スラッシュ/キーダー(能力者)田母神京子の選択

栗栖蛍

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Episode2 修司

73 空間隔離

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 二人が戦闘態勢に入る。
 ゲージを振り切るような気配の上昇に驚いて、修司が二人の間に飛び込んだ。しかし京子が「駄目だよ」と背後へ庇う。

 「来ないの?」とりつが修司を挑発した。

「貴女、修司と戦うつもり?」
「キーダーは敵よ。貴女も彼も変わらないわ」
「だったら私を倒してからにして。修司は早く下がって!」
「は、はい」

 殺気立つ二人に、修司は言われるまま後ろへ走った。自分が入り込むすきはない。

 アンコールに入って二曲目。横のモニターから流れてくる曲が最後のサビに入る。
 次はあるのかと不安になって京子を伺うと、彼女も状況を把握はあくして再び通信機のマイクを入れた。

「アンコール、あと一曲だけ長引かせて。綾斗あやとは終わったら搬入口から観客を退避たいひさせてね。大事おおごとにさせないように」

 言い切った京子は趙馬刀ちょうばとうを抜いて力を込めた。つかから伸びる青白い光の刃が、桃也とうやの見せてくれたそれよりも短い位置で動きを止める。
 サイズや形状は個々によって違うようで、彼女の刀は真っすぐ伸びた洋剣のようだった。

「ホルスの貴女は何で戦うの?」
生憎あいにく剣は使えないのよ。けどそんな事、私には大した問題じゃないわ」

 口元に手を当てて、律はふふっと微笑む。その表情が猟奇的りょうきてきで、修司も刃のない趙馬刀をがっちりと握り締めた。
 互角に戦うことなどできないし、二人の眼中に自分などいないことは分かっているのに、不安と恐怖で全身の汗が止まらなかった。

 「それより」と律が周囲を見渡して、首をかしぐ。

「貴女こんな狭い場所で私と戦うつもり? 壁なんてすぐに突き抜けるわよ? ノーマルを傷つけるのがキーダーの仕事なのかしら?」

 楽しそうに話す律に、修司は辺りを見渡した。
 天井はある程度の高さがあり、それなりの広さもある。けれど、光を飛ばして戦えるかというと無理があった。アルガス襲撃しゅうげき惨状さんじょうをきちんと見たわけではないが、改装された壁や折れた鉄塔は目の当たりにしている。
 壁一枚へだてた向こうに大勢の観客がいるという状況で穴が開けば、少なからず負傷者が出てパニックになるだろう。

 「駄目ですよ」と叫ぶ修司を、京子は「落ち着きなさい」となだめる。

「壁を守る自信はあるよ」

 彼女の自信は強がっているだけには見えない。けれど律は「無理しないで」と笑った。

「心配しなくていいわ。私だって中の観客やアイドルを傷つけようなんて無慈悲むじひな女じゃないから」

 そう言って見せた律のにっこりとした笑顔は、通常モードの彼女だ。そんな顔で何をするのだと修司が構えると、突然モニターからの音が静まる。

 『みんな、有難う』と少女の声がして、野太い男たちの歓声が響き渡った。

『じゃあ、これがほんとに最後の曲だよ。また、みんなに会えますように!』

 流れ始めたメロディは、アンコール前の最後に流れたものと同じ、修司のスマホに入れられたあの曲だった。
 京子の促したラスト一曲。

「長引かせたところでメリットなんてないからね。この一曲でカタを付ける」
「ちょうど良かったわ。これの限界が五分くらいなのよ。ちょうど一曲分」

 律は白く光らせた右手を、頭上でくるりと回転させた。風が吹き上がるように再び気配が強まって、修司はそっと後退あとずさる。

 光の軌道きどうが宙に大きな円を描いた。
 「何?」と伺う京子の声に重ねて「見てて」と律は微笑む。

 彼女の声を合図に、光がキンと鋭い音を立てて辺り一面に広がっていく。一瞬耳が痛んで修司はてのひらふさぐが、すぐにそれは治まった。
 強い光は風景に溶け、何事もなかったかのように元通りになる。まだ少しだけ残る耳鳴りにモニターの音が遠のいた。

「これって、空間隔離かくりだよね?」
「名前なんて知らないけど、そんなものかしら。ここから見渡せる視界はおおったわ」
「広範囲の空間隔離は特殊能力だった筈。そんな力があるのにホルスでいるの?」
「私は私のしたいことをしているだけよ」

 律は人差し指を今度は胸の前で回し、そこに生み出した白い光をホールへの壁へ向けて飛ばした。
 修司は粉々になる壁を予測して「うわぁ」と叫ぶが、光は壁に弾かれて霧散してしまう。

「さっき張った膜が力を吸収するから、建物へのダメージはないわ」

 「すごい」と修司は胸を撫で下ろした。緊張が少しだけ緩むと、モニターからの曲が小さく耳に届いてくる。
 今この状況に合わせるBGMにしては、あまりにも違和感を覚えてしまう歌詞だ。こんなにも軽快でポジティブな曲の中で彼女たちは戦おうというのか。

 けれど、二人の耳に彼女たちの歌声なんて聞こえていないのかもしれない。
 光の結界のリミットに彼女たちの気持ちが急いて、爆音が辺りをとどろかせた。

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