184 / 622
Episode2 修司
86 体当たり
しおりを挟む
階段を二階まで一気に駆け下りて、修司は彰人に言われた通りロビーからステージのあるホールへと重厚な扉を開いた。
そこで目にした光景に愕然とする。
競技場とでも言わんばかりの広いホールが崩壊していたのだ。つい一時間ほど前までジャスティの華やかなライブが行われていたのに、廃墟にでも紛れ込んでしまったような錯覚に陥ってしまう。
中央のステージへ向けて斜めに降りる観客席の一部は大きく円形に陥没し、椅子はガタガタに乱れ、横に細長く伸びたステージは半分が抉り取られている。一面に散乱する瓦礫が戦闘の壮絶さを物語った。
煙たい空気に混じって、大分強い力の気配が残っている。
戦っていたのは、彰人たちが話していた九州のキーダーなのだろうか。
けれど既にその姿はなく、沈黙に足を竦ませながらステージ横で緑色に光る非常口の明かりを目指した。
舞い上がった塵を吸い込んで、込み上げる咳を片腕で覆う。
桃也の言う通り足元は悪く、瓦礫にはガラス片も混じっていた。それを爪先立ちで回避しながら降りていくと、自分の足音に突然別の物音が重なって、修司は全身を強張らせる。
力の気配に動きはないが、ホルスにはノーマルも多い。拳銃でも向けられたらと恐怖を募らせて周囲に視線を配ると、ステージ最前列中央の椅子に人の頭が飛び出ていることに気付いた。
遠目に見る後頭部だけでは男か女かすらわからないが、声を掛けようとすると相手が先に動きを見せる。
シートから灰色のストライプ柄がのっそりと生え、脂ぎった顔がこちらを振り返った。
パンパンと手を叩きながら、呆れるくらいに満悦の表情で、近藤武雄は「素晴らしい」と唸る。
「アンタか」
「いやぁ、実に良かった。楽しませてもらったよ」
どっと疲れが増して、修司は溜息を吐き出す。興奮気味の近藤の賞賛など、さっぱり理解できなかった。
「楽しかったって、本気で言ってるんですか?」
「君は生きることに不器用な男なのか? 最高の舞台を前に、本気で楽しまなくてどうする。私は今も震えが止まらないよ」
「最高って、何喜んでるんだよ。怪我した人だっているんだぞ?」
京子も律も深い傷を負ったし、このホールを見ても敵味方共に重傷者は出ただろう。
それなのに、当の近藤は傷一つない。この事態を引き起こした彼が傍観者でしかなかったことが腹立たしくてたまらなかった。
「アンタはアイドルを育ててるんだろ? その舞台がこんな事になって、何も思わないのかよ」
「壊れたものは直せばいいんだよ。なぁに、ここの修繕費くらい私が全部払ってやる。彼女たちの命も、観客の命もお前たちキーダーが守ってくれたんだろう? 私もこの通り無傷だ。感謝するよ」
近藤は本気だ。修司が何か言ったところで、彼の胸には全く響かない。
「アンタが楽しけりゃいいのかよ」
「それは違う。エンターテイメントというのは、感動の共感が大事なんだ。それを世に与えるのが私の仕事だよ。君たちの力が欲しいと言っただろう?」
「アンタ、狂ってるよ」
心から近藤の事をそう思うのに、ジャスティの少女たちは彼の下に居る選択をする。
修司はステージの前まで歩き、近藤と向き合った。
「君のことを羨ましく思うよ。私もキーダーになりたかった。実に素晴らしい力だな」
「俺は……アンタにだけはこの力がなくて良かったと思うよ」
ふんと鼻を鳴らして、近藤は「さて帰ろうか」と非常口へ向けて歩き出した。すれ違いざま、脂ぎった顔が「君も、もっと強くなるんだぞ」と笑う。
「ふざけるな!」
その背中に叫んだ瞬間、修司の身体を殺気が駆け抜ける。
頭上で何か物音がした気がした。
けれど近藤は気付いていない。
修司はハッと目線を仰いで驚愕する。
「あ!」と息を飲み込むのが精一杯。それ以上の言葉が出なかった。近藤の頭上で黒い金属のライトが揺れたのだ。
戦闘の衝撃でネジが緩んだのだろうか。固定具を引き千切って、近藤へ真っすぐに落ちてくる。それは、修司の気持ちを代弁しているかのようだった。
近藤を助けたいとは思わない。彼がこんな提案をしなければ、京子も律もあんな怪我を負うことはなかったのだ。
けれど今、目の前に起きようとする悲劇の瞬間を、呆然と見届けるわけにはいかなかった。
頭より先に足が地面を蹴る。しかし落下のスピードは想像を遥かに上回る。
修司は近藤に体当たりするが、巨体は一歩よろけただけだ。「どうした?」と首を傾げつつ、修司の視線を追った近藤の目が恐怖に満ちる。
盾を生成すれば良かったのかもしれない。
けれど体当たりの衝撃に怪我の痛みが響いて、可能性も薄いその行為を選択する余裕など修司にはなかった。
逃げることもできずに恐怖を叫ぶ。
「うわぁぁぁあ!」
そこで目にした光景に愕然とする。
競技場とでも言わんばかりの広いホールが崩壊していたのだ。つい一時間ほど前までジャスティの華やかなライブが行われていたのに、廃墟にでも紛れ込んでしまったような錯覚に陥ってしまう。
中央のステージへ向けて斜めに降りる観客席の一部は大きく円形に陥没し、椅子はガタガタに乱れ、横に細長く伸びたステージは半分が抉り取られている。一面に散乱する瓦礫が戦闘の壮絶さを物語った。
煙たい空気に混じって、大分強い力の気配が残っている。
戦っていたのは、彰人たちが話していた九州のキーダーなのだろうか。
けれど既にその姿はなく、沈黙に足を竦ませながらステージ横で緑色に光る非常口の明かりを目指した。
舞い上がった塵を吸い込んで、込み上げる咳を片腕で覆う。
桃也の言う通り足元は悪く、瓦礫にはガラス片も混じっていた。それを爪先立ちで回避しながら降りていくと、自分の足音に突然別の物音が重なって、修司は全身を強張らせる。
力の気配に動きはないが、ホルスにはノーマルも多い。拳銃でも向けられたらと恐怖を募らせて周囲に視線を配ると、ステージ最前列中央の椅子に人の頭が飛び出ていることに気付いた。
遠目に見る後頭部だけでは男か女かすらわからないが、声を掛けようとすると相手が先に動きを見せる。
シートから灰色のストライプ柄がのっそりと生え、脂ぎった顔がこちらを振り返った。
パンパンと手を叩きながら、呆れるくらいに満悦の表情で、近藤武雄は「素晴らしい」と唸る。
「アンタか」
「いやぁ、実に良かった。楽しませてもらったよ」
どっと疲れが増して、修司は溜息を吐き出す。興奮気味の近藤の賞賛など、さっぱり理解できなかった。
「楽しかったって、本気で言ってるんですか?」
「君は生きることに不器用な男なのか? 最高の舞台を前に、本気で楽しまなくてどうする。私は今も震えが止まらないよ」
「最高って、何喜んでるんだよ。怪我した人だっているんだぞ?」
京子も律も深い傷を負ったし、このホールを見ても敵味方共に重傷者は出ただろう。
それなのに、当の近藤は傷一つない。この事態を引き起こした彼が傍観者でしかなかったことが腹立たしくてたまらなかった。
「アンタはアイドルを育ててるんだろ? その舞台がこんな事になって、何も思わないのかよ」
「壊れたものは直せばいいんだよ。なぁに、ここの修繕費くらい私が全部払ってやる。彼女たちの命も、観客の命もお前たちキーダーが守ってくれたんだろう? 私もこの通り無傷だ。感謝するよ」
近藤は本気だ。修司が何か言ったところで、彼の胸には全く響かない。
「アンタが楽しけりゃいいのかよ」
「それは違う。エンターテイメントというのは、感動の共感が大事なんだ。それを世に与えるのが私の仕事だよ。君たちの力が欲しいと言っただろう?」
「アンタ、狂ってるよ」
心から近藤の事をそう思うのに、ジャスティの少女たちは彼の下に居る選択をする。
修司はステージの前まで歩き、近藤と向き合った。
「君のことを羨ましく思うよ。私もキーダーになりたかった。実に素晴らしい力だな」
「俺は……アンタにだけはこの力がなくて良かったと思うよ」
ふんと鼻を鳴らして、近藤は「さて帰ろうか」と非常口へ向けて歩き出した。すれ違いざま、脂ぎった顔が「君も、もっと強くなるんだぞ」と笑う。
「ふざけるな!」
その背中に叫んだ瞬間、修司の身体を殺気が駆け抜ける。
頭上で何か物音がした気がした。
けれど近藤は気付いていない。
修司はハッと目線を仰いで驚愕する。
「あ!」と息を飲み込むのが精一杯。それ以上の言葉が出なかった。近藤の頭上で黒い金属のライトが揺れたのだ。
戦闘の衝撃でネジが緩んだのだろうか。固定具を引き千切って、近藤へ真っすぐに落ちてくる。それは、修司の気持ちを代弁しているかのようだった。
近藤を助けたいとは思わない。彼がこんな提案をしなければ、京子も律もあんな怪我を負うことはなかったのだ。
けれど今、目の前に起きようとする悲劇の瞬間を、呆然と見届けるわけにはいかなかった。
頭より先に足が地面を蹴る。しかし落下のスピードは想像を遥かに上回る。
修司は近藤に体当たりするが、巨体は一歩よろけただけだ。「どうした?」と首を傾げつつ、修司の視線を追った近藤の目が恐怖に満ちる。
盾を生成すれば良かったのかもしれない。
けれど体当たりの衝撃に怪我の痛みが響いて、可能性も薄いその行為を選択する余裕など修司にはなかった。
逃げることもできずに恐怖を叫ぶ。
「うわぁぁぁあ!」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる