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Episode2 修司

31 誰かの部屋で

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 入口の広いホールを抜け、『大階段』とでもしょうしたくなる正面の階段を上ると、小さな部屋へ案内された。

「ちょっと汚いけど我慢してね」

 綾斗あやとが身分証で部屋のロックを解除し、そんな一言を添えながら扉を開いた。
 「え?」と修司しゅうじは首を傾げるが、その意味はすぐに理解することができた。「はい」と答えた声が上擦うわずってしまう。

 部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは、テーブルに積み上げられた大量の紙やファイルの山だ。壁際に並んだ本棚にも、びっしりと本が埋め込まれている。
 荷台と化した机とロッカーに、ヤニで黄ばんだ白い壁。人の気配は殆どないが、きっと誰かが長い間使っていた部屋なのだろう。

「キーダーは所属の支部に部屋が割り当てられるんだ。ここも持ち主が居るんだけど、しばらく使ってないからね。本人に許可取ってあるから、遠慮はいらないよ」
「俺がここを?」
「仮住まいって事で。向こうに空き部屋はあるんだけど、今物置になってるから。片付け終わるまでここで我慢してくれる?」

 そういえば入口の横に知らない名前の書かれたプレートが付いていた。本来の部屋主は北陸の支部に長期出張しているらしい。

 勧められるままソファに座ると、美弦みつるが横に並んだ。
 綾斗は机から椅子を引いて来て、少し高い目線から「まずは」と切り出す。

「アルガスのトップは胸像の長官だけど、この支部では田母神京子たもがみきょうこさんがキーダーのまとめ役だから。俺たち以外にも何人か在籍してるけど、それぞれ忙しいから出払っててね。今日は俺が責任者ってことで」
「はい」
「上官はみんなノーマルだし気に食わないことがあるかもしれないけど、優遇されることも多いから。割り切っちゃえば、この仕事もそれなりに楽しいと思うよ」

 綾斗はいかにもな営業スマイルを浮かべて立ち上がった。

「改めて、木崎綾斗きざきあやとです。よろしくね」

 濃緑色のメガネを掛けた彼は、大人だがりつ彰人あきひとよりやや幼く見える。差し伸べられた右手にれると、さっき助けられた時に感じた激しい力の気配は消えていた。
 綾斗は再び椅子に掛け、上半身をかがめて修司を覗き込む。

「君は今の状況をどれくらい把握してる?」

 直球の質問だ。

「突然連れて来られて驚いてる感じもしなかったし。美弦とも知り合いなんだろう?」

 その事に触れるのはタブーな気がしていたが、承知の上での同席らしい。
 彼女が告げ口でもしたのかと思ったけれど、「私じゃないから」と美弦はほおをぱんぱんに膨らませてそっぽを向いてしまった。

「美弦がばらした訳じゃないよ。今日は俺一人で君の所に行く予定だったんだけど、学校休んでまで付いて行くって必死だったから」
「言わないで下さい、綾斗さん!」

 美弦はぐしゃりと歪めた顔を紅潮こうちょうさせて訴えるが、綾斗に「意識し過ぎ」と笑われ、再びぷいと顔を横に向けた。

 二人のやり取りを見ていると、拍子抜ひょうしぬけしてしまう。
 アルガスの中というのは、もっと殺伐としているものだと思っていた。平野や颯太に『キーダーは国の犬だ』『最前線で戦わねばならない』と負の情報ばかり聞かされていたからだ。
 それは外の人間が勝手に作り上げた妄想にしか過ぎないのだろうか。

 けれど今綾斗が修司に求める答えは、そんな気楽なものでないことは分かる。
 伝えていいワードと悪いワードの区別がうまくできないまま、修司は一礼してから口を開いた。

「俺がここに来たのは、俺がバスクだからですよね。能力者はキーダーとして銀環を付けなきゃならない。だから、連れて来られたんですよね」

 綾斗は両手を膝の上で組み合わせ、「そうだね」と答えた。

「まぁ、それだけ分かってれば上等だよ。じゃあ、とりあえずそこからかな」

 美弦がテーブルの端から小さな黒い箱を引き寄せた。

「ここに来たからには覚悟決めてもらうわよ? けど、力を手放したいと思ったらそれを叶えることは可能だから、いつでも言って」
「トールになるなら、って事ですか?」

 綾斗を振り向くと、彼は「そういう事」とうなずいた。

 ふたが開かれ、キーダーの証である銀環が現れる。
 覚悟を決めるというより、この気持ちは諦めに近いのかもしれない。拒絶し続けてきたものを受け入れる事への抵抗がまだ残っていた。それが国に背くと分かっていてもだ。

「俺、これからどうなるんですか? 家には伯父が居るんです」
「ご自宅には俺から連絡を入れさせてもらうから。その伯父さんにも来てもらわないとね」
「来たら俺は一緒に帰れるんですか?」
「そうじゃないでしょ? 報告も兼ねるけど、君の伯父さんはただの身元引受人とは違うよ」

 強く結んだ綾斗の唇が目に入って、それ以上視線を上げることができない。
 これはアルガス側が全てを知った上での確認作業でしかないのだ。
 あぁもう駄目だと敗北感が沸き上がって、机のはしつかんだ手がぶるぶると震えた。

「伯父は、母さんが死んでからずっと一緒に居てくれたんです。悪い人じゃないんです」

 キーダー隠しは重罪だけれど、ほんの少しでも罪が軽くなって欲しいと思う。
 ガタンと強く椅子を引いて立ち上がり、修司は頭を下げて懇願こんがんした。

「知ってたの?」

 掛けられた綾斗の声に、修司は「はい」と囁くように返事する。

「伯父はどうなるんですか?」
「そりゃ、火あぶりとかじゃない?」

 しれっと答えた美弦の言葉に、修司は悲鳴に近い声を上げた。

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