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Episode2 修司

47 帰ってきた男

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「そういえば、この間力を使ったって言ってたけど、山に行った時の事?」

 こちらを伺う京子の質問に暗い空を渡るヘリの光を思い出して、修司しゅうじは身を強張こわばらせた。

「バスクはよくやるんだよね。でも山には管理者が必ず居るし、ああいうのは良くないから。大体、あそこがアルガスの所有地だって知ってたの?」
「……はい」

 何も知らずに連れて行かれたからと誤魔化すことはできなかった。
 あの山がそうだと知って、帰る選択をしなかったからだ。

「もぅ。そんなにあの女を信用してたの?」
「……多分、そういう事なんだと思います」

 りつと二人きりだったらもう少し警戒しただろうか。あそこに第三者的な彰人あきひとが居たことで、気が緩んでしまったのかもしれない。

「意地悪なこと聞くようだけど、私の仕事だと思って許して。あの日は関西の支部から戻るところだったの。まさかあんな派手にやってるとはね。私は気配感じ取るの苦手だけど、それでもすぐ分かったよ」
「えっと……」

 じっと見つめる京子の視線から逃れて、修司は出し掛けた言葉を飲み込んだ。
 アルガスに事情は筒抜けらしい。
 あの時やってきたヘリの恐怖が一瞬強く下りてきて、修司は膝を抱え込んだ。

「あれは京子さんだったってことですか」
「そういう事」
 
 ヘリの接近を敵の襲撃しゅうげきだと感じて命の危機さえ垣間見たが、その相手は目の前で穏やかに微笑む京子だという。

 敵か味方かを判断しろよ――そう自分に言い聞かせる。
 「すみません」と絞り出す修司に京子が「うん」と返事して、

「あんな所で勝手に力を使うのは良くないよ。あれだけでも抑止力よくしりょくにはなったでしょ?」
「怖くてチビったんじゃない?」
「んなワケないだろ!」

 ニヤリと笑う美弦に反抗するが、近い状態だったことは否定できなかった。
 京子はそれ以上の追及はせず、今度は意外な人物の話題を口にする。

「全く、師匠ししょうが師匠なら弟子も弟子だね。修司は平野さんのトコに居たんだって?」
「えっ……」
「アンタがここに来る事になって、色々調べさせてもらったのよ」

 美弦は「バラしてないし」と口を動かす。
 最早もはや隠せることなど何もない丸裸状態だ。

「なら、平野さんの店の前で倒れたキーダーってのは、やっぱり京子さんだったんですか?」
「そんなこと聞いてたの?」

 ずっと疑問に思っていた事を尋ねると、京子は「ちょっと恥ずかしいね」と肩をすくめ、ケラケラと笑い出した。

「あの頃は東北にキーダーが不在だったから、能力沙汰ざたに関してはウチが管轄を広げて受け持ってたの。入りたてだった綾斗と行ったんだけど、平野さんほんと頑固で大変だったんだから。すぐは無理だけど、平野さんにはそのうち会えるよ。同じキーダーなんだから」
「はい」

 京子は美弦と同じことを言うと「そろそろ別の事しようか」と立ち上がって制服を整えた。

 ポケットを探った京子は、真っ赤なゴム風船を取り出しておもむろにふくらませる。修司は何をするのかと思ったが、美弦も眉を寄せたまま首を傾げていた。

 何の変哲へんてつもない風船が顔くらいの大きさになって、京子は「これくらいかな」と口を縛る。

「まぁ、ゲームみたいなものだよ」

 ふわりと空中に投げた風船は、ヘリウムガスを入れたかのようにぐんぐんと上昇し、やがて天井に貼り付いた。
 アルガスでは二階分だが、民家なら四階ほどの高さだろうか。首の後ろが痛いくらいに天井を仰ぎ、修司は遠くの赤い丸に目を凝らした。

「あれを割るのが今日の課題。私が力で押さえておくから、力で割っても、落としてから割っても好きにしていいよ」
「えっ? そんなこと俺にはまだ……」

 修司はずっと握っていた趙馬刀ちょうばとうをズボンのポケットに突っ込んで、手を横に振った。
 銀環ぎんかんの効果で、ただでさえ未熟みじゅくな力が抑制よくせいされているというのに、あんな遠くのものを操るなんて到底とうてい無理だと思ってしまう。

「そんなに難しく考えなくていいよ。ちょっと動かせば落ちて来るって。美弦はどう?」

 美弦は顔面に緊張を貼りつけて、風船を見上げたまま首を傾ける。

 そんな時、背後でカチリとペンをノックする音がした。
 それまでなかった気配が突然現れて、修司はドキリとする。

 背中を振り向こうとこころみたが、相手を確認する直前でパンと頭上で高い音が鳴り、視線が上へと引き上げられた。
 割れた風船が力を失って宙を舞い降りてくる。同時にカツンと叩き付けられたペンが、くるくると床を滑って後方へと走っていった。

 余りにも一瞬の出来事で、修司にはきちんと状況を把握することが出来なかった。
 ポタリと落ちた赤い風船から顔を起こすと、

桃也とうや――」

 戸惑うように息をのんだ京子が、修司の後ろを一点に見つめたまま緩い笑顔をにじませた。
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