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Episode2 修司

81 師匠の忠告

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 律の状態を目の当たりにした途端、急に頭が冷静になった。
 修司は「落ち着け」と自分に言い聞かせながら、縛られた腕を確認する。

 修司の傷は肘の上で、痛みさえあるが肉を貫通かんつうした感覚もなく指も動かすことが出来た。
 逆に、律の怪我は腕とはいえ肩に近い位置だ。手がダラリと落ちて、骨が折れているようにも見える。
 桃也の攻撃が決定打となったのだろう。止血の追い付いていない彼女との出血量を比べたら、修司の傷などかすり傷のようなものだった。

 律の攻撃はスピードさえ速かったが、もはやいつもの覇気はきを感じられるものではない。

「今日はもう終わりにした方が賢明けんめいだよ」

 苦言くげんていした彰人に、律は明らかに不快な顔を見せた。

「まだ……退避する時じゃないの」
「誰の命令か知らないけど、決着はついてるんじゃない?」
「決着なんて、ここを退く理由にはならないのよ。最後まで私がホルスとして戦うことに意味があるの」

 はっきりと否定する声にも疲弊ひへいを感じてしまう。しかしこれでも彼女はホルスの幹部かんぶで能力者なのだ。
 次の攻撃に備えて修司が趙馬刀ちょうばとうの柄を構えると、彰人が「待って」と腕を伸ばし、立ち尽くす律に微笑みかけた。

「僕は、逃げ時を見極めることも強さだと教えられて育ったんだけどね」

 それを言ったのは彰人の父親だろうか。
 かつて颯太そうたと共にキーダーとしてアルガスに監禁かんきんされ、解放と共に外へ出た遠山浩一郎とおやまこういちろうだ。彼は二年前、息子である彰人と共にアルガスへ復讐ふくしゅうくわだてたのだ。

「一つ話をさせてくれる?」
「何よ」

 律は眉をひそめた。彰人は「これだけは言っておきたかったんだ」と前置きして、その話を口にした。

「君を監視する役目だけど、これって元々は僕の仕事じゃなかったんだよ。ところが、律にヤキモチ焼いちゃう先輩がいてね。生憎あいにく僕にはそんな相手いないから引き受けたんだ。前々から君には会ってみたいと思ってたからね」

 「本心だよ」と付け加えて、彰人はすっきりした顔ではにかんだ。

 銀環のない彰人の方が都合が良かったのだろうが、元々それは桃也の仕事だったようだ。
 京子は修司のトレーナーを桃也で適任だと言っていた。そのことに不服はないが、彼女の気持ちを含めての事情だったのかもしれない。

「何よ突然。告白のつもり?」
「愛を語ったつもりはないよ」

 表情を陰らせる律に、彰人は肩をすくめて見せた。

「律、君はいつまで過去に囚われようとするの? 元恋人と、君をかばったバスクの男と。君がどう思おうと二人とも戻っては来ないんだよ?」
「ちょっとやめてよ。あの男の話はしないで」

 足元をふらつかせて、律は声を荒げた。小さくくすぶる気配が乱れたことに気付いて、修司はジリリと片足を引いて攻撃のタイミングを見計らう。

「私は、高橋が貫いたホルスへの意思を継ぎたいのよ」
「そんなことしてどうなるっていうんですか!」

 光の盾の奥に見える律のほおに涙が伝うのが分かって、修司は声を張り上げた。
 彼女やホルスの事情など全く知らないし、思い込みの発言なのは重々承知じゅうじゅうしょうちしている。
 けれど、今日ここに来て感じた違和感をどうしても吐き出したかった。

「ホルスは本当に律さんの仲間なんですか? 律さんがこんなに苦しんでるのに、誰も助けに来てくれないじゃないですか!」

 下の階にはホルスが何人もいて、その中には能力者も居るらしい。今こうしている間も、いくつもの気配が足元で殺気を振り乱しているのだ。
 それなのに、屋上で倒れていた入れ墨坊主も、瀕死ひんしの状況でここにいる律も、修司には一人で戦っているようにしか見えなかった。

 これがホルスの実態なのか。能力者でさえ捨て駒にすぎないのだろうか。

「それでも、律さんは俺たちの敵なんですか?」
「貴方がそれを選んだんでしょう? 私の仲間になってくれなかったじゃない」
「俺は、同じ境遇の仲間が欲しいと思ってたんです。律さんと一緒に居た時間が楽しいと思えたのに……何でホルスなんですか? それじゃあ俺には貴女を選ぶことが出来ません」
「だったら……」

 律は出し掛けた言葉を飲み込んで、瞳を強く閉じた。痛みの間隔が狭くなっているのが見て取れる。

「律、折角せっかく治ろうとしている自分の身体に逆らうのは良くない。ボロボロだよ?」

 彰人の残念そうな声に、修司はふと頭を押さえた。
 脳裏をかすめた古い記憶が、その言葉にうずく。

「ボロボロ……?」

 呟いて律を見る。彼女は本当にボロボロだ。
 その言葉をどうして思い出せなかったのだろうと修司は彰人を振り返り、頭を駆け巡る平野の言葉を復唱した。

「そんなにボロボロになったら、暴走するぞ……?」
「え?」

 パアンと屋上の端で照明の管が破裂はれつした。
 律は力なく仁王立ちしたまま、表情一つ変えず冷たい視線で二人を見据える。

「ボロボロって。疲労ひろうも暴走を引き起こすってこと?」
「昔、平野さんに何度か注意されたことがあるんです」

 流石の彰人も首をひねった。
 修司にも確信はないが、事実なら今の状況が危険だということは明確だった。

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