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Episode3 龍之介
32 ウィル、シェイラ、ガイア
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相葉龍之介の仕事は、キーダー矢代朱羽の助手・兼ボディガードだ。
「暴漢が来たら、俺がこのさすまたで朱羽さんを守ります!」
部屋の隅に立て掛けられたさすまたを冗談めいて構えると、朱羽は「ありがとう」と微笑む。
能力者の朱羽を敵にするような相手を、こんな棒で押さえつけられるとは到底思わないけれど、尻込みして彼女の後ろに隠れるような真似だけはしたくない。むしろ自分も戦いたいと思うが、適当な武器で威嚇する以外に術を知らないのも事実だ。
とはいえ、助手でボディガードと言えば聞こえはいいが、実際のバイト時間に龍之介がしていることと言えば、掃除にお茶くみに資料整理が主だった。つまり雑用だ。
紙が基本だというアルガスで、本部にあるという山のような資料が、数日おきにこの事務所に運ばれてくる。朱羽はその全てに目を通して、ファイルに纏めていくのが仕事だ。
この間アルガスに提出した書類によって、龍之介も資料の閲覧を許可されている。
先日の事故もそうだが、キーダーの活躍はあまり大っぴらに世間に公表されることはない。だから少し前の報告書を見ても、ノーマルの龍之介には分からない案件ばかりだった。
「キーダーは俺たちの知らない所で色々なことしてるんですね。もっとニュースに取り上げてもいいのに」
「いいのよ。目立ちすぎると外に出るのも億劫になっちゃうから」
朱羽はキーボードから手を放して、大きく伸びをした。午前中からずっと資料に向かっていたようで、「疲れたぁ」と淹れたばかりのカモミールティをすする。
「確かに芸能人並みに顔バレしちゃうと、変装が必要になりますね」
「そうよ。キーダーなんて誹謗中傷の的になることだってあるんだから」
過去に隕石から日本を守った英雄がキーダーでも、世間から無条件に愛されているわけではない。
龍之介はキーダーを嫌っていた祖父を思い浮かべて「そうですね」と頷いた。
「けどCMとかにも出ていましたよね?」
「昔の話ね。大舎卿のことでしょ? キーダーは何でもやらなきゃいけない時があるのよ。美弦ちゃん達も、アイドルのショーに出るとか言ってたわよ? 私はそんなの御免だけど、頼まれたら断れないわ」
「そんな事までするんですか? アイドルって……」
「ジャスティって言ってたかしら」
「ジャスティ!」
アイドルグループで今最も旬なグループだ。CMにも数多く出演していて、目にしない日はないだろう。クラスでもファンだと言っている男子は多い。
「龍之介も好きなの?」
「嫌いじゃないですけど、張り切って応援する程じゃ」
「そうなんだ」
「けど、朱羽さんがテレビに出る事になったら、美人過ぎるキーダーだとか囃されちゃうんじゃないですか?」
華やかなアイドルよりも、目の前の彼女との距離の方が龍之介にとって重要だ。
もし彼女が有名になってしまったらと考えると、絶対に阻止しなければならない。
「大袈裟よ」
朱羽はニコリと笑って再び資料に目を落とした。仕事モードの真剣な眼差しを横から堪能して、龍之介も資料をテーブルに並べていく。
今扱っている案件は少し古い日付が印字されているものが多く、ふと手にした資料には、去年町中で起きた事件の事も載っていた。
窃盗を繰り返す若者グループの一人がバスクで、京子によって捕らえられたというのが大まかな内容だ。
捕まった能力者は名前が『ウィル』と書かれている。外国人だろうか。銀次のスマホで見た京子の後ろ姿を思い出すと、龍之介は少しだけ事情通になった気がして嬉しくなった。
けれど文章の中に聞き覚えのある言葉を見つけて、息を呑む。
『シェイラ、及びガイアは隔離の対象外』
用紙の最後にそう書かれていた。
――『シェイラ……』
アルガスで話をした時、京子がその名前を呟いた。
刺青の入った日本人顔の女がそれを名乗っているのだとしたら、あのアロハ男はガイアという事になるのだろうか。
けれど、龍之介にはそれを朱羽に確認することはできなかった。
「言わないで」と京子に念を押されたからだ。
「暴漢が来たら、俺がこのさすまたで朱羽さんを守ります!」
部屋の隅に立て掛けられたさすまたを冗談めいて構えると、朱羽は「ありがとう」と微笑む。
能力者の朱羽を敵にするような相手を、こんな棒で押さえつけられるとは到底思わないけれど、尻込みして彼女の後ろに隠れるような真似だけはしたくない。むしろ自分も戦いたいと思うが、適当な武器で威嚇する以外に術を知らないのも事実だ。
とはいえ、助手でボディガードと言えば聞こえはいいが、実際のバイト時間に龍之介がしていることと言えば、掃除にお茶くみに資料整理が主だった。つまり雑用だ。
紙が基本だというアルガスで、本部にあるという山のような資料が、数日おきにこの事務所に運ばれてくる。朱羽はその全てに目を通して、ファイルに纏めていくのが仕事だ。
この間アルガスに提出した書類によって、龍之介も資料の閲覧を許可されている。
先日の事故もそうだが、キーダーの活躍はあまり大っぴらに世間に公表されることはない。だから少し前の報告書を見ても、ノーマルの龍之介には分からない案件ばかりだった。
「キーダーは俺たちの知らない所で色々なことしてるんですね。もっとニュースに取り上げてもいいのに」
「いいのよ。目立ちすぎると外に出るのも億劫になっちゃうから」
朱羽はキーボードから手を放して、大きく伸びをした。午前中からずっと資料に向かっていたようで、「疲れたぁ」と淹れたばかりのカモミールティをすする。
「確かに芸能人並みに顔バレしちゃうと、変装が必要になりますね」
「そうよ。キーダーなんて誹謗中傷の的になることだってあるんだから」
過去に隕石から日本を守った英雄がキーダーでも、世間から無条件に愛されているわけではない。
龍之介はキーダーを嫌っていた祖父を思い浮かべて「そうですね」と頷いた。
「けどCMとかにも出ていましたよね?」
「昔の話ね。大舎卿のことでしょ? キーダーは何でもやらなきゃいけない時があるのよ。美弦ちゃん達も、アイドルのショーに出るとか言ってたわよ? 私はそんなの御免だけど、頼まれたら断れないわ」
「そんな事までするんですか? アイドルって……」
「ジャスティって言ってたかしら」
「ジャスティ!」
アイドルグループで今最も旬なグループだ。CMにも数多く出演していて、目にしない日はないだろう。クラスでもファンだと言っている男子は多い。
「龍之介も好きなの?」
「嫌いじゃないですけど、張り切って応援する程じゃ」
「そうなんだ」
「けど、朱羽さんがテレビに出る事になったら、美人過ぎるキーダーだとか囃されちゃうんじゃないですか?」
華やかなアイドルよりも、目の前の彼女との距離の方が龍之介にとって重要だ。
もし彼女が有名になってしまったらと考えると、絶対に阻止しなければならない。
「大袈裟よ」
朱羽はニコリと笑って再び資料に目を落とした。仕事モードの真剣な眼差しを横から堪能して、龍之介も資料をテーブルに並べていく。
今扱っている案件は少し古い日付が印字されているものが多く、ふと手にした資料には、去年町中で起きた事件の事も載っていた。
窃盗を繰り返す若者グループの一人がバスクで、京子によって捕らえられたというのが大まかな内容だ。
捕まった能力者は名前が『ウィル』と書かれている。外国人だろうか。銀次のスマホで見た京子の後ろ姿を思い出すと、龍之介は少しだけ事情通になった気がして嬉しくなった。
けれど文章の中に聞き覚えのある言葉を見つけて、息を呑む。
『シェイラ、及びガイアは隔離の対象外』
用紙の最後にそう書かれていた。
――『シェイラ……』
アルガスで話をした時、京子がその名前を呟いた。
刺青の入った日本人顔の女がそれを名乗っているのだとしたら、あのアロハ男はガイアという事になるのだろうか。
けれど、龍之介にはそれを朱羽に確認することはできなかった。
「言わないで」と京子に念を押されたからだ。
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