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Episode3 龍之介
4 恋の病の特効薬
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昼休み、教室がやたら騒がしいのは、どうやらこの間やった期末テストの結果が掲示板に貼り出されたのが原因らしい。
しかしそんなものを率先して見に行くほど良い結果は期待できず、龍之介はのんびりと弁当の唐揚げを口に運んだ。
新しいバイト探しもしないままこんな暑い時期になってしまったのは、日に日に募る銀環の彼女への思いにうつつを抜かしてしまったせいだ。ニュースを見ていても、それまで気にもしなかった『キーダー』という言葉をやたら意識してしまう。
アルガスの本部が都内にあると聞いて行ってみたりもしたけれど、門を護る男たちが並々ならぬ威圧感を放っていたせいで、建物に近付くこともできなかった。
近所をうろついてもキーダーらしき人物に会う事はできず、とんぼ返りになってしまったのが、つい一月前のことだ。
「恋の病だな。部活もしてないんだから、バイトぐらい探せよ? 夏休みキツイだろ」
銀次がイチゴ牛乳を飲みながら、憐れんだ目を龍之介に向ける。彼は「バイトこそ青春」と言って、ファストフード店を二つも掛け持ちしていた。
確かにカフェのバイト代七万円で三ヶ月分の蓄えはギリギリ確保できていたものの、龍之介の財布もそろそろ限界だ。毎月親から貰う小遣いの五千円では、休みに出掛けることもできやしない。
ひとまず弁当をたいらげて、龍之介は銀次と共に廊下の端にある掲示板へ向かった。
銀次の姿を見るなり、主役の登場と言わんばかりに歓声が上がる。毎度のことながら分かりやすい反応だ。
順位表のトップに君臨する不動の一位『小出銀次』は、『顔も頭も完璧な俺』と言う説得力のある結果に「あぁ良かった」と安堵している。
そこから大分下に名前のある龍之介とは雲泥の差だ。予想はしていたが、こうもはっきりと現実を見せつけられると、頭が悪いなりに心が痛む。
「銀次、お前どんだけ勉強してんだよ」
「そんなに驚く程の事じゃないだろ? 俺がこうしていられるのは、ここが東黄とかじゃないからだよ。それでも必死に努力してるつもりだけど。自分の可能性を成績の悪さで潰したくないだろ? バイトもそう。何かやろうって時に、金のせいで諦めたくないからな」
「お前、順位が真ん中の俺なんてバカだと思ってるだろ」
私立東黄学園は都内でトップの進学校で、政治家や著名人の卒業生も多い。かたや龍之介たちの通う高倉高校は公立で、レベルも大分下だった。
「そうは思ってないよ。俺だって兄貴みたいな天才じゃないんだ」
「東黄大の医学部に通ってるんだっけ、お兄さん」
その中でもトップの成績なのだと、前に銀次が言ったのを思い出した。
銀次は『東黄には行きたくないから』と言って、近所の高倉を受けたらしい。家庭環境についてはよく分からないが、自暴自棄にさえ見える進路は龍之介にしてみれば勿体ない話に聞こえてしまう。
「ごめんな、変な話して」
「気にすんなよ。それよりテストも終わったことだし、お前に恋の病に効く特効薬をくれてやろうか」
早々に教室へ戻ったところで、銀次が意味深な笑みを浮かべる。
「特効薬って、何だよそれ。変な薬なんて飲まないぞ?」
「そうじゃないよ。東黄の三年にキーダーの女子がいるらしいんだ。会いに行ってみないか?」
それはテスト結果の微妙さも払拭する思いがけない提案だった。
「行く!」と龍之介が即答すると、銀次は「よぅし」とスマホを取り出して、電話帳から『彼女』のフォルダを開いた。
銀次のスマホには、数えきれない女子の連絡先が入った『彼女』という名のフォルダが存在する。学内の女子から中学の友人やバイトの同僚……と派生していった『銀次ファンクラブ名簿』のようなものだ。
以前龍之介がそのフォルダ名のことを指摘した事があったが、
──『彼女って言葉は、ただの代名詞だろ? 恋人を指す言葉ってワケじゃないよ』
本人にとってはそういう事らしい。
「あった」と連絡先を見つけた銀次が相手にメールを送ると、三十秒と待たずに返事が返ってきた。まるで銀次のメールを待ち構えていたかのような反応だ。
銀次は「オッケーだって」と言いながら何故か眉毛をハの字にする。
何か引っかかることが書かれていたのだろうか。その内容が気になったが、いよいよ銀環の彼女に一歩近付くことができるんだと思うと、龍之介の胸は高鳴った。
「この間、バイト先のコ達とカラオケ行った時、そのキーダーと同じクラスってコがいてさ」
待ち合わせは東黄学園の正門だ。道すがら、銀次はその女子の話をしてくれた。
「何でその事今まで教えてくれなかったんだよ」
「お前、それ聞いて今日まで我慢できるのかよ。すぐにでも会いたいとか言うんじゃないのか? テスト中だったし、バイトもあったからな」
むしろテスト中にバイト仲間とカラオケに行って、学年トップになれることに驚いてしまう。ある意味自分とは別次元の人間だなと、龍之介は溜息を漏らした。
「分かったよ。つまり、今日はバイトが休みってことか」
「そういうこと。感謝しろよ。お前の女神様に辿り着けるといいな」
龍之介は入学式で知り合った頃から銀次に嫉妬している。いつか逆転して同じ気持ちを味わわせてみたいと思うが、可能性がありそうなネタは浮かばなかった。
「もちろん、だいぶ感謝してるよ。けど、その女神様って呼び方はやめろよな」
しかしそんなものを率先して見に行くほど良い結果は期待できず、龍之介はのんびりと弁当の唐揚げを口に運んだ。
新しいバイト探しもしないままこんな暑い時期になってしまったのは、日に日に募る銀環の彼女への思いにうつつを抜かしてしまったせいだ。ニュースを見ていても、それまで気にもしなかった『キーダー』という言葉をやたら意識してしまう。
アルガスの本部が都内にあると聞いて行ってみたりもしたけれど、門を護る男たちが並々ならぬ威圧感を放っていたせいで、建物に近付くこともできなかった。
近所をうろついてもキーダーらしき人物に会う事はできず、とんぼ返りになってしまったのが、つい一月前のことだ。
「恋の病だな。部活もしてないんだから、バイトぐらい探せよ? 夏休みキツイだろ」
銀次がイチゴ牛乳を飲みながら、憐れんだ目を龍之介に向ける。彼は「バイトこそ青春」と言って、ファストフード店を二つも掛け持ちしていた。
確かにカフェのバイト代七万円で三ヶ月分の蓄えはギリギリ確保できていたものの、龍之介の財布もそろそろ限界だ。毎月親から貰う小遣いの五千円では、休みに出掛けることもできやしない。
ひとまず弁当をたいらげて、龍之介は銀次と共に廊下の端にある掲示板へ向かった。
銀次の姿を見るなり、主役の登場と言わんばかりに歓声が上がる。毎度のことながら分かりやすい反応だ。
順位表のトップに君臨する不動の一位『小出銀次』は、『顔も頭も完璧な俺』と言う説得力のある結果に「あぁ良かった」と安堵している。
そこから大分下に名前のある龍之介とは雲泥の差だ。予想はしていたが、こうもはっきりと現実を見せつけられると、頭が悪いなりに心が痛む。
「銀次、お前どんだけ勉強してんだよ」
「そんなに驚く程の事じゃないだろ? 俺がこうしていられるのは、ここが東黄とかじゃないからだよ。それでも必死に努力してるつもりだけど。自分の可能性を成績の悪さで潰したくないだろ? バイトもそう。何かやろうって時に、金のせいで諦めたくないからな」
「お前、順位が真ん中の俺なんてバカだと思ってるだろ」
私立東黄学園は都内でトップの進学校で、政治家や著名人の卒業生も多い。かたや龍之介たちの通う高倉高校は公立で、レベルも大分下だった。
「そうは思ってないよ。俺だって兄貴みたいな天才じゃないんだ」
「東黄大の医学部に通ってるんだっけ、お兄さん」
その中でもトップの成績なのだと、前に銀次が言ったのを思い出した。
銀次は『東黄には行きたくないから』と言って、近所の高倉を受けたらしい。家庭環境についてはよく分からないが、自暴自棄にさえ見える進路は龍之介にしてみれば勿体ない話に聞こえてしまう。
「ごめんな、変な話して」
「気にすんなよ。それよりテストも終わったことだし、お前に恋の病に効く特効薬をくれてやろうか」
早々に教室へ戻ったところで、銀次が意味深な笑みを浮かべる。
「特効薬って、何だよそれ。変な薬なんて飲まないぞ?」
「そうじゃないよ。東黄の三年にキーダーの女子がいるらしいんだ。会いに行ってみないか?」
それはテスト結果の微妙さも払拭する思いがけない提案だった。
「行く!」と龍之介が即答すると、銀次は「よぅし」とスマホを取り出して、電話帳から『彼女』のフォルダを開いた。
銀次のスマホには、数えきれない女子の連絡先が入った『彼女』という名のフォルダが存在する。学内の女子から中学の友人やバイトの同僚……と派生していった『銀次ファンクラブ名簿』のようなものだ。
以前龍之介がそのフォルダ名のことを指摘した事があったが、
──『彼女って言葉は、ただの代名詞だろ? 恋人を指す言葉ってワケじゃないよ』
本人にとってはそういう事らしい。
「あった」と連絡先を見つけた銀次が相手にメールを送ると、三十秒と待たずに返事が返ってきた。まるで銀次のメールを待ち構えていたかのような反応だ。
銀次は「オッケーだって」と言いながら何故か眉毛をハの字にする。
何か引っかかることが書かれていたのだろうか。その内容が気になったが、いよいよ銀環の彼女に一歩近付くことができるんだと思うと、龍之介の胸は高鳴った。
「この間、バイト先のコ達とカラオケ行った時、そのキーダーと同じクラスってコがいてさ」
待ち合わせは東黄学園の正門だ。道すがら、銀次はその女子の話をしてくれた。
「何でその事今まで教えてくれなかったんだよ」
「お前、それ聞いて今日まで我慢できるのかよ。すぐにでも会いたいとか言うんじゃないのか? テスト中だったし、バイトもあったからな」
むしろテスト中にバイト仲間とカラオケに行って、学年トップになれることに驚いてしまう。ある意味自分とは別次元の人間だなと、龍之介は溜息を漏らした。
「分かったよ。つまり、今日はバイトが休みってことか」
「そういうこと。感謝しろよ。お前の女神様に辿り着けるといいな」
龍之介は入学式で知り合った頃から銀次に嫉妬している。いつか逆転して同じ気持ちを味わわせてみたいと思うが、可能性がありそうなネタは浮かばなかった。
「もちろん、だいぶ感謝してるよ。けど、その女神様って呼び方はやめろよな」
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