんなことさせちゃって、キーダー失格ね」
「そんなことないですよ」
彼女の部屋に転がっていた瓶を思い出して、龍之介は蘇る不安を溜息に逃がした。
朱羽が端のテーブルに腰を下ろして、龍之介も向かいの椅子を引く。持ってきたさすまたは、側の壁に立て掛けた。
「俺が出しゃばっただけです。銀環はキーダーの力を抑制するっていうのに、朱羽さん互角だったじゃないですか」
「互角……だったら少しは成長してるって事かしら。何か私が意地張ってるせいで、みんなを傷つけちゃってるわね」
「悪い結果ばかり拾って落ち込むのは良くないですよ。朱羽さんが故意にそうさせたわけじゃないんですから」
「慰めてくれるんだ」
「俺は、朱羽さんの側に……じゃなくて。ここで働いていたいんです」
側に居たいと口が滑りそうになって、慌てて言葉を選んだ。それでも自分の気持ちを伝えなければ、彼女が離れていってしまいそうな気がする。
憂いに沈む朱羽は「うん」と小さく返事して、左手の銀環をそっと握り締めた。
「キーダーの銀環には力を抑制する機能が付いているけど、私のコレにはそれがないのよ。バスクの暴走って聞いて意味は分かる?」
「能力者が起こす爆発の事ですよね? 俺の爺ちゃんがキーダーの事良く思っていない人で、『大晦日の白雪』は能力者が起こした暴走だろうって言ってました」
久しぶりに祖父の事を思い出す。
爆音と地鳴りを感じた翌日に正月飾りをしまった祖父の思いは、今になって少しだけ理解できる気がした。
「稀な力は恐怖に映ってしまうもの、能力者を否定したくなる気持ちも分からないわけじゃないわ。詳しくは言えないけど『大晦日の白雪』も貴方が言う通りよ。あんな事を繰り返さないために、能力者には銀環を付ける義務があるんだから」
「銀環をしていれば大丈夫って事なんですか?」
「一応ね。あんまり使わないけど、私たちの力は『能力値』って呼び方で数値化できるの。キーダーやバスク関係なく、普段出せる力は60~70くらいかしら。暴走っていうのは、何かをきっかけにしてそれが一瞬で300くらいに跳ね上がってしまう事よ」
「さっき慰霊塔で見たのが60~70なんですか。それが300って、怖いですね」
「銀環を付けたキーダーは、60を超えないくらいに調整されているわ。それでも差は出ちゃうんだけどね」
テーブルの上に組んだ両手の人差し指をグリグリと回しながら、朱羽は自虐的に笑った。
「能力には個人差があるけど、中でも格段に低い私の数値を見かねて、マサさんが抑制機能を外した方が良いんじゃないかって上に提案してくれたの。だから私の力はこれで100%。数値は50くらいなんじゃないかしら」
「50だって、ゼロの俺からすれば凄いなって思いますけどね」
50どころか、1か0の差は大きい。絶対に越える事の出来ない境界線だ。
「龍之介ってば、ほんとポジティブ。才能ね」
「俺褒められてます?」
「勿論。それでね、私がいつも頭痛いのは銀環のせいなの。機能を制限している分、逆に負担が掛かるんですって。市販の頭痛薬で済む程度だからマシだとは思うけどね」
席を立つ朱羽を見上げて、龍之介は椅子を引いた。
「辛い時は言って下さいね? 俺、思うんですけど……朱羽さんがこの先も銀環を外すことが無いなら、他のキーダーと比べても力に遜色ないって事じゃないですか? だったら朱羽さんは劣等感を感じる事なんてないと思います」
「ありがと」
朱羽は満足そうに微笑むと、次に三階の奥にある部屋へ向かう。
扉をノックすると、中から「はい」と美弦が包帯に巻かれた腕に手を添えて現れた。
「朱羽さんお疲れ様です」
「お疲れさま。美弦ちゃん、怪我の具合はどう? 私のせいでごめんなさい」
「朱羽さんのせいじゃないですよ。これくらい大したことありません」
美弦は笑顔を見せるが、後ろに立つ龍之介に気付いて急に不満そうな顔をする。
「ちょっと貴方までいるの? もう七時過ぎよ。バイトの時間終わりなんじゃないの?」
「私がついてきて貰ったのよ」
朱羽はそう言うが、実際は慰霊塔の所で行くかと聞かれたからここへ来る選択をしたのだ。
広くない部屋の奥には修司や綾斗も居て、龍之介はさすまたを抱えながらベッドに横になる京子の側に立った。
頭に包帯を巻いた京子は穏やかな寝息を立てている。
側で見守る綾斗が「眠ったところです」と顔を起こした。
「さっきまで颯太さんが居て、骨にも異常はないって事でした。落下した時咄嗟に力を使ったお陰だろうって」
颯太はアルガスの医務室に勤務する医者だと、朱羽が説明する。
あの時京子の身体を包んだ白い光は、防御的なものだったらしい。
朱羽は「良かった」と安堵して、そのまま扉へ戻った。
「私はオジサンたちの所に行かなきゃならないけど、龍之介は美弦ちゃんたちと居る?」
「いいですか?」と振り返る龍之介に「構わないけど」と答える美弦は、朱羽が部屋を出ると「私たちも出るわよ」と修司のシャツを掴んだ。
「龍之介もよ。ここに居ても私たちにやれることなんてないんだから。綾斗さん、京子さんをお願いします」
「分かった」
綾斗にペコリと頭を下げた美弦はいつになくプリプリと苛立ちながら、龍之介達を引き連れて部屋を出た。
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