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Episode2 修司
59 トリガー
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メインの大階段とは違い、その部屋へ降りる階段は建物の奥にひっそりとあった。
地下通路には目的の場所以外にも幾つか扉が並んでいたが、ぱっと見ただけでは中の様子は分からない。
手前から二番目の扉をIDカードで解錠して、桃也が「入れよ」と修司を中へ促した。
地下の資料庫と聞いて陰気なかび臭さを想像したが、中は空調が管理されていて思った以上に快適だった。
天井は高く、高窓からの光が部屋の様子を照らし出す。『資料庫』という名の通り、壁一面をファィル棚や本棚がびっしりと埋めていた。
「ここにある資料を見れば、アルガスの全てがわかるんですか?」
「大体な」
桃也は照明のスイッチを入れて、長机に下ろしたファイルを一つずつ棚へ戻していく。
「俺が読んでもいいんですか? キーダーになるって、まだちゃんと返事していませんけど」
『大晦日の白雪』や、二年前の襲撃について書いてあるものがあるなら読んでみたいし、颯太が居た解放前のことも知りたいと思うのは、純粋な興味本位からだ。
「キーダーになるなら事実を把握することは悪いことじゃないと思うぜ。機密事項は多いけど、アルガスの変遷を辿るにはこれ以上の場所なんてないからな」
修司はこくりと顎を引いて棚を見渡した。
ファイルの背に貼られたレーベルにはナンバリングされた数字と日付のみが書かれている。勿論それだけでは中身を想像することすらできなかった。
そんな中ふと入口の扉の内側に貼られたポスターが目にとまって、修司は「あっ」と声を上げる。
ここには不釣り合いなビールの宣伝ポスターだ。
色褪せた紙は所々が破けていて、セロテープで補修してある。よく見るメーカーのビールだが、レトロなデザインラベルが懐かしさを感じさせた。
何よりも、ポスターの中央に写るジョッキを持った男の顔に見覚えがある。
「大分昔のだよな。今じゃ白髪の爺さんだもんな」
近所のおじさんの話でもするように桃也は笑うが、修司から見れば彼は偉人だ。
「大舎卿ですよね? 七年前あの隕石から日本を救ったっていう」
「そうそう。こんな仕事もしてたのかって思うと同情するよ。たまに変な依頼通すんだよな、ここの偉いオッサン達。この人、普段はこんな風に笑ったりしないんだぜ」
太陽を真上から浴びた爽やかな笑顔は、確かに今まで見た資料の写真にはなかった表情だ。
「これだと英雄っていうかスターですよね。俺もいつか会えたらいいなって思います」
「ここに居りゃ会えるだろ。所属は本部のままだし、今は溜め込んだ有給休暇を消化してるだけだからな」
持ってきたファイルの整頓を終え、桃也は空になった長机の椅子を引いた。
「修司は自分がバスクだってずっと知ってたんだろ? 俺は父親の仕事の関係で、海外の病院で生まれたんだ。だから検査しなかったのは偶然だったんだと思う。そのせいでずっと能力の事を知らなかったんだよ」
そういうこともあるのかと頷いて、修司は桃也の向かいに座り、彼の言葉に耳を傾けた。誰にでも話せるような明るい話題でないことを、その表情が醸し出している。
「けど、それで覚醒を逃れられるわけじゃないからな。銀環の抑制がない分、力は早く目覚める。少しずつ能力の断片を自覚できるようになって……」
そこまで言って、桃也は言葉を一旦閉ざしてしまった。深く息を吐き出して、肩肘をついた手で自分の額を覆う。
重い空気が流れるのを彼自身感じたのか、「悪い」と顔を上げた。
「桃也さんは、二年前のアルガス襲撃の時、キーダーとして戦ったんですか?」
「あぁ。初陣って言ったらカッコ良く聞こえるのかもしれないけど、訓練もほとんどしてなかったから大して役に立たなかった」
「そうなんですね。じゃあ、大晦日の白雪の時は、まだバスクだったんだ」
軽い気持ちで口にしたその言葉が、桃也の表情を一変させる。
テーブルの中央を見つめる困惑した瞳に、修司はしまったという気持ちでいっぱいになった。
彼のトリガーを引いた言葉を状況の逆回転で探り、それが大晦日の白雪だと修司が理解した時、桃也は急に「よし」と吹っ切れたような顔で立ち上がった。
地下通路には目的の場所以外にも幾つか扉が並んでいたが、ぱっと見ただけでは中の様子は分からない。
手前から二番目の扉をIDカードで解錠して、桃也が「入れよ」と修司を中へ促した。
地下の資料庫と聞いて陰気なかび臭さを想像したが、中は空調が管理されていて思った以上に快適だった。
天井は高く、高窓からの光が部屋の様子を照らし出す。『資料庫』という名の通り、壁一面をファィル棚や本棚がびっしりと埋めていた。
「ここにある資料を見れば、アルガスの全てがわかるんですか?」
「大体な」
桃也は照明のスイッチを入れて、長机に下ろしたファイルを一つずつ棚へ戻していく。
「俺が読んでもいいんですか? キーダーになるって、まだちゃんと返事していませんけど」
『大晦日の白雪』や、二年前の襲撃について書いてあるものがあるなら読んでみたいし、颯太が居た解放前のことも知りたいと思うのは、純粋な興味本位からだ。
「キーダーになるなら事実を把握することは悪いことじゃないと思うぜ。機密事項は多いけど、アルガスの変遷を辿るにはこれ以上の場所なんてないからな」
修司はこくりと顎を引いて棚を見渡した。
ファイルの背に貼られたレーベルにはナンバリングされた数字と日付のみが書かれている。勿論それだけでは中身を想像することすらできなかった。
そんな中ふと入口の扉の内側に貼られたポスターが目にとまって、修司は「あっ」と声を上げる。
ここには不釣り合いなビールの宣伝ポスターだ。
色褪せた紙は所々が破けていて、セロテープで補修してある。よく見るメーカーのビールだが、レトロなデザインラベルが懐かしさを感じさせた。
何よりも、ポスターの中央に写るジョッキを持った男の顔に見覚えがある。
「大分昔のだよな。今じゃ白髪の爺さんだもんな」
近所のおじさんの話でもするように桃也は笑うが、修司から見れば彼は偉人だ。
「大舎卿ですよね? 七年前あの隕石から日本を救ったっていう」
「そうそう。こんな仕事もしてたのかって思うと同情するよ。たまに変な依頼通すんだよな、ここの偉いオッサン達。この人、普段はこんな風に笑ったりしないんだぜ」
太陽を真上から浴びた爽やかな笑顔は、確かに今まで見た資料の写真にはなかった表情だ。
「これだと英雄っていうかスターですよね。俺もいつか会えたらいいなって思います」
「ここに居りゃ会えるだろ。所属は本部のままだし、今は溜め込んだ有給休暇を消化してるだけだからな」
持ってきたファイルの整頓を終え、桃也は空になった長机の椅子を引いた。
「修司は自分がバスクだってずっと知ってたんだろ? 俺は父親の仕事の関係で、海外の病院で生まれたんだ。だから検査しなかったのは偶然だったんだと思う。そのせいでずっと能力の事を知らなかったんだよ」
そういうこともあるのかと頷いて、修司は桃也の向かいに座り、彼の言葉に耳を傾けた。誰にでも話せるような明るい話題でないことを、その表情が醸し出している。
「けど、それで覚醒を逃れられるわけじゃないからな。銀環の抑制がない分、力は早く目覚める。少しずつ能力の断片を自覚できるようになって……」
そこまで言って、桃也は言葉を一旦閉ざしてしまった。深く息を吐き出して、肩肘をついた手で自分の額を覆う。
重い空気が流れるのを彼自身感じたのか、「悪い」と顔を上げた。
「桃也さんは、二年前のアルガス襲撃の時、キーダーとして戦ったんですか?」
「あぁ。初陣って言ったらカッコ良く聞こえるのかもしれないけど、訓練もほとんどしてなかったから大して役に立たなかった」
「そうなんですね。じゃあ、大晦日の白雪の時は、まだバスクだったんだ」
軽い気持ちで口にしたその言葉が、桃也の表情を一変させる。
テーブルの中央を見つめる困惑した瞳に、修司はしまったという気持ちでいっぱいになった。
彼のトリガーを引いた言葉を状況の逆回転で探り、それが大晦日の白雪だと修司が理解した時、桃也は急に「よし」と吹っ切れたような顔で立ち上がった。
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