スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択

栗栖蛍

文字の大きさ
上 下
192 / 647
Episode2 修司

【番外編】15 秘かなる想い

しおりを挟む
「百を期待して返事を待とうとは思わない。考えなさい」

 眉間に針でも刺されたような顔をして、桃也とうやが部屋を出て行く。
 アルガス長官・宇波うなみまことは重い息を吐き出して、応接室のソファを立った。深呼吸するように窓辺に立って、遠くに広がる博多湾の青さに目を細める。
 ここに来るようになった頃は時折響く飛行機の音をわずらわしく感じたが、今は心地良いとさえ思えた。

「返事なしか……だろうね」

 サードへの打診が彼にとって手放しで喜べることでないのは、重々に承知だ。だから、告げるまでずっと気が重かった。今こうしていても、胸の奥に小さなわだかまりが残っている。

「なぁ、酷だと思うか? かんちゃん」
 
 背後に気配を現した彼を振り返り、「どうだい?」と肩をすくめて見せる。

 彼はずっと部屋の隅に居た。
 能力者の気配とやらを消して死角に入り込んでいたせいで、桃也が気付くことはなかった。そこにいると分かっていたノーマルの誠でさえ疑ってしまう程に、彼は風景に沈んでいたのだ。

「そうは思わんよ」

 『勘ちゃん』こと、成沢勘爾なりさわかんじこと、日本を救った英雄・大舎卿だいしゃきょうは、足元に置いておいた紙袋を掴んで、誠の居た向かいのソファに腰を下ろした。
 威圧感たっぷりの筆文字で『北海道』と書かれたその袋から、大舎卿はいかめしとコーン茶のペットボトルを並べ、突然のティータイムを始める。

「また北海道?」
「墓参りじゃよ」
「あぁ──そんな時期か」

 彼の妻であるハナが亡くなったのは、今日のような良く晴れた初夏だった。
 今年で丸三年が過ぎて、最近ようやく彼が落ち着いた気がする。
 大舎卿は定番の赤い箱に2つ入ったイカ飯のうち1つをぺろりと平らげ、「お前も食べろ」と箱をズリと滑らせた。
 
 「ありがとう」と受け取ったものの、昼食がまだ胃袋に残っている。誠はソファに戻り、コーン茶を手に背もたれへと身を預けた。

 解放前から暫くアルガスにいたハナを、懐かしいと思う。誠は彼女より年下だったが、皆が憧れるアイドル的存在に、例外なく心を奪われることもあった。

 誠は元々アルガスの施設員だ。キーダーの管理をしていたこともあり、彼等とは良く話をしていたし、その力を怖いと思ったことはない。
 アルガスは国の機関だが、キーダーに接する役目は厄介ごとだと言われていた時代だ。それがまさかこんな未来が待ち構えているなんて想像もしていなかった。

 事態が一変したのは、大舎卿が隕石から日本を救い、アルガス解放という流れが確立してしまった時だ。先代の長官がその肩書を放棄して、アルガスを離れてしまったのだ。
 本人の意向も聞かぬまま誠が次の長官へと担ぎ上げられたのは、断り切れないその性格を上官たちが知っていたからだろう。キーダーの一番近くに居た誠を適任だと囃し立て、断る隙を与えなかった。
 けれど上官たちの気持ちも分からないわけではない。それまで下に見ていたキーダーの立ち位置が180度変わり、アルガス全体がその状況を受け入れることに苦戦した。

 そんな中、急な昇進に身の振り方も分からない誠へ手を差し伸べたのが、大舎卿だ。

──『押し付けられたな』
──『みんな勝手だよね。けど、どうすればいいと思う──?』

 率直な質問に、大舎卿はあの時もハナの作ったイカメシを食べながら答えたのだ。

──『偉い奴は偉そうにしてればいい。舐められるんじゃないぞ』

 支部ごとの胸像を建てようと提案してきたのも彼だ。最初は滅相めっそうもないと断ったが、彼は面白がって早々に専門家をよこした。

「私はみんなに遊んでばかりいると思われてるんだろうねぇ」
「じゃろうな。京子が、お前が九州に入り浸ってるってボヤいてたぞ」
「まぁ本当の事だからね。出張三昧、遊び放題。それでアルガスのおさを名乗ってるんだから、厄介者でしかないね」
「演技が上手いだけじゃろ?」
「そう言ってくれるのは勘ちゃんだけだよ」

 アルガス長官という面倒を押し付けられて最初は嫌だったが、楽しいと思えるようになったのは事実だ。

「いざという時、私じゃ指揮を執れないからね。長官なんて形だけでいい。今までは勘ちゃんがいて、今は木崎くんや田母神くんがいる。本部はそれで十分だよ」 
「わしはお前の努力も見てきたつもりじゃよ。小僧もそうなんじゃないのか?」
「だったらいいけどね」

 大晦日の白雪が起きた時、正直慌てふためいたのは事実だ。
 アルガスの危機だと絶望が下りた。けれど、敵の仕業だと思ったその事件を起こしたのは、まだ15歳の少年だったのだ。
 何度か会う機会があって、負を背負った彼と素で付き合ってきたつもりだ。

「私があの子と打ち解けられたと思うのは、自惚うぬぼれだと思うか?」
「自惚れじゃな」

 大舎卿は笑う。確かにそんな簡単な相手ではない。

──『キーダーになってもいいんだよ?』

 何度かそれを勧めたことはある。
 なかなか首を縦に振らなかったのは、彼にあの日の後悔が残っていたからだ。けれど逆にトールを選ばなかったのは、諦めきれなかったんだと思う。

──『父さんに、なりたいならチャレンジすべきだって言われたんです。けど俺にはそんな資格ありません』

 ある日桃也はそんな話をしてくれた。
 子供とは言え15歳という年齢は、キーダーがアルガスに入る歳だ。

──『君のしてしまったことは確かに世間から許されることではないかもしれない。けどね、君が起こそうとして起こしたものではないし、気持ちを閉じ込めた所で誰の為にもならない。君を事件の前に探し出せなかったのはアルガスの責任だろ? だから、罪は私にあるんだよ』
──『長官のせいじゃないですよ?』
──『上に立つ人間というのは、そういうことなんだ。だから君は前を向きなさい。同じことを繰り返すバスクが現れないように、君にはできることがあると思うよ?』

 あの時の言葉が彼に響いていたのかは分からない。
 その後彼の背中を押したのは京子だ。彼女のキーダーとしての意思を知って、つかえていたしがらみが剥がれ落ちた。
 だから、彼から彼女を引き離すような行為を申し訳ないとは思っている。

「けど、彼が適任だと思っているよ。ずっと前からね」
「そうじゃな」
「桃也は能力を持って生まれる事の、強さも哀しさも知っているからね」

 大舎卿の同意に誠は急に空腹を覚えて、腹を押さえた。

「いい答えが聞けると良いね」

 「いただくよ」と、誠は箸を割った。
 高峰桃也という男を育てたいと思う。
 アルガスという組織に対する自分なりの異議を唱えるために。
 数年後に定年を控えた最後の悪あがきにしようと、水面下での計画は進行中だ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

常世の狭間

涼寺みすゞ
キャラ文芸
生を終える時に目にするのが このような光景ならば夢見るように 二つの眼を永遠にとじても いや、夢の中で息絶え、そのまま身が白骨と化しても後悔などありはしない――。 その場所は 辿り着ける者と、そうでない者がいるらしい。 畦道を進むと広がる光景は、人それぞれ。 山の洞窟、あばら家か? それとも絢爛豪華な朱の御殿か? 中で待つのは、人か?幽鬼か? はたまた神か? ご覧候え、 ここは、現し世か? それとも、常世か?

蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜
キャラ文芸
願いを一つ叶える代わりに人間の寿命をいただきながら生きている神と呼ばれる存在たち。その一人の蛇神、蛇珀(じゃはく)は大の人間嫌いで毎度必要以上に寿命を取り立てていた。今日も標的を決め人間界に降り立つ蛇珀だったが、今回の相手はいつもと少し違っていて…? 神と人との理に抗いながら求め合う二人の行く末は? 人間嫌いであった蛇神が一人の少女に恋をし、上流神(じょうりゅうしん)となるまでの物語。

後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ
キャラ文芸
とある役人の娘は、大変見目麗しかった。 けれど美しい娘は自分の見た目が嫌で、見た目を褒めそやす人たちは嫌いだった。 そんな彼女が好きになったのは、彼女の容姿について何も言わない人。 密かに想いを寄せ続けていたけれど、想い人に好きと伝えることができず、その内にその人は宦官となって後宮に行ってしまった。 想いを告げられなかった美しい娘は、せめてその人のそばにいたいと、皇帝の妃となって後宮に入ることを決意する。 「そなたは後宮一の美姫だな」 後宮に入ると、皇帝にそう言われた。 皇帝という人物も、結局は見た目か……どんなに見た目を褒められようとも、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない。

禁色たちの怪異奇譚 ~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異の困りごと、解決します~

出口もぐら
キャラ文芸
【毎日更新中!】冴えないおっさんによる、怪異によって引き起こされる事件・事故を調査解決していくお話。そして、怪異のお悩み解決譚。(※人怖、ダーク要素強め) 徐々に明かされる、人間×怪異の異類婚姻譚です。 【あらすじ】  大学構内掲示板に貼られていたアルバイト募集の紙。平凡な大学生、久保は時給のよさに惹かれてそのアルバイトを始める。  雇い主であるくたびれた中年、見藤(けんどう)と、頻繁に遊びに訪れる長身美人の霧子。この二人の関係性に疑問を抱きつつも、平凡なアルバイト生活を送っていた。  ところがある日、いつものようにアルバイト先である見藤の事務所へ向かう途中、久保は迷い家と呼ばれる場所に迷い込んでしまう ――――。そして、それを助けたのは雇い主である見藤だった。 「こういう怪異を相手に専門で仕事をしているものでね」 そう言って彼は困ったように笑ったのだ。  久保が訪れたアルバイト先、それは怪異によって引き起こされる事件や事故の調査・解決、そして怪異からの依頼を請け負う、そんな世にも奇妙な事務所だったのだ。  久保はそんな事務所の主――見藤の人生の一幕を垣間見る。 お気に入り🔖登録して頂けると励みになります! ▼この作品は「小説家になろう」にも投稿しています。

陰の行者が参る!

書仙凡人
キャラ文芸
三上幸太郎、24歳。この物語の主人公である。 筋金入りのアホの子じゃった子供時代、こ奴はしてはならぬ事をして疫病神に憑りつかれた。 それ以降、こ奴の周りになぜか陰の気が集まり、不幸が襲い掛かる人生となったのじゃ。 見かねた疫病神は、陰の気を祓う為、幸太郎に呪術を授けた。 そして、幸太郎の不幸改善する呪術行脚が始まったのである。

甘くてすっぱいフルーツガールズ~私、この子たちの為に頑張ります~

クラプト/松浜神ヰ
キャラ文芸
※カクヨム、小説家になろうでも連載中 私、麗華は異空間から来た珍しい生き物「フルーツガールズ」に遭遇する。助けて欲しいと言う彼女たちを引き取ったが、私はフルーツ全般が嫌い及びアレルギーなのだった!?しかも、日が経つにつれてどんどん増えていき、いろんな種類のフルーツガールズが…。 でも、私には彼女たちを守る理由ができた。もとい、助けて欲しいと言っていた理由がわかった。 彼女らは異空間から追ってきた組織によって密猟や誘拐が行われ、傷ついている者もいると知り、私は、彼女らがそれぞれ持ちうる「果実装備(フルーツウェポン)」を駆使して彼女らを守ることに。 …と思っていたら異世界の組織『フルクト・リダルナ』に所属することに!? これは、平凡な日々が覆った私とかわいいフルーツガールズの話。 ※イラストはシナノスイートちゃんです☆

処理中です...