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Episode2 修司
87 好き
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金属のライトが、真上から近藤を狙った。
「うわぁぁぁあ!」
効果のない体当たりをしたまま逃げる事もできず、近藤にしがみ付いた状態で終わりを迎えるのか。
それだけは嫌だと発狂しながらも、ただ叫ぶことしかできない。
修司が近藤を庇うように背中を丸めたところで、死の予感と同時に彼女の声が響き渡った。
「修司いぃいいっ!」
正面からの足音と強い気配。恐怖に目を閉じて暗転した視界に、意識はそのまま留まっている。
幾ら待っても終わりの瞬間はやって来なかった。
予想より三呼吸分程遅れて響いた轟音に身を縮める。距離が少し遠い気がしてそっと目を開けると、落下したライトはステージの奥で弾け飛んでいた。
額にびっしょりと汗を滲ませて、美弦は呆然としたまま端のスロープを下りて来る。
離れた位置からの念動力は彼女にとって苦手な技だ。けれど今生きている奇跡が彼女の力だと確信して、修司は近藤を離れてフラつく彼女へ手を伸ばした。
「ありがとうな」
「……私がやったの?」
「風船の時と同じだと思うよ」
感情の高まりがバスクの暴走を引き起こすように、目の前の事態に冷静さを失った彼女の意識が強い力を発動させたのだろう。
修司の手を掴んだ美弦の目に涙が溢れた。
「す、すまないね、君たち」
流石の近藤も腰が抜けたようで、よろめいた巨体を側の座席へドスリと埋めた。
「アンタが死んだら、泣く奴がいっぱいいるだろう?」
混乱の元凶である近藤には怒りしか湧かないが、彼を助けようとしたことはキーダーとして正しかったと思える。
近藤は素直に「ありがとう」と瞼を伏せた。
「何よ、びっくりさせないでよ。私は修司を迎えに来ただけなのよ?」
美弦は声も身体も震わせて、ボロリと零れた涙のままにわんわんと泣き出した。
「ばっかじゃないの? 私なんかに助けられて。死んだらどうするつもりだったのよ」
「けど、美弦が来てくれた。俺はできなかったのに、美弦はちゃんと力使えたじゃん? 凄ぇよ」
咄嗟の判断も訓練の賜物だと修司は痛感する。
二年の差は大きい。何もせずアルガスから逃げていた自分は、今日ここに来て動くことができなかった。
泣きじゃくる美弦が小さく見えて、修司は空の手を彼女の頭にポンと乗せる。
「泣くなよ。お前のお陰で助かったんだから」
彼女がその手を振り切ることはなかった。「子ども扱いしないでよ」と涙声で訴える彼女は、いつもの強気な姿などどこにもなかった。
『修司くん、今凄い気配感じたけど無事? 美弦と合流できた?』
耳の通信機に綾斗の声が入り、修司はマイクのスイッチを入れる。
「はい、合流しました。ちょっと事故があって、美弦に助けてもらいました。みんな無事です」
『分かった。じゃあ戻って来て』
「行かなきゃ」と涙を拭う美弦。
スイッチをオフにして「大丈夫か?」と声を掛けると、美弦はきまり悪そうに俯きながら、こくりと頷いた。
そして改まった顔で修司を見上げる。
「何?」
「……制服着てたんだ。ちょっとだけ似合ってるんじゃない?」
突然の言葉に不意を突かれて、修司は思わず吹き出してしまう。
「それ、今言うセリフかよ」
「笑わないでよ! 人が折角褒めてやってるんだから!」
真っ赤になる彼女が何だか可笑しかった。いつもの彼女が戻ってホッとする。
「ありがとな。なぁ美弦、俺キーダーになったからさ、お前の隣にいてもいいか?」
美弦は修司をじっとりと睨みつけ、拗ねるように目を逸らした。
「いいに決まってるでしょ。この二年間、私が何人の男をフッたと思ってるのよ」
「──マジかよ」
「アンタが遅いからいけないのよ」
「馬鹿」とボヤいた彼女を、修司は衝動的に抱き締める。
「好きだ」
「……馬鹿」
美弦はもう一度そう言って、修司の胸に顔を埋めた。
☆
仲間のキーダーと合流すると、程よくして撤収が始まった。
全体の被害は大きかったが、桃也のお陰もあって敵味方合わせても全員が生き残ることができた。
捕らえたホルスは全部で二十五人。その中でバスクは律を含めて三人だ。
一命を取りとめた律は、折り返しで戻ってきたコージに病院へと運ばれたらしい。
「安藤律を捕らえた所で、得られる情報なんてほんの僅かしかない。ホルスを揺さぶる事さえできないと思うよ」
帰り際、綾斗がそんなことを言った。
移動の合間、修司は譲からのメールに気付く。一時間ほど前に来ていたものだ。
『ジャスティのみんなのこと守ってくれよな、キーダー』
譲の必死な顔が浮かんで修司がにやりと笑みを零すと、隣で美弦が訝しげに眉をしかめて画面を覗き込んだ。
「ちゃんと終わったからな」と呟いて、修司は返信を送る。
今まで使った事もない『任務完了』と書かれた、無料配布の可愛らしい熊のスタンプだ。あっという間に既読マークがついて、『ありがとう』と、えりぴょんの写真が付いたスタンプが返ってきた。
「うわぁぁぁあ!」
効果のない体当たりをしたまま逃げる事もできず、近藤にしがみ付いた状態で終わりを迎えるのか。
それだけは嫌だと発狂しながらも、ただ叫ぶことしかできない。
修司が近藤を庇うように背中を丸めたところで、死の予感と同時に彼女の声が響き渡った。
「修司いぃいいっ!」
正面からの足音と強い気配。恐怖に目を閉じて暗転した視界に、意識はそのまま留まっている。
幾ら待っても終わりの瞬間はやって来なかった。
予想より三呼吸分程遅れて響いた轟音に身を縮める。距離が少し遠い気がしてそっと目を開けると、落下したライトはステージの奥で弾け飛んでいた。
額にびっしょりと汗を滲ませて、美弦は呆然としたまま端のスロープを下りて来る。
離れた位置からの念動力は彼女にとって苦手な技だ。けれど今生きている奇跡が彼女の力だと確信して、修司は近藤を離れてフラつく彼女へ手を伸ばした。
「ありがとうな」
「……私がやったの?」
「風船の時と同じだと思うよ」
感情の高まりがバスクの暴走を引き起こすように、目の前の事態に冷静さを失った彼女の意識が強い力を発動させたのだろう。
修司の手を掴んだ美弦の目に涙が溢れた。
「す、すまないね、君たち」
流石の近藤も腰が抜けたようで、よろめいた巨体を側の座席へドスリと埋めた。
「アンタが死んだら、泣く奴がいっぱいいるだろう?」
混乱の元凶である近藤には怒りしか湧かないが、彼を助けようとしたことはキーダーとして正しかったと思える。
近藤は素直に「ありがとう」と瞼を伏せた。
「何よ、びっくりさせないでよ。私は修司を迎えに来ただけなのよ?」
美弦は声も身体も震わせて、ボロリと零れた涙のままにわんわんと泣き出した。
「ばっかじゃないの? 私なんかに助けられて。死んだらどうするつもりだったのよ」
「けど、美弦が来てくれた。俺はできなかったのに、美弦はちゃんと力使えたじゃん? 凄ぇよ」
咄嗟の判断も訓練の賜物だと修司は痛感する。
二年の差は大きい。何もせずアルガスから逃げていた自分は、今日ここに来て動くことができなかった。
泣きじゃくる美弦が小さく見えて、修司は空の手を彼女の頭にポンと乗せる。
「泣くなよ。お前のお陰で助かったんだから」
彼女がその手を振り切ることはなかった。「子ども扱いしないでよ」と涙声で訴える彼女は、いつもの強気な姿などどこにもなかった。
『修司くん、今凄い気配感じたけど無事? 美弦と合流できた?』
耳の通信機に綾斗の声が入り、修司はマイクのスイッチを入れる。
「はい、合流しました。ちょっと事故があって、美弦に助けてもらいました。みんな無事です」
『分かった。じゃあ戻って来て』
「行かなきゃ」と涙を拭う美弦。
スイッチをオフにして「大丈夫か?」と声を掛けると、美弦はきまり悪そうに俯きながら、こくりと頷いた。
そして改まった顔で修司を見上げる。
「何?」
「……制服着てたんだ。ちょっとだけ似合ってるんじゃない?」
突然の言葉に不意を突かれて、修司は思わず吹き出してしまう。
「それ、今言うセリフかよ」
「笑わないでよ! 人が折角褒めてやってるんだから!」
真っ赤になる彼女が何だか可笑しかった。いつもの彼女が戻ってホッとする。
「ありがとな。なぁ美弦、俺キーダーになったからさ、お前の隣にいてもいいか?」
美弦は修司をじっとりと睨みつけ、拗ねるように目を逸らした。
「いいに決まってるでしょ。この二年間、私が何人の男をフッたと思ってるのよ」
「──マジかよ」
「アンタが遅いからいけないのよ」
「馬鹿」とボヤいた彼女を、修司は衝動的に抱き締める。
「好きだ」
「……馬鹿」
美弦はもう一度そう言って、修司の胸に顔を埋めた。
☆
仲間のキーダーと合流すると、程よくして撤収が始まった。
全体の被害は大きかったが、桃也のお陰もあって敵味方合わせても全員が生き残ることができた。
捕らえたホルスは全部で二十五人。その中でバスクは律を含めて三人だ。
一命を取りとめた律は、折り返しで戻ってきたコージに病院へと運ばれたらしい。
「安藤律を捕らえた所で、得られる情報なんてほんの僅かしかない。ホルスを揺さぶる事さえできないと思うよ」
帰り際、綾斗がそんなことを言った。
移動の合間、修司は譲からのメールに気付く。一時間ほど前に来ていたものだ。
『ジャスティのみんなのこと守ってくれよな、キーダー』
譲の必死な顔が浮かんで修司がにやりと笑みを零すと、隣で美弦が訝しげに眉をしかめて画面を覗き込んだ。
「ちゃんと終わったからな」と呟いて、修司は返信を送る。
今まで使った事もない『任務完了』と書かれた、無料配布の可愛らしい熊のスタンプだ。あっという間に既読マークがついて、『ありがとう』と、えりぴょんの写真が付いたスタンプが返ってきた。
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