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Episode3 龍之介

44 想定の範囲内

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朱羽あげはさんに対して何かをしたいって気持ちを持つのは構わないけど、向こうがどう受け止めるかってことも重要じゃない? 君にとっての彼女は何? それに、彼女にとっての君は? まず、そこからじゃないかな」

 綾斗あやとがそっと呟いた言葉は、謎かけのようだった。
 自分の気持ちならはっきり『好きだ』と言えるけれど、朱羽の心は今でも『マサさん』にあると思っている。
 時期尚早しょうそうといえば聞こえはいいが、時間が彼女との距離を縮めてくれるとも思えず、玉砕覚悟という投げやりな気持ちがいつも頭のどこかで警告していた。

「やっと着いた。思ったより遠かったよ」

 汗だくで走って来た京子は、身体をくの字に倒して荒い呼吸を落ち着ける。
 太陽は大分傾いてきたが、じっとしていても汗ばむくらいに暑かった。

「お疲れ様です。修司には反対側へ行って貰いました。施設員の配置も万全ですよ」
「ありがとう綾斗……って、龍之介くんも来たの? まさか中に入らせるつもり?」

 さすまたを握るヘルメット頭の龍之介を見つけて、京子は「えっ」と眉を上げた。

「これはお守りなんです! 戦ったりしませんから」

 龍之介は慌てて否定するが、それは半分嘘だ。心の中では何かできればと好機を待ち構えているが、それも綾斗には勘付かれている気がする。
 眼鏡の奥から鋭い視線が飛んできて、龍之介は肩をすくめた。

「競技じゃないんだからルールがあるわけじゃない。想定外の事が起きるかもしれないんだよ? 絶対に無茶しちゃ駄目だからね?」
「それは京子さんもですよ」
「う、うん。気を付ける」

 綾斗に釘を刺されて、京子は苦い顔を公園の方へ向けた。

「けど、やっぱりガイアはバスクだったんだね。朱羽のヤツ……もしかしてとは思ったけど、この場所を選んだのってアイツなんじゃないの? 戦うならここでとか上手いこと言って」
「東京でまともに戦える場所なんてそうそうないですから。苦渋の選択だったんじゃないですか」
「苦渋ねぇ……私に喧嘩売ってるのかな」
「売ってるかもしれませんね」

 綾斗が先頭を切って歩き出す。
 二人の会話が気になって、龍之介は困惑気味に尋ねた。

「それって、朱羽さんがこの場所を指定したって事ですか?」
「そんなトコなんじゃないかな」
「まぁ、想定の範囲内ですね」

 ガイアがその件で朱羽に従ったのだとしたら、彼女はまだ無事だと思う。ガイアとシェイラの望みはあくまでウィルの奪還、次いで京子への復讐だ。

 先に入ったアルガスの施設員たちが、民間人を公園の外へと誘導している。
 すれ違う視線は、突然の事態に不安がるものや、困惑、そして怒りだ。キーダーに対しての期待感は薄く、事故処理をした朱羽に向けられたものとは違う。

 「ちょっといい?」と綾斗がすれ違う施設員を呼び止める。青い夏の制服姿でヘルメットを付けた男は、足を止めてキーダーの二人に敬礼した。

「さっき上がった煙の詳細は分かる?」
「ガイアが中央の広場を占拠する際に、爆薬を使ったようです」

 施設員の男は自分の腕時計を見て「10分前ですね」と伝えた。

「怪我人は?」
「今のところは報告ありません」
「ちょっと、お兄さんたちキーダーなの? あの男、ほんっとに頭おかしいわよ」

 男の後ろからひょっこりと現れたのは、恰幅の良い民間人の女だ。施設員の彼に連れられ、外へ避難する際中らしい。
 白髪交じりのウェーブヘアをブルブルと震わせて、両手に小さな犬を抱いている。話に割り込んだまま興奮気味にその様子を語った。

「いきなり笑いだして、気味の悪い奴だなって思ったら、突然爆薬を地面に投げつけたのよ。それで辺りが真っ白になって、それでね……」
「分かりました、ありがとうございます」

 綾斗は話を遮って女に頭を下げると、京子と頷き合って再び広場へ向けて歩き出す。
 背後で「あぁ」という名残惜しそうな女の声が聞こえたが、振り返らずに足を速めた。

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