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Episode3 龍之介

22 涙か雨か

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 アルガスの入口を出た小さな屋根の下で、綾斗あやとの車を待った。

「初めてのアルガスはどうだった?」
「貴重な体験でした。皆さん優しい人ばかりだなって」

 京子に綾斗に本郷、そして施設員に至っても、みんな良い人に見えた。

「キーダーって言っても普通の人間だからね。そうだ龍之介、来た時に私と綾斗くんが片思い同盟だって話したでしょ? 京子の事見てどう思った?」
「えっ……?」
「綾斗くんは、ずっと京子が好きなのよ」

 朱羽あげはの唐突な暴露話に、龍之介は戸惑う。

「けど、京子さんは……」
「指輪してたでしょ。彼が居るの。けど、恋愛ってそれだけじゃ難しいみたい」
「そうなんですか?」

 京子の恋愛はうまく行っていないという事なのだろうか。
 「うん」と頷いた朱羽に寂しさを垣間見て、龍之介は開きかけた唇をぎゅっと閉じた。
 朱羽は背後のアルガスを一瞥いちべつして重い息を吐き出す。

「ここに来ると、色々思い出しちゃって駄目ね。楽しかったことも多い筈なのに、そうじゃない事の方が胸に残ってる」
「朱羽さん……」
「私は勝ち目なんてないって諦めてたけど、綾斗くんは違うんじゃないかな。だから、同盟メンバーとしても私は彼を応援してるつもりよ」
「…………」
「京子の彼もカッコいいんだけどね」

 悪戯な顔をする彼女の視線が、龍之介の背後に移る。
 京子が見送りだと言ってやってきて、龍之介は動揺する気持ちを抑えた。

「わざわざ来なくてもいいのに」
「そう言わないでよ」

 朱羽の表情は、空と同様に晴れないままだ。
 土砂降りの雨。夕暮れにはまだ早いが、灯り始めた外灯がやたら明るく感じる。
 京子は手にした真っ赤な傘を開いて、暗い空を見上げた。

「たまには飲みにでも行かない? って誘いに来ただけだから」
「貴女に心配されるほど弱ってないわよ。そっちこそ大変なんじゃない? 色々噂は聞いてるわ」
「そっか……なら今度話させてよ」

 傘をくるりと回す京子に、朱羽は疲れたように苦笑いして見せた。

「いいわよ。貴女が酔い潰れて迷惑かけないって約束してくれるならね」
「ほんと? ならお願い」

 にっこりとはしゃいで、京子は再び遠い空へと目を凝らした。
 青いスポーツカーのエンジン音にヘリコプターの重い起動音が混ざるのに気付いて、龍之介も彼女の視線を追う。

 西の空にポツリとあった黒い点が、薄暗い灰色にみるみると銀色の胴体を形どる。
 ヘリはこの建物の屋上に下りるらしく、大きな腹に紫のテールランプを光らせながら轟音を立てて頭上を通り過ぎた。

「やっと帰ってきた。結構かかったね」
美弦みつるちゃんたち?」

 京子は機体に向けて子供のように手を振って、「そうだよ」と答えた。
 どうやら、ヘリからの降下訓練とやらから戻ってきたようだ。

 コンコンと音がして、到着した青い車の窓から綾斗が覗き込んでくる。
 「じゃあ帰るわ」と後部座席のドアに手を掛けたところで、朱羽が京子を振り向いた。

「私はね、彼の一番辛い時期に側に居ることができなかったから。ずっと支えたあの人を選んだことに納得はしているのよ」

 騒音の中拾った彼女の声は涙を含んでいるような気がしたけれど、頬を濡らした雫が涙なのか雨なのかは、龍之介に判断することはできなかった。

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